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作成: 1998/12/22 長谷川 博

データ番号   :020105
放射線照射された植物の代謝変化
目的      :放射線が植物代謝に及ぼす影響の研究
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :10-40kR(104R/h)、30kR(2x104R/h) ;100〜400Gy相当
利用施設名   :大阪府立放射線中央研究所(現、大阪府立大学先端科学研究所)
照射条件    :空気中
応用分野    :植物生理学研究、放射線生物学研究、植物育種

概要      :
 イネ種子にガンマ線照射を行って生存率や幼植物の草丈といった形質だけでなく、放射線が発芽〜幼植物期における還元糖や遊離アミノ酸含量および核酸とタンパク質合成に及ぼす影響を調べた。照射後に種子をグルコース溶液で栽培すると照射による生存率の低下程度が軽減されることが認められた。さらに放射線照射は発芽初期のグルコース代謝経路にも影響を及ぼすことも明らかになった。

詳細説明    :
 
 放射線による障害を受けた細胞は遺伝物質や生理機能を修復するメカニズムを持っている。修復機能を明らかにするためには放射線照射による障害をまず明らかにする必要がある。本報告では、放射線照射が糖、タンパク質、核酸代謝におよぼす影響を明らかにするため、イネ(品種、銀坊主)の種子にガンマ線を照射し、照射後ただちに播種して、ガンマ線が発芽・生育と幼植物成長期におけるいくつかの代謝に及ぼす影響を調査したものである。
 
1)幼植物生育への影響
 ガンマ線照射は発芽への影響はなかったが、幼植物の生存率を低下させた(照射後15日目、40kR区(400Gy相当)で27%)。幼植物は20kR以下の照射区では生育を続けたが、30kR以上の照射区では照射後5日目以降は生育が停止した。
 
2)胚乳からの転流物質への影響(図1)
 幼植物中の内生還元糖量(胚乳の貯蔵糖類に由来)は生育に従って増加するが、照射によりその量は減少した。ことに、高線量(40kR)では照射後5日以上になると増加はみられなくなった。一方、幼植物中の遊離アミノ酸含量は照射後11日目まで増加し続け、20kR照射区でも対照区との差はなかった。


図1 Changes in reducing sugar and free amino acid content in control and γ-irradiated seedlings. Each point represents the average of 3 replications.(原論文1より引用。 Reproduced from Radiation Botany 15: 387-395 (1975), Fig.2(p.389), M.Inoue, H.Hasegawa and S.Hor., Physiological and biochemical changes in γ-irradiated rice; Copyright(1975), with permission from Elsevier Science.)

3)核酸合成への影響(図2)
 RNAとDNA合成をそれぞれ3H-ウリジンおよび3H-チミジンの植物体内への取り込み量を指標として調査した。RNA合成量は幼植物の生育に従って増加したが、線量の増加と共にその量は減少した。一方、DNA合成への影響は20kR照射と40kR照射区間で差異が見られた。20kR区では照射6日後までDNA合成が抑えられるが、その後は回復し対照区と同様の合成を行うようになった。40kR区においてDNA合成量は照射後6日目までは対照区の約2倍であったが、照射後3日目から10日目までDNA合成量が日数の経過とともに減少することが認められた。照射後10日目以降DNA合成量は増加に転じたがその量は対照区よりも低かった。


図2 Incorporation of [3H]-uridine into RNA and [3H]-thymidine into DNA in control and γ-irradiated seedlings. Each point represents the average of 3 replications.(原論文1より引用。 Reproduced from Radiation Botany 15: 387-395 (1975), Fig.3(p.390), with permission from Elsevier Science.)

4)タンパク質合成への影響
 3H-ロイシンの植物体内への取り込み量を指標として調べたタンパク質合成量は照射後3日目までは低く、6日目に急増し、以後は漸増傾向を示した。20kR区の合成量が対照区と40kR区に比べてやや高かった。
 
 このような照射後の幼植物にみられる代謝変動のうち、エネルギー代謝に関係深い糖代謝が放射線障害の回復にどの程度関与しているかを調査するために、種子を照射後グルコースを含む溶液で育てて、発芽・幼植物成長ならびに核酸・タンパク質合成を調査した。その結果、グルコースは生存率を高めること(図3)、20kR区でみられたDNA合成の遅延を解消させる効果を持つことが明らかになった。しかしながら、グルコースによる放射線障害の回復効果は発芽初期にみられる影響に限られるようである。放射線照射により幼植物におけるグルコース代謝が変化することをグルコース-1-14Cまたはグルコース-6-14Cを含む培地で種子を発芽、生育させ、生じるCO2にどちらにラベルした糖に由来するCが多いかを測定することにより調べた(原論文2)。その結果、種子に30kR照射を行った幼植物では発芽初期(吸水開始20時間後まで)においてグルコース-6-Cに由来するCO2が多く放出されることから、照射によりグルコース代謝諸回路のうちペントースリン酸回路の寄与が減少していることが明らかになった。


図3 (a)Effect of exposure on survival at the 14th day of soaking in glucose-salt medium. Each point represents the average of 3 replications of 500 seeds each.(b)Effect of exposure on the amount of recovery following soaking in salt medium with 0.5 g/l glucose.(原論文1より引用。 Reproduced from Radiation Botany 15: 387-395 (1975), Fig.5(p.391), with permission from Elsevier Science.)



コメント    :
 放射線障害とその回復については植物においても染色体、DNAレベルにおける研究・報告例が多い。DNAの修復においても細胞の代謝活性が維持されていることが前提であり、放射線障害の回復にはそれを可能とするための代謝機能が
細胞に備わっているかどうかを明らかにしておく必要がある。そのためには放射線照射により細胞の代謝機能がどの程度影響されるのかを把握しておかねばならない。
 
 ここで採録した論文は放射線が植物細胞の代謝機能にどの程度影響するのかを明らかにした報告例のひとつである。1970年代の報告であり核酸合成能をRIでラベルした塩基の植物体内への取り込みで評価する方法等、研究手法は旧式であるが得られたデータは貴重なものである。ここでは種子照射による発芽、幼植物期の代謝変動に関する研究結果を紹介したが、さらに成長した植物体、生殖成長期の植物における放射線の生理的影響に関する研究も必要である。近年植物を用いた放射線生物学の研究が少なくなったが、放射線が植物細胞の代謝に及ぼす影響について最新の生化学、分子生物学手法を用いたこれまでの研究の再評価が望まれる。

原論文1 Data source 1:
Physiological and biochemical changes in γ-irradiated rice.
M.Inoue, H.Hasegawa and S.Hori
Radiation Center of Osaka Prefecture.(Present address of corresponding author, M.Inoue; Kyoto Prefectural University)
Radiation Botany 15: 387-395 (1975)

原論文2 Data source 2:
Glucose metabolism in gamma-irradiated rice seeds.
Masayoshi Inoue, Hiroshi Hasegawa and Shiro Hori
Radiation Center of Osaka Prefecture.(Present address of corresponding author, M.Inoue; Kyoto Prefectural University)
Environmental and Experimental Botany 20: 27-30 (1980)

キーワード:ガンマ線、放射線障害、回復、イネ、還元糖、グルコース代謝、遊離アミノ酸、核DNA、RNA、タンパク質合成
Gamma-ray, radiation-induced-damage, repair, rice, reduced sugar, glucose metabolism, free amino acid, DNA, RNA, protein synthesis
分類コード:020101,020301,020501

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