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作成: 1999/01/06 中西 友子

データ番号   :020116
植物試料の中性子ラジオグラフィ
目的      :植物中の水分像の可視化
放射線の種別  :中性子
放射線源    :原子炉
フルエンス(率):1.5x108/(cm2・s)
利用施設名   :立教大学原子炉、日本原子力研究所原子炉JRR-3M
照射条件    :大気中
応用分野    :農学、環境科学、土壌学、植物生理学、材料科学

概要      :
 植物試料中の水の像を中性子ラジオグラフィにより得た。植物試料の地上部、土壌中の根、種子の吸水過程、樹木の小口材中の水分像を非破壊状態で調べることの可能性が示された。特に、土壌中の根については、生育過程における形態変化のみならず、根近傍土壌中の水分量の変化ならびに吸水性ポリマーを土壌に添加した場合の根への水の供給動態を調べることができた。

詳細説明    :
1.吸水性ポリマーが添加された場合の土壌水分変化
 土壌中に乾燥重量にして0.3%のポリアクリル系、ならびにポリビニル-アルコール系吸水性ポリマーを添加し、経時的に根近傍の水分動態がどのように変化するかを、中性子ラジオグラフィにより調べた。熱中性子照射は立教大学原子力研究所で行った。ダイズは、根が約3cmほどに生育した幼植物をアルミニウム製の薄箱に移し変え、生育させた。土壌には、豊浦の標準砂を用い、水で膨潤させた各ポリマーを、土壌中均一になるように添加した。植物試料を薄箱で生育させ始めてから、5、6、10および12日目に育成器から取り出し、中性子ラジオグラフィを行った。試料は、アルミニウム製のカセットに固定し、カセットは垂直に設置した後、中性子線を照射した。ポリビニル-アルコール系吸水性ポリマーを添加した場合には、まず、土壌中の水分が根に供給され減少していくが、次にポリマーから水分が根に供給されることが、ポリマー像の黒化度および大きさが減少することから判断できた(図1)。一方、ポリアクリル系ポリマーでは、土壌中の水分量が減少しても、ポリマーの大きさは不変であった。ポリアクリル系ポリマーからは根に水分が供給されないこと、および根の生育に伴う、形態変化が合わせて像として示された。生育中の根から1mm以内の土壌中の水分の計測値はまだないことから、本手法は、根ー土壌系の水分動態を解析するためには有効な手法であると考えられる。

2. 中性子ラジオグラフィによる植物試料の水の像
 植物試料を用いた中性子ラジオグラフィについての紹介である。原理およびX線フィルムを用いる手法の実際の説明に始まり、植物地上部、葉・茎・花など、ヒノキの小口材、根および根近傍土壌中の水分像が非破壊状態で得られることが示された。生きた植物中の水の像を高分解能で得るためには、現時点では、中性子線の利用が最良であることが示された。

3.中性子線による種子中の水分のイメージング
 種子が水分を吸収する過程を中性子線により可視化させた。ソラマメ、アサガオ、トウモロコシ、イネおよびムギの種子を水に浸し、1、2および3時間後に取り出して、中性子ラジオグラフィを行った。方法は、X線フィルム法を用い、ガドリニウムコンバータとX線フィルムを内臓させたアルミニウム製のカセット上に各々の種子を固定し熱中性子で19秒間照射を行った。熱中性子束は2.9x109n/cm2/sであった。得られた像において黒化度の変化は種子が吸収した水分量に相当した。画像解析により、得られた像で水分量を縦軸にとり、3次元化させると、特にトウモロコシとアサガオの種子では、種子中の幼組織の発達がよく示された(図2)。


図1 Neutron images of soybean seedling grown for 5, 6, 10 and 12 days in the aluminum container (150x70x3mm) packed with Toyoura test sand, containing polyacrylic water absorbing polymer (Fig.2) as well as polyvinyl alcohol copolymer (Fig.3). The white spots in the picture are the images of the polymers swelled with water. Darker part, which is water deficient, around the main root indicates that at this point the water uptake by the plant is higher than the rest part around the root. The whiteness and size of the polymer shows whether water in the polymer was supplied to the root or not.(原論文1より引用)

4.中性子線によるクスの木の水分イメージング
 東京大学農学部千葉演習林において、樹齢23年のクスノキを切り倒し、胸部の高さにおける幹の小口材(厚さ1cm)を切り出した。新芽をつけた枝と本小口材を日本原子力研究所研究炉JRR3Mにて、熱中性子線により照射を行った。総中性子束は3.0x109n/cm2であった。X線フィルムにて小口材の水分分布を可視化させたところ、各年輪ごとに水分の大小が規則的にみられた。また、心材部も辺材部と同様な水分含有量が示された。新芽をつけた枝の中性子線像は、水分量が多くなるほど高くなるように画像処理を施した。小口材試料は、湿度を保ちつつ乾燥させたところ、辺材部と心材部の水分減少率がほとんど同じ割合であることが示された(図3)。画像の分解能は約16ミクロンと見積もられた。


図2 Three-dimensional neutron image of the seeds during the water absorption process, shown from top to bottom. Seeds, from a) to e) are broadbean, corn, morning-glory, wheat and rice, respectively. Neutron imaging was performed after 1, 2 and 3 hours of dipping the seeds in water. In the case of the broadbean, the images, before and after 1 and 2 hours of water treatment, are shown from top to bottom. The height in the image represents water amount, i.e., whiteness in the image. The standard sample was irradiated at the same time to normalize the whiteness of the image taken at different stages of water absorption. The resolution of the image was estimated to be about 16 μm.(原論文3より引用)



図3 A photo picture (right) and a neutron image (left) of the wood disk before drying treatment.(原論文4より引用)



コメント    :
 中性子ラジオグラフィの技術は今まで主に工業応用分野で利用されてきたが、植物試料にはほとんど応用されてきていない。生きている植物細胞はその殆どが水で構成されていることから、本手法は植物試料における水の動態を調べる目的には最適と思われる。水の可視化はNMRでも可能であるが、NMRでは試料の大きさに制限があること、分解能が10ミクロン以下にはなり得ないことが理論的に証明されており、中性子ラジオグラフィ法の利用が期待される。特に、根の形態ならびに根の極近傍の水の動態は今まで、実際の実験が困難であったことから、殆ど報告されていない未知の分野であった。また、種子の吸水過程、樹木中の水などの可視化も可能であり、本手法は、非破壊手法として、生きた植物の機能を解析することに役立つと予想される。

原論文1 Data source 1:
Water Hydrology by Neutron Radiography When Water Absorbing Polymer was Added to the Soil.
T.M.Nakanishi, S.Matsumoto and H.Kobayashi
Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The Univ. of Tokyo; Inst. for Atomic Energy, Rikkyo Univ.
Radioisotopes, Vol.42, p.26 (1993)

原論文2 Data source 2:
中性子ラジオグラフィによる植物試料の水の像
中西 友子
東京大学大学院農学生命科学研究科
植物の化学調節 Vol.29, p.182 (1994)

原論文3 Data source 3:
Water Imaging of Seeds by Neutron Beam
T.M.Nakanishi and M. Matsubayashi
Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The Univ. of Tokyo; Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai Establishment
Bioimages, Vol.5, p.45 (1997)

原論文4 Data source 4:
Moisture Imaging of a Camphor Tree by Neutron Beam
T.M.Nakanishi, I.Karakama, T.Sakura and M. Matsubayashi
Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The Univ. of Tokyo; University Forest in Chiba, Fac. of Agriculture, The Univ. of Tokyo; Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai Establishment
Radioisotopes, Vol.47, p.387 (1998)

参考資料1 Reference 1:
植物における元素分析及び中性子ラジオグラフィ
中西 友子
東京大学大学院農学生命科学研究科
立教大学原子炉利用共同研究成果報告書 p.161 (1993)

参考資料2 Reference 2:
Water Movement Near the Soybean Root by Neutron Radiography
T.M.Nakanishi, S.Matsumoto and A.Tsuruno
Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The Univ. of Tokyo; Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai Establishment
Radioisotopes, Vol.43, p.451 (1994)

参考資料3 Reference 3:
中性子線による計測と利用X.中性子ラジオグラフィ6.植物研究への応用
T.M.Nakanishi, S.Matsumoto and A.Tsuruno
Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The Univ. of Tokyo; Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai Establishment
Radioisotopes, Vol.46, p.579 (1997)

キーワード:中性子ラジオグラフィ, 植物研究 , 非破壊分析, 水分像, ダイズ, 根ー土壌系, 水分動態
neutron radiography, plant research, non-destructive analysis, water image, soybean, root-soil system, water movement
分類コード:020304,020501, 040103,

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