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作成: 2001/01/15 古田雅一

データ番号   :020111
カビの放射線感受性の種間比較
目的      :γ線、電子線、X線、紫外線に対するカビの感受性比較
放射線の種別  :010405
放射線源    :電子加速器(10MeV, 1kW)(3MeV, 1 and 9mA)、60Co線源(Gammacell 220 104MBq),60Co線源(Gammacell 220 136.56TBq)
線量(率)   :0.3-1kGy、1kGy/s   0.3-1kGy、12.2kGy/h  1-4kGy, 1.90-2.28kGy/h or 26.0kGy/h0.1-4kGy, 0.068kGy/h
利用施設名   :AECL, Whiteshell Laboratories、Bahba Atomic Research Center、日本原子力研究所高崎研究所2号加速器
照射条件    :水またはBuffer懸濁液、室温
応用分野    :放射線滅菌、食品照射

概要      :
 Rhisopus属、Mucor属、Aspergillus属、Penicillium属をはじめとする種々のカビの放射線感受性について詳細な種間比較をおこなうために分生胞子を調製し、60Coガンマ線、電子線、変換エックス線を照射して生残曲線を求めた。生残曲線から求めたD10値は種によって異なり、中には特異な生残曲線のパターンを示す種や極めて放射線に抵抗性のある種も存在した。肩を持つ生残曲線については数式による解析も行われた。

詳細説明    :
 
 食品や農産物の腐敗、変敗の原因となる微生物のなかでカビ、酵母菌類は細菌類と同様に重要である。特に我が国や東南アジア地域の高温多湿な気候は真菌類の生育に適しており、食品や飼料の原料となる穀類はカビの汚染を受けやすいばかりでなく、これらのカビによって生産されるマイコトキシン(カビ毒)にも注意を払わなければならない。これらの農産物の殺菌法として温度上昇や残留性のない放射線照射(食品照射)は有効であり、我々の健康や地球環境に影響を及ぼす薬剤の使用が国際的に禁止されるにつれ、食品照射の利用が益々進むことが期待される。カビ類は紫外線に比べガンマ線や電子線などの電離放射線に対する抵抗性が小さいことが知られているが、食品照射に用いられる60Coガンマ線、電子線、変換エックス線に対する放射線感受性についての詳細な種間比較は適切な線量設定を行うために必要不可欠である。
 
 今回はこれに関するカナダ、マレーシア、我が国の研究グループによる検討結果をまとめて紹介する。カナダ、マニトバ大学のBlankとCorriganはAspergillus属6種、Penicillium属6種に加えてCurvularia geniculata, Alternaria alternata, Cladosporium cladosporiodesの分生胞子を調製し、水懸濁液に60Coガンマ線及びリニアックからの10 MeV電子線を照射した。Aspergillus属の分生胞子のD10値は60Coガンマ線に対しては0.245-0.319 kGy、電子線に対しては0.198-0.243 kGyの範囲であり、Aspergillus属6種のすべてが60Coガンマ線よりも電子線に対して感受性が高かった(図1)。


図1 Survivor curves for aspergilli spores following either gamma (-) or electron beam (- - -) treatment. A. echinulatus, a; A. fumigatus, b; A. glaucus, c; A. niger, d; A. ochraceus, e; A. versicolor, f. Bars represent means+-S.D., n = 4. (原論文1より引用。 Reprinted from International Journal of Food Microbiology 26 269-277,1995 G.B.Blank and D.Corrigan,Comparison of resistance of fungal spores to gamma and electron beam radiation, with permission from Elsevier Science.)

 Penicillium属のD10値は60Coガンマ線に対しては0.236-0.416kGy、電子線に対しては0.194-0.341kGyを示し、Penicillium属6種のうちP. viridicutam以外のすべてが電子線に対してより高い感受性を示した。これらに比べ、Curvularia geniculata, Alternaria alternataのD10値は少なくとも3倍高い値を示し、Cladosporium cladosporiodesについては1kGy以下の線量ではD10値の測定が不可能なほどガンマ線、電子線に対する抵抗性が高かった(図2)。


図2 Survivor curves for C. genicuata, a; Cl. cladosporiodes, b; Alt. alternata, c; following either gamma (-) or electron beam (- - -) irradiation. Bars represent means+-S.D., n = 4 with the exception of A. alternata where n = 2. (原論文1より引用。 Reprinted from International Journal of Food Microbiology 26 269-277,1995 G.B.Blank and D.Corrigan,Comparison of resistance of fungal spores to gamma and electron beam radiation, with permission from Elsevier Science.)

 これらの種には多細胞系から成る厚い壁を含む巨大分生胞子が存在し、このような堅固な構造が放射線抵抗性に寄与していることが指摘された。ゴム、ヤシ油、ココアの世界最大の生産国であるマレーシアにおいては、これらの農産物に対して病原性を持つカビ類の侵入を防ぐため航空手荷物の紫外線殺菌を行っているが、より大きな透過力を持つγ線、電子線、X線の利用が検討されている。M. Lebaijuriらは12種の病原性カビの分生胞子を0.06 Mリン酸緩衝液に懸濁して上記の放射線に対する抵抗性を調べた(図3)。
 
 得られた生残曲線は一部の例外を除き、直線ないしは低線量域に肩を持つ直線であり、D10値は0.16-0.71 kGyの範囲であった。複数の肩を持つ異なる傾きを持つ生残曲線を示したGolletotrichum gloeosporioidesは、異なる放射線抵抗性を持つ分生胞子が含まれていると推論され、また低線量域で下に凸の曲線を示したCylindrocladium quinqueseptatum, Fusarium semitectumは低線量域で懸濁液中の酸素がすべて消費されたため高線量域で抵抗性を示したためと考えられた。


図3 Sensitivities of the conidia of plant pathogenic fungi to gamma-rays, when in 0.06 M phosphate buffer under air equilibrium at 32 to 35℃. The irradiated suspensions initially contained 107 c.f.u./ml. (a) Circle-Colletotrichum gloeosporioides (A-y = -3.5x, r2 = 0.98; B-y = - 1.9 x + 0.12, r2 = 0.99; C-y = - 3.71x + 5.49, r2 = 0.99; D-y = - 1.71x + 0.1, r2 = 0.98); Triangle-Cylindrocladium quinqueseptatum (1.51x + 0.12, r2= 0.99); Square-Cephalosporium sp. (y = - 3,22x, r2 = 0.98). (b) Circle-Ceratocystis fimbriata (y=-6.26x, r2 = 0.97): Triangle-Fusarium oxsporum (y = - 1.75x + 2.22, r2 = 0.99); Square-Fusarium semitectum (y = - 1.40x, r2 = 0.98): Di-induction dose. (c) Circle-Fusarium decemcellulare (y = -3.22x, r2= 0,99); Triangle-Fusarium nyagamai (y=- 3.22x, r2 = 0.98); Fusarium equiseti(y =- 2.56x, r2 = 0.99).(d) Circle-Curvularia sp. (y = - I .76x + I ,28, r2 = O.99); Triangle-Phytophthora botryosa (y = 2 22x, r2=O 97); Square- Fusarium moniliforme (y= - 1.49x, r2= 0.95);Di-induction dose. (原論文2より引用)

 γ線、電子線、変換X線に対する抵抗性は種によって異なることが明らかになった。一方、九州大学農学部の村田らはRhisopus属、Mucor属、Aspergillus属、Penicillium属のカビのガンマ線、紫外線照射によって得られる生残曲線に対して、多ヒット標的説を適用し、菌濃度による紫外線強度の減衰をLambert式を用いた積分式を導入することにより、ガンマ線照射の場合、標的論に4ヒットを適用することにより肩を持つ生残曲線の数量的解析が可能となり、紫外線の場合に生じる生残曲線のテーリングも数式により表現できることを明らかにした。

コメント    :
上の説明で示したようにカビの放射線に対する抵抗性は多種多様であり、複雑な生残曲線を示す種も報告されていることから、カビに対して滅菌線量を求める場合には細菌芽胞を基にして構築された従来の方法を適用することは危険であり、原論文3において提案されているように生残曲線の肩部分の線量L値をD10値と併用するなどの工夫が必要である。効果的にカビの殺滅するために放射線抵抗性や生残曲線の種間による差、ガンマ線、電子線、変換X線の線質による抵抗性の差が分生胞子などのカビの生態や生理機構のどの部分に起因しているか、またカビ毒の産生との関係など、まだまだ多くの基礎研究が必要であろう。

原論文1 Data source 1:
Comparison of resistance of fungal spores to gamma and electron beam radiation
G. B. Blank and D. Corrigan
Department of Food Science University of Manitoba Winnipeg Manitoba R3T2N2 Canada
International Journal of Food Microbiology 26 269-277, 1995.

原論文2 Data source 2:
Sensitivity of the conidia of plant pathogenic fungi to Gamma-rays, electron particles and X-ray (Bremsstrahlung) irradiation
Ni. LebaiJuri, M. Omar, and N. Yusof
M. LebaiJuri and N. Yusof are with the Nuclear Energy Unit, PUSPATI Complex, Bangi, 430OO .Kajang,.Malaysia: fax. 603 8258262 M. Omar is with Department of MicrobioIogy, Universiti Kebangsaan Malaysia. 43600 Ukm. Bangi, Malaysia.
World Journal of Microbiology, & Biotechnology 11, 610-614 , 1995.

原論文3 Data source 3:
γ線と紫外線の照射に対するかび生存曲線のシミュレーション 一テーリング問題の解析-
村田敏、石黒悦爾、宮里満
九州大学豊学郡農業機械学研究室
九大農学芸誌、第48巻、第3・4号151-162(1994)

キーワード:カビ fungi、放射線感受性 radiation sensitivity , 分生胞子conidiospores, コバルトー60ガンマ線60Co-gamma rays, 電子線electron beams、変換エックス線Bremsstrahlung X rays、生残曲線survival curve、数値シミュレーションnumerical simulation、食品照射food irradiation、放射線滅菌radiation sterilization
分類コード:020403

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