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作成: 2000/01/26 古田 雅一

データ番号   :020114
ケイ藻、緑藻類に対する放射線照射効果
目的      :珪藻類、緑藻類の細胞及び増殖に及ぼす放射線照射の影響。
放射線の種別  :01040708
放射線源    :60Co線源 (1.20PBq など)、治療用エックス線照射装置 (110kV, 4mA)、粒子線加速器、中性子線源(252Cf)
線量(率)   :2.5-4kGy, 2Gy/min or 3.68Gy/min 5-76Gy, 2-8Gy/min 0-193Gy, 0.00153-16.1Gy/min
利用施設名   :(財)産業創造研究所60Coγ線照射装置など
照射条件    :空気中
応用分野    :藻類の放射線育種、バイオマス生産

概要      :
 放射線照射した藻類に共通して現れるのは細胞の膨張、葉緑体の縮退、断片化した糸状体などの形態変化と、細胞分裂の遅延である。種によっては染色体のサイズの違いにより放射線感受性が異なる場合がある。放射線のLETが高いほど影響が大きい場合もあることを示唆している。一方、藻類の細胞中の色素も放射線感受性を左右する一因であると考えられている。

詳細説明    :
 
 藻類は植物生理の研究モデルとして頻繁に利用されてきたにもかかわらず、放射線影響に関する研究は高等植物や動物に比べて非常に少ないのが現状である。藻類を対象にした放射線影響研究についての初めての報告(1954年)はGodwardによる緑藻の一種Spirogyra crassaの細胞核に及ぼすエックス線照射効果であった。
 
 その後、Oedogoniales(サヤミドロ目)、Conjugales(接合藻類)、Cladophorales(シオグサ目),Charales(シャジクモ目)に属する種を中心に種々の藻類に対して研究が行われるようになった。60Coガンマ線やエックス線を照射した藻類に共通して現れるのは細胞分裂の遅延である。これについてはSpirogyra azygospora, Pediastrum sp., Prorocentrum micans, Rhizoclonium hieroglyphicumを用いた研究例がある。これらの検討から藻類の60Coガンマ線やエックス線照射に対する耐性は種によって大きく異なることが示された。AgrawalとSarmaは、Oedogonialesの中から染色体のサイズが比較的大きいOedogoniales gunnii Wittr.と比較的小さいOedogoniales virceburgenseを選び、60Coガンマ線、エックス線照射による細胞の形態変化を観察したところ、両者とも細胞の膨張、葉緑体の縮退、断片化した糸状体が現れ、

表1 Showing mitotic delay(原論文1より引用)
------------------------------------------------------------------
                    Gamma rays                   X-rays
  Dose     --------------------------- ---------------------------
in K rads   O.gunnii  O.virceburgense   O.gunnii  O.virceburgense
           (in days)     (in days)     (in days)    (in days)
------------------------------------------------------------------
  0.25         4             -             4            -
  0.5          4             5             4            4
  1.0          4             5             4            4
  2.0          5             6             4            4
  3.0          5             6             4            5
  4.0          5             6             5            5
------------------------------------------------------------------
 表1に示すように細胞分裂の遅延が観察された。両者は50 Gy照射後数日で死滅した。


図1 Effects of gamma irradiation. 16, histogram showing percentage of chromosomal aberrations in O. gunnii. 17, histogram showing percentage of chromosomal aberrations in O. virceburgence(原論文1より引用)

 図1に示すように放射線照射による染色体異常は線量の増加とともに多くなったが、染色体のサイズが大きいOedogoniales gunnii Wittrの方がより高い感受性を示した。藻類の中にはこの結果と同様、4-50 Gyの範囲で染色体の断片化が見られるもの(Nitella acuminata, N. opaca, N. flagelliformis, Chara fibrosa, C. globularis, Rhizoclonium hieroglyphim)や1300 Gy照射後も染色体に大きな変化が現れないSpirogyra azygosporaのような種も存在する。この理由は大きなサイズの染色体を有する種ほど放射線の攻撃を受けやすいものと考えられる。
 
 しかしながら、多動原体染色体を有する接合藻類や微細染色体を有するクロレラ類においては、たとえ染色体のサイズが大きくとも放射線に耐性を示すことが知られており、別の耐性機構の存在も否定はできない。中性子線や陽子線を照射した場合についてはMicrasterias denticulataを用いた研究報告がある。陽子線の場合、8-50 Gyの照射において線量の増加に応じて細胞分裂の遅延が生じるが回復する。中性子線の場合は20-200 Gyの範囲で線量の増加に伴い、細胞分裂のS期が長くなりG2期において分裂を停止することが観察されている。以上の結果は放射線のLETが高いほど影響が大きいことを示唆している。
 
 一方、藻類の細胞中の色素も放射線感受性を左右する一因であると考えられている。野村らは抗酸化作用を有することが知られている色素,β一カロテンおよびフコキサンチンを含有している海洋性羽状珪藻(Phaeodactilum tricornutum)を用いて,γ線照射の珪藻の細胞増殖および,色素含有量に及ぼす影響について検討した。0.11 Gyから193Gyまでのいずれの照射後も細胞死や増殖の停止は見られず,照射後5日間で約20-30倍に増殖した。高い方の吸収線量は動物の個体や細胞にとっては致命的な線量である。γ線の照射時間を12分と一定とし,O-1OOGyを珪藻に照射した場合においても珪藻の細胞増殖および色素量は対照に比べて大きな変化を示さなかった。
 
 一方、60分間の照射時間で1.O Gy以上を珪藻に照射した場合,細胞増殖は阻害され,フコキサンチンは減少した。O.2-1.0 Gyの範囲で照射した場合には。O.27 Gyおよび0.56 Gyの試料で対照を上回る細胞の増殖が認められた。しかしこの条件下ではフコキサンチンおよびクロロフィルは色素量,色素含有率ともに対照を大幅に下回った。また60分間のγ線の照射で吸収線量が1.00 Gy以上である場合の色素量の変化は,線量の増加に伴いフコキサンチンは減少の傾向を示し,β一カロテンは対照と比較して増加の傾向が認められた。1.0 Gy以下の吸収線量ではβ一カロテン量の変化と吸収線量の間には関連が認められなかった。

コメント    :
詳細説明で述べられているとおり、藻類は植物のモデル系として種々の生理研究に利用されているのにかかわらず放射線生物学に関する知見は少ないのが現状である。限られた文献から察するに、藻類の放射線感受性は他の生物と同様、細胞内の標的物質である染色体のサイズに依存しているらしい。藻類の中にはかなり放射線抵抗性の強い種も存在するところから染色体の損傷を効率よく修復できる機構が存在するものと考えられ、今後の研究が待たれるところである。また細胞内の色素の役割についても放射線防護に寄与しているのか、さらにその機構は紫外線や太陽光に対する防御と類似であるのかどうか、より詳細な知見の蓄積が望まれる。

原論文1 Data source 1:
Cytological effects of ionizing radiations (Gamma rays and X-rays) on two species of Oedogonium (Oedogoniales)
S. B. Agrawal and Y. S. R. K. Sarma
Lab. of Algal Cytology and Cytogenetics, Centre of Advanced Study in Botany, Banaras Hindu University, Varanasi-221005, India
Cytologia 48, 267-274, 1983

原論文2 Data source 2:
Growth delay of Micrasterias denticulata caused by gamma-, proton- and neutron-irradiaiton
B. Reubel, F. Steinhausler and E. Pohl
Division of Biophysics, University of Salzburg, Austria
Proceedings of the 7th International Congress of Radiaiton Research, 1983, Session B

原論文3 Data source 3:
珪藻 (Phaeodactilum tricornutum)の増殖および色素量の変化に与えるγ線照射の影響
野村崇治、菊地昌子、川上泰、久保寺昭子
東京理科大学薬学部、162 東京都新宿市ヶ谷船河原町 12、(財)産業創造研究所生物工学部 277 千葉県柏市高田1201
Radioisotopes, 46, 144-153, 1997

キーワード:サヤミドロ、電離放射線、細胞学的効果、染色体異常、細胞核消失、ミクラステリアス属緑藻、γ線照射、中性子照射、 陽子照射、海洋性羽状珪藻、吸収線量、 細胞増殖、色素含量
Oedogonium, Ionizing radiations, cytological effects, chromosomal aberrations,nuclear degenerations, Micrasterias denticulata, gamma-ray irradiaiton, neutron irradiation, proton irradiation, Paeodactylum tricornutum, absorbed dose, cell growth, pigment content
分類コード:020503

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