放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1999/01/22 志賀 正和

データ番号   :020119
アクチバブルトレーサー:昆虫への応用
目的      :昆虫をめぐる食物連鎖の解明
放射線の種別  :中性子
利用施設名   :日本原子力研究所東海研究所2号炉、3号炉(JRR-2,JRR-3)
応用分野    :生態学、応用昆虫学、害虫管理、天敵利用、野生動物管理

概要      :
 ユーロピウムを摂取させ、放射化分析によって検出する方法は、中・小型鱗翅目昆虫幼虫の標識化に有効である。標識した幼虫を野外に放し、想定される捕食虫や動物からユーロピウムを検出して、捕食者が特定がきた。畑地害虫について、各種捕食者が明らかにされるとともに、ユーロピウムが、アクチバブルトレーサーとして、昆虫をめぐる食物連鎖、害虫の天敵相の解明等の野外研究に有用であることが明らかにされた。

詳細説明    :
 捕食者と餌動物の関係、すなわち食物連鎖関係は、自然界における生物群集の基本構造に関わるものとされ、群集を構成する個々の生物種個体群と群集自体の動態やエネルギー、物質の転流に関与する。また、食物連鎖の解明は、天敵の機能評価や害虫管理、野生生物管理、また、環境中の有害物質の生物濃縮などに関連して、ヒトの生活とも深く関わる。野外で捕食や食物連鎖を解明するには、肉眼や自動カメラ等を用いた観察、餌となる生物種を32Pなどの短寿命の放射性同位元素で標識化したり、餌となる生物種の抗血清を用いて捕食者の抗原抗体反応を調べるなどの方法がとられてきたが、いずれも制約が大きい。とくに放射性同位元素を用いる方法は、開放環境では実施できない。そこで、ユーロピウム(Eu)を摂取させて標識化した昆虫を野外に放飼し、放射化分析によって捕食者からEuを検出することで捕食の有無を検知し、農業害虫の天敵相を解明することが試みられた。
 Ito(1972)は、151Eu2O3 を混入した人工飼料をアメリカシロヒトリとハスモンヨトウの中齢〜老齢幼虫に摂取させ、その虫体への影響と標識化の有無を調べた。人工飼料のEu 含量は前者で44ppm,後者で80ppmとされた。この人工飼料で3日間飼育した両種幼虫の成長量と生存率は、Euを含まない餌で飼育した幼虫のそれと有意な差が認められなかった。また、Euを含む餌を9日間与えた場合でも、生存率、成虫羽化率の低下は認められなかった。以上から、鱗翅目幼虫に対する151Euの悪影響は無視しうるものと結論された。また、24時間Euを含む餌を摂取させた両種全幼虫から明白にEuが検出された(図1)。


図1 Gamma-ray spectra of Hyphantria cunea larvae fed with Eu-diet and the control ones. Note that the radioactivity unit (length of line AB) is not an absolute value but a relative one, because we changed the range of pulse height for each case. (原論文1より引用)

以上によって、151Euは、アクチバブルトレーサーとして野外昆虫個体群研究の有用なツールであることが示された。
 以上を受けて、Ito et al.(1972)は、1,000ppmのEuを含む人工飼料を24時間摂食させたハスモンヨトウ幼虫を夕方5時にサトイモを植栽したプロットに放した。このプロットには、もともと生息していた捕食者に加えて、他のサトイモ畑で採集したオサムシ、コオロギ、ハサミムシ、およびクモ類が放飼された。


図2 Gamma-ray spectra of a earwig, Labidura riparia. Top: An individual showing Eu-peaks. Bottom: Control specimen. (原論文2より引用)



図3 Gamma-ray spectra of a carabid beetle, Harpalus tridens. Top: An individual showing an Eu-peak. Bottom: Control specimen. A peak at 121 keV is obscure because the content was too low.(原論文2より引用)

翌朝10時にハスモンヨトウ幼虫と補食者となりうる昆虫や小動物を採集し、放射化分析によってEuを検出した(図2,3)。この結果、オサムシの10〜50パーセント、ハサミムシの半数、およびコオロギのほとんどの個体からEuが検出された。また、アマガエル2個体でもEuの存在が確認され、これらはハスモンヨトウ幼虫の重要な捕食者となっているものと推定された。さらに、エンマコオロギ成虫など5個体のコオロギ類からもEuが検出された。コオロギ類は標識化されたハスモンヨトウ幼虫の糞を摂食してEuをとりこんだ可能性もあるが、そのEu量がかなり多いことから、直接鱗翅目幼虫を捕食している可能性が高いとみられる。コモリグモからはEuは検出されなかった。これは、クモ類がハスモンヨトウを捕食していないことを意味するのではなく、むしろ捕食者が鱗翅目幼虫の体のごく一部や体液のみを摂取する場合はEuのとりこみが少ないために捕食が検知され難いことを示唆するものと見られる。以上によって、Euによる餌昆虫の標識化が昆虫をめぐる食物連鎖の解明に利用できることが示された。
 志賀(1991)は、より小型のチャノコカクモンハマキ終齢幼虫にEu2O3、Eu2Cl3、Eu2(C2O4)3及びEu-EDTAを混和した人工飼料を与え、いずれの化合物でも幼虫の摂食、代謝、成長、生存に影響を与えることなく標識化が可能なこと、蛹化に伴う脱糞によってEuはほとんど排出され、標識が失われることを示した。

コメント    :
 ユーロピウムをアクチバブルトレーサーとして昆虫に摂食させる手法は、食物連鎖の解明のほか、昆虫の移動・分散の追跡等、個体群生態学、群集生態学研究に有用な手法であり、害虫管理、野生生物管理の基礎研究にも応用できる。本方法によって捕食の量的研究を行うには、昆虫の標識保持時間の解明が必要となる。

原論文1 Data source 1:
A stable isotope, Europium-151, as a tracer for field studies of insects
Yoshiaki Ito
National Institute of Agricultural Sciences (農業技術研究所)(現住所:970-0134 愛知県日進市香久山2-2908)
Applied Entomology and Zoology 5(4):175-181(1970)

原論文2 Data source 2:
Determination of predator-prey relationship with an activable tracer, Europium-151
Yoshiaki Ito, Hisaaki Yamanaka, Fusao Nakasuji and Keiji Kiritani
National Institute of Agricultural Sciences (農業技術研究所); Kochi Prefectural Institute of Agricultural and Forest Science(高知県農林技術研究所)
Kontyu 40(4):278-283

原論文3 Data source 3:
農業環境研究における原子炉利用新技術の開発と利用の拡大に関する研究
1)新アクチバブルトレーサー技術の開発と利用面の拡大(4)アクチバブルトレーサーによる天敵研究技術の確立
志賀 正和
農業環境技術研究所
国立機関原子力試験研究成果報告書 92.14-92.16 (1991)

キーワード:昆虫、捕食、捕食者、食物連鎖、ユーロピウム、アメリカシロヒトリ、ハスモンヨトウ、チャノコカクモンハマキ
insect,predation,predator,food chain,europium,hyphantria cunea,spodoptera litura,adoxophyes honmai
分類コード:020303, 020502

放射線利用技術データベースのメインページへ