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作成: 1998/10/30 結田 康一

データ番号   :020117
アクチバブルトレーサ:農作物・農業環境への応用
目的      :アクチバブルトレーサ法の開発とその応用
放射線の種別  :中性子,ガンマ線
放射線源    :原子炉
フルエンス(率):熱中性子束密度 1.9×1013n/cm2・sec(JRR-3M)、4.0×1013n/cm2・sec(JRR-4)
利用施設名   :日本原子力研究所東海研究所JRR-3M、日本原子力研究所東海研究所JRR-4
照射条件    :空気気流中
応用分野    :作物栽培、土壌肥料、農業環境、環境放射能

概要      :
 アクチバブルトレーサ法は、農作物とその生産環境における元素・物質の動態を、高感度・高確度かつ安全に追跡する手法として開発・利用されている。
 その事例として、以下の3例を示した。1)降水・かんがい水を臭素水で標識したトレーサを用いて地表から3mの深度までの浸透速度を2年間に渡って追跡した。2)ヨウ素工場排気筒から放出される非放射性ヨウ素をトレーサとして、降下性ヨウ素の作物地上部への直接沈着を全生育期間に渡って追跡し、沈着速度などを算出した。3)圃場で立毛中の作物の土壌中における根活力分布を、ユーロピウムなど希土類元素や臭素をトレーサとして解析した。

詳細説明    :
農作物とその生産環境(土壌、水、大気)における元素・物質の移行などの動態追跡法として、種々のアクチバブルトレーサ法(後放射化法)が開発・利用されている。
非放射性の元素(アイソトープ)をトレーサ(追跡子)として用い、採取した追跡対象物(作物、土壌、水等)中に含まれるトレーサ元素を、高感度・高確度分析法である放射化分析法で定量し、対象元素・物質の動態を高確度・高感度かつ安全に追跡する方法である。以下、アクチバブルトレーサ法の開発と利用の事例を3題示す。
1)水かん養機能(土壌浸透機能)の定量的解析:地表から地中に浸透した土壌水の浸透速度や浸透量を把握する手法として、図1に示すようなアクチバブルトレーサの選抜、土壌水採取装置の開発などを行って土壌水の追跡技法を開発した。水のトレーサに何を使うかが大きなポイントであり、ここでは、臭素(Br-400ppm)を含む水をトレーサに選抜し、試験圃場に撒水した。


図1 アクチバブルトレーサ法による土壌水の追跡技法の開発(原論文3より引用)

また、土層中の任意の位置(深度)の土壌浸透水(土壌水)を経時的に簡便に採水できる装置を開発し、採水中の臭素を非破壊放射化法(原子炉で放射化した試料をそのまま放射能測定する)で定量することで、地表から3mまでの土壌水浸透の動きを解析した。この手法を酒匂川流域の林地、樹園地および水田に適用し、水かん養機能の定量的計測を行った。降水やかんがい水の土層内浸透速度と降水量との関係を2年間に渡って追跡した結果(図2)を示した。


図2 降水(土壌水)の土層内垂直浸透速度(浸透深度)と月毎降水量(箱根山麓の場合)(原論文4より引用)

月降水量が100mm以下の場合は、4圃場ともほとんど浸透せず(蒸発散量が降水量・かんがい水量を上回るため)水かん養には寄与しなかったが、100mm以上になると降水量が増すにつれて水かん養量も急速に増大することが定量的に解析できた。
2)降下性ヨウ素の作物地上部への直接(乾性および湿性-降水)沈着の解析:ヨウ素工場(茂原市)排気筒から大気中へ放出される非放射性ヨウ素をアクチバブルトレーサとして利用し、ヨウ素工場に隣接する地点を試験地に設定した。ポット(土壌充てん)に栽培する作物を収穫期まで(最長6ヶ月)配置し、降水の当たる区と当たらない区を設けて、収穫した作物中ヨウ素を放射化分析法で定量した。試験期間中、試験地と対照地の地表から1mの高さの空気をダストサンプラーに装着した活性炭フィルターで捕集し、同じく放射化分析法で定量した。試験地の大気中ヨウ素濃度は対照地に比べ70〜80倍高く、かつ変動が少なく、長期間追跡用のアクチバブルトレーサとしてきわめて有用なことがわかった。配置した水稲の器官別ヨウ素濃度を、試験地と対照地の降水の有無を比較して図3に示したが、雨が当たらない区は当たる区より3割前後ヨウ素濃度が高く、降水の洗浄効果によって直接沈着ヨウ素量を低減させることがわかった。また、水稲茎葉部のヨウ素沈着速度は0.51cm/sec(移植期から収穫期までの平均値)であった。


図3 試験地と対照地の降水有無別の水稲器官別ヨウ素濃度(原論文5より引用)

同じ排気筒放出ヨウ素をトレーサ利用して、降下性ヨウ素の土壌への吸着・蓄積・浸透などの長期間に渡る挙動解明も行われた。
3)作物根活力分布の検診:圃場で生育(立毛)中の各種野菜・水稲などの一年生作物や果樹など永年作物の土壌中での根活力分布(根の分布と養水分吸収力・活力を総合したもの)の検診にアクチバブルトレーサ法がかなり古くから使われてきた。それ以前は32Pなど放射性トレーサが使われていたが、野外使用が困難になり、非放射性元素(ユーロピウム(Eu)など希土類元素や臭素など)をトレーサとするアクチバブルトレーサ法に置き換わってきた。キャベツの根活力検診への利用例を示すと、検診試薬(トレーサ:Euを寒天糊状液に混合したもの)を注入(土壌中の任意の位置に土壌を攪乱することなく注入できる土壌注入器を開発・使用)、15日後にキャベツ外葉を少量採取し、非破壊放射化分析法でEuを定量し、根活力分布図を作成した。この図より非連作キャベツに比べて根活力の横方向への広がりが弱いことなどを明らかにした。

コメント    :
アクチバブルトレーサ法は野外での追跡実験に応用するもので、得られた結果は室内実験と異なり実用性が高く、作物生産技術や環境評価などに直接つながるものである。研究目的、研究対象、試験地などに大きな差異があるのが一般的であり、それぞれの条件に則したアクチバブル法自体を開発する必要がある場合が多い。また、放射化分析といった特別の手法を用いることを念頭に置いて利用する必要があるが、条件がない場合は、他の分析法(ICP-MS法など)に置き換えることで目的を達成できる可能性もある。

原論文1 Data source 1:
研究用原子炉による放射化分析の農業利用に関する研究 放射化分析利用による作物根活力分布検診法の研究-連作障害キャベツの根活力検診
渋谷 政夫、結田 康一
農林水産省 農業環境技術研究所
原子力平和利用研究成果報告書,21,398-399(1982)

原論文2 Data source 2:
果樹の根活力を阻害する土壌要因の解析に関する研究 1 果樹園におけるアクチバブルトレーサによる根活力検診法の開発
梅宮 善章、安田 道夫、駒村 研三
農林水産省 果樹試験場
国立機関原子力試験研究成果報告書,29,95.1-95.5(1989)

原論文3 Data source 3:
アクチバブルトレーサ法による土壌水の追跡技法 農林水産業のもつ国土資源及び環境保全機能の要因解明と先進的計測技術の開発
結田 康一、渡辺 久夫、木方 展治
農林水産省 農業環境技術研究所
国土資源資料(農水省農林水産技術会議事務局・農業環境技術研究所).13.63-75(昭和60年9月)

原論文4 Data source 4:
アクチバブルトレーサ法による農耕林地の水浸透能の計測
結田 康一
農林水産省 農業環境技術研究所
神奈川県温泉地学研究所報告,19(4),71-78(1988)

原論文5 Data source 5:
アクチバブルトレーサ法で探る大気中ヨウ素及び降水の植物・土壌・水系への動き
結田 康一
農林水産省 農業環境技術研究所
第22回日本アイソトープ・放射線総合会議論文集,B-2,1-12(1996.12)

参考資料1 Reference 1:
異種形態元素トレーサの開発と利用-大気中ヨウ素の作物への沈着・移行の長期間追跡法(水稲沈着ヨウ素の減衰と白米への移行追跡)-
結田 康一
農林水産省 農業環境技術研究所
国立機関原子力試験研究成果報告書,平成3年度

参考資料2 Reference 2:
異種形態元素トレーサの開発と利用-ヨウ素の大気から土壌への降下・土壌中浸透の長期間追跡技法の確立-
結田 康一
農林水産省 農業環境技術研究所
国立機関原子力試験研究成果報告書,平成6年度

キーワード:アクチバブルトレーサ、 野外実験、 作物、 農業環境、非破壊中性子放射化分析、土壌水、降水、大気中ヨウ素、ヨウ素工場、根活力分布
activable tracer, field test, crops, agricultural environment, non-destructive neutron activation analysis, soil water, precipitation, atomosphereic iodine, iodine manufacturing plant, plant root activity distribution
分類コード:020303,020301,040404

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