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作成: 1998/10/30 長谷川 博

データ番号   :020107
N-13利用による硝酸代謝の研究
目的      :13Nをトレーサーとした植物生理学研究
放射線の種別  :陽電子
放射線源    :サイクロトロンによるproton beam(1-2μA,14.25MeV)
利用施設名   :Research Institute of Physics, Stockholm (ストックホルム,物理学研究所,スウェーデン)
照射条件    :サイクロトロンによるプロトンビームの純水への照射
応用分野    :植物生理学研究、サイクロトロン利用、植物育種

概要      :
 窒素は植物最重要栄養元素であり、おもに硝酸イオンとして植物の根から吸収される。陽電子放出核種で短寿命ラジオアイソトープである13N硝酸が利用可能になったことにより、根の表皮細胞の細胞膜を場とした短時間レベル(分単位)での硝酸イオンの動態の解明が可能になった。

詳細説明    :
 
 植物の硝酸イオン吸収はまわりの環境から植物への流入(influx)の成分と植物から環境への流出(efflux)の成分の和として表わされる。根の表皮細胞の細胞膜を場とした硝酸イオン吸収は硝酸代謝の第一段階の生化学反応として認められているが、硝酸の流入と流出を動的に評価するには窒素に使いやすいラジオアイソトープ(RI)がないことから、その研究が遅れていた。安定同位体15Nあるいは硝酸のアナログイオンである塩素酸を36Clでラベルし、トレーサーとして用いる方法には限界がある。近年になって短寿命RIである13N(半減期約10分)ラベルの硝酸をサイクロトロンで作り出し、利用できるようになって、短時間レベルでの硝酸の細胞膜を介しての動きを把握することが可能になった。本論文ではエンドウを実験材料として行われた13Nラベルの硝酸の吸収に関する実験結果が述べられている。
 
 13Nラベルの硝酸はサイクロトロンにより16O(p、α)13N反応を利用して作ることができる。本実験においては、14mlの純水をターゲットに1〜2μA(14.25MeV)のプロトンビームを30分間照射し2GBqの13N硝酸を得ることができた。得られる硝酸の濃度はpMレベルであり、その化学的純度は96%以上であった。


図1 Schematic presentation of the experimental set-up. V, pneumatically or manually regulated valve; GM, Geiger-Muller tube; C, flow-through quartz cuvette. The lead/concrete shielding is not shown. (原論文1より引用。 Reproduced from Planta 170:550〜555, 1987, Fig.1(p.551), P.Oscarson, B.Ingemarsson, M.af Ugglas and C.-M.Larsson, Short-term studies of NO3- uptake in Pisum using 13NO3-; Copyright(1987), with permission from Springer-Verlag and authors.)

 13N硝酸を植物に吸収させるシステムの概略は図1に示した通りである。すなわち、植物を栽培している容器(硝酸あるいはアンモニウムを含んだ溶液が入っている)に13N硝酸イオンを照射装置から直接導入できるようにパイプで接続した。また溶液中の硝酸イオン濃度とGM管による13Nからのガンマ線量を自動的にモニターできるようなシステムを作った。硝酸イオン濃度は分光光度計を用いて202および250nmにおける吸光度を測定することにより決定し、ガンマ線量はGM管を用いて測定した(13Nの量は放出した陽電子が電子と反応して消滅する際にでるガンマ線量により求めた)。なお、ネットの硝酸イオン吸収量は溶液のイオン濃度の減少程度から、硝酸イオンの細胞内へのinflux量は溶液からの13Nの消失程度により求めた。Effluxの量についてはネットの吸収量からinfluxの量を引いて計算した。


図2  A typical experiment with a N-sufficient plant. (A) Recorder diagrams. Lower curve; radioactivity in the experimental medium. Upper curve: absorbance of the experimental medium at 202 nm. The addition of 13NO3- is indicated by arrow. (B) Time course of decrease in NO3- and radioactivity in the experimental medium. Data plotted for every 0.5 min as percent of the value at time 1 min (data corrected for background at A250 and radioactive decay). The concentration of NO3- at time 1 min was 49 μM. Also plotted is the specific activity of the medium. (原論文1より引用。 Reproduced from Planta 170:550〜555, 1987, Fig.2(p.552), with permission from Springer-Verlag and authors.)

 実験の結果は図2に示した通りである。図2Aはレコーダーに記録された溶液中の硝酸の量と、13Nによるガンマ線量を表わしたものであり、図2Bは13N硝酸添加1分後の硝酸イオン量とガンマ線線量を100とした値とspecific activityを表わしたものである。溶液中の硝酸濃度と13Nによるspecific activityの減少程度がほぼ一致していることが認められ、13N硝酸を用いて硝酸吸収のメカニズムを探ることの有用性が認められた。
 
 著者らは本手法を用いて硝酸イオンのefflux量を決定し根の細胞膜を場とした硝酸イオンの挙動を明らかにしている。また硝酸イオンとアンモニウムイオン共存条件における硝酸イオンの動態について解析している。なお、13Nを用いた植物の硝酸イオン吸収については英国とカナダにおいても重要な研究が発表されており、それらを参考資料としてリストアップした。

コメント    :
 窒素にはこれまで研究に使いやすいRIがなく、植物の最重要栄養元素である窒素の代謝研究が遅れていた原因の一つになっている。ことに、硝酸イオン(植物は硝酸態窒素を窒素源として利用している)の吸収のメカニズムは近年まで未解明のままにされていた。13N硝酸イオンが利用可能になったことにより、根の表皮細胞の細胞膜を場にした硝酸イオンの吸収が分単位という短時間レベルで動的に解析されるようになった。今後は吸収だけでなく根から地上部への硝酸イオンの転流についても13Nの利用による解析が進んでいくものと思われる。
 
 本論文のテーマは硝酸イオンの吸収解析であり、得られた結果は主に植物生理学の立場から考察されている。本データベースでは本論文のうち、放射線利用の観点から必要と思われる部分を中心に要約した。硝酸イオン吸収について詳細な研究内容を知りたい場合は原著論文を参照してほしい。

原論文1 Data source 1:
Short-term studies of NO3- uptake in Pisum using 13NO3-
P.Oscarson, B.Ingemarsson, M.af Ugglas* and C.-M.Larsson
Department of Botany, University of Stockholm, Sweden
*Research Institute of Physics, Frescativ, Sweden
Planta 170:550〜555, 1987

参考資料1 Reference 1:
Nitorogen-13 studies of nitrate fluxes in barley roots. I. Compartmental analysis from measurements of 13N efflux.
R.B.Lee and D.T.Clarkson
Agricultural and Food Research Council, Letcombe Laboratory,U.K.
Journal of Experimental Botany 37:1753-1767,1986

参考資料2 Reference 2:
Regulation of NO3- influx in barley. Studies using 13NO3-.
Anthony D.M. Glass, Robert G. Thompson, and Lucien Bordeleau
University of British Columbia, Department of Botany, Canada
Plant Physiology 77:379-381.

キーワード:13N、陽電子放出、トレーサー、サイクロトロン、植物生理学、硝酸イオン吸収、エンドウ、ガンマ線、
13N, positron emission, tracer, cyclotron, plant physiology, nitrate uptake, pea, gamma ray
分類コード:020501,020304,020101

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