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作成: 1998/10/20 久米 民和

データ番号   :020121
ポジトロンイメージング装置(PETIS)の植物研究への利用
目的      :植物用ポジトロンイメージング装置の開発と植物の生理研究への応用
放射線源    :サイクロトロン
フルエンス(率):H+ (20MeV, 1μA), 4He2+ (50MeV, 1μA)
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所 TIARA AVF サイクロトロン
照射条件    :`
応用分野    :植物生理研究、植物の環境応答研究、生体機能研究

概要      :
 偏平な葉などの2次元の画像解析を行うための植物用ポジトロンイメージングシステム(PETIS)が開発され、短寿命のポジトロン放出核種を用いた植物研究が進められている。本PETIS法により、従来から用いられているオートラジオグラフィなどでは得られなかった生きた植物体内における物質移行を、ほぼリアルタイムで計測できるようになった。現在、11C、13N、18Fなどの核種を用いて、短時間の植物の応答計測など新分野の植物研究が展開されつつある。

詳細説明    :
ポジトロン放出核種は、消滅時に透過力の高いγ線(511keV)を放出するため、生体外から非破壊的に計測でき、生きたままの生体内における物質の吸収、移行、代謝を画像化して計測することが可能である。原研・高崎研究所では、TIARA AVFサイクロトロンの設置に伴い、ポジトロンイメージング装置(Positron Emitting Tracer Imaging System, PETIS)を開発し、植物研究への利用についての検討を進めている。本装置では、偏平な試料内のポジトロン放出核種の空間分布(2次元分布)とその時間変化を計測し、植物体内での物質のダイナミックな動きを観察できる。

1.装置の概要
ポジトロンは近傍の電子と結合して消滅し、反対方向に一対のγ線(511 keV)を放出する。対向配置したγ線2次元入射位置検出器で同時計測することにより、同一の消滅事象のみによるγ線を選択的に検出する。ポジトロンの消滅位置は、それぞれの検出器でのγ線検出位置を結ぶ線上と試料の設置面の交点となる。すなわち、本計測では、試料を検出器間の中央に固定し、イメージの生成を行う。この単純なイメージ生成法により、ポジトロン断層撮影法(Positron Emission Tomograpy,PET)で行われているような試料の全周からの収集データを用いて画像再構成するといった手法に比べ、S/N比の良い画像を得ることが可能である。ガンマ線二次元入射位置検出器は、2 x 2 x 20mmのBGO (Bi4Ge3O12)検出素子を2.2mmピッチで23(x) x 22(y)個モザイク状に配置したシンチレーターアレイと角型二次元位置検出型光電子増倍管より構成されている(図1)。


図1 ポジトロンイメージング装置(PETIS)(原論文2より引用)

本装置の視野(計測範囲)は、シンチレーターアレイの大きさ、すなわち5cm x 4.8cmである。空間分解能は約2.4mmであり、市販PETの空間分解能3-4mmに比べ優れた解像度が得られている。データの収集は、設定された計測時間ごとに収集する方式であり、最短の収集時間は5秒である。計測中、ディスプレー上に計測された逐次イメージ、積算イメージ及び計数値の時系列グラフが表示される。また、計測後、任意の点における時系列グラフを用いた解析を行うことができる。

2.ポジトロン放出核種の製造と植物研究への利用
 植物のポジトロンイメージング計測の基礎として、まずTIARA AVFサイクロトロンを用いた11CO2ガス、13NO3-18F-水などの製造、18F-グルコースや11C-メチオニンの合成法、植物への供給法などの技術が確立された(図2)。


図2 ポジトロン放出核種の植物への供給システム(原論文1より引用)

これらの標識化合物を用いた植物のポジトロンイメージングに関する研究が進められている。11Cに関しては、11CO2ガスを植物の葉に被せたキュベットから供給し、11C光合成産物の移行が計測された。コムギでは11C化合物の短時間での根への移行、特に幼根の先端への蓄積などを示す鮮明な画像が得られている。また、11C-メチオニンを用いて、鉄欠乏オオムギにおけるアミノ酸転流に関する計測が行われている。13Nに関しては、13NO3-13NH4+を用いてイネやダイズの経根吸収を調べ、特に短時間での計測に有効であることが明らかとなっている。18Fは半減期が110分と比較的長いためC、N、O等より使用しやすく、水の動態計測などへの利用が検討されている。
 以上のように、植物用ポジトロンイメージング装置を用いた非破壊・細部計測によって、オートラジオグラフィーなどの従来法では得られなかった空間的、時間的解析が可能となり、生きたままの状態で可視的に計測できる方法として、植物の環境応答や栄養特性の研究に有効な手段である。現在、植物のポジトロンイメージングに関する研究は、原研-大学プロジェクト共同研究などのもとに進められており、興味ある新しい知見が得られつつある。

コメント    :
 植物用のポジトロンイメージング装置を用いた非破壊計測法は、オートラジオグラフィーなどの従来法では得られなかった生きたままの植物体内における物資移行を可視的に計測できる画期的な方法である。本PETIS法による計測は、サイクロトロンによるポジトロン放出核種の製造、標識化合物の合成、植物への供給、計測・解析といった一連の作業とそのための装置や人員が不可欠であり、現在のところ原研・高崎研でのみ実施可能である。今後、ベビーサイクロトロンの利用や装置の改良・低コスト化により、PETIS法がもう少し手軽に多くの研究者が利用できる植物研究の有効な手法として普及する必要がある。

原論文1 Data source 1:
植物のポジトロンイメージング計測
久米 民和
日本原子力研究所高崎研究所、〒370-1292 高崎市綿貫町1233
放射線と産業、No. 73, 60 (1997)

原論文2 Data source 2:
ポジトロン放出核種の植物機能研究への利用
久米 民和
日本原子力研究所高崎研究所、〒370-1292 高崎市綿貫町1233
放射線と産業、No. 79, 25 (1998)

原論文3 Data source 3:
: Uptake and Transport of Positron-emitting Tracer (18F) in Plants
Kume, T., Matsuhashi, S., Shimazu, M., Ito, H., Fujimura, T., Adachi, K., Uchida, H., Shigeta, N., Matsuoka, H., Osa, A. and Sekine, T.
日本原子力研究所高崎研究所、〒370-1292 高崎市綿貫町1233、浜松ホトニクス(株)中央研究所、〒434 浜北市平口125000 
Appl. Radiat. Isot., 48, 1035-1043 (1997)

参考資料1 Reference 1:
A new water target system for the production of 18F and 13N to be used in plant study
Ishioka, N. S., Matsuoka, H., Watanabe, S., Osa, A., Koizumi, M. and Sekine, T.
日本原子力研究所高崎研究所、〒370-1292 高崎市綿貫町1233
Synthesis and Applications of Isotopically Labelled Compounds 1977, (Heys, J. R. and Melillo, D. G. eds.), p.669, Wiley, Chichester (1998)

参考資料2 Reference 2:
Detection and characterization of nitrogen circulation through the sieve tubes and xylem vessels of rice plants
H.Hayashi, Y.Okada, H. Mano, T. Kume, S. Matsuhashi, N. S. Ishioka, H. Uchida and M. Chino
東京大学大学院農学生命科学研究科、〒113 東京都文京区弥生1-1-1、日本原子力研究所高崎研究所、〒370-1292 高崎市綿貫町1233、浜松ホトニクス(株)中央研究所、〒434 浜北市平口125000 
Plant Soil, 196, 233 (1997).

キーワード:ポジトロン放出核種、11C、13N、短寿命核種、植物、光合成産物、転流、イメージング、Positron-emitter, 11C, 13N, short-life isotope, plant, photosynthetic products, translocation, imaging
分類コード:020304,020101,040303

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