放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1999/01/18 長谷川 博

データ番号   :020104
花粉照射および卵細胞照射による交雑不和合性の打破
目的      :放射線利用による種間交雑不和合性の打破と種間雑種育成
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :137Cs線源
線量(率)   :花粉照射:5〜40kR(2.5kR/min);50〜400Gy相当、卵細胞照射:0.5〜4kR(0.5kR/min);5〜40gy相当
利用施設名   :東京大学原子力研究総合センター
照射条件    :空気中
応用分野    :植物育種、植物バイオテクノロジー、植物生殖生理学研究

概要      :
 放射線利用による種間不和合性打破の有効性を検討するために、花粉あるいは卵細胞に照射して種間雑種を得る試みをタバコ属植物、Nicotiana repandaとN.tabacumをモデルとして実験した。その結果、花粉照射あるいは卵細胞照射(胚珠照射)と受精胚のin vitro培養技術(胚珠培養)を組み合わせることにより、種間雑種種子が得られることが明らかになった。

詳細説明    :
栽培タバコNicotiana tabacumの花粉を近縁種であるN.repandaに交配すると花粉は発芽し、受精もするが、胚珠は受粉後9日以内に発育を停止する。受粉後4〜6日目に受精胚を含む胚珠を取り出して培養を行うと発芽能力のある種子が得られるが、幼植物はすべてクロロシスを生じて生存することができない。このようなN.tabacumとN.repandaの間にみられる交雑不和合性を下記に示すように、花粉あるいは卵細胞に放射線を照射したのち受粉させ、胚培養法を組み合わせることにより克服することができた。
5〜40kR(50〜400Gy相当)のガンマ線を照射したN.tabacumの花粉をN.repandaに受粉させた。一方、N.repandaの花を集めて寒天培地上に置床し、0.5〜4kRのガンマ線を照射した後にN.tabacumの花粉をin vitroで受粉させた。卵細胞照射と胚珠培養法の概略図は図1に示した通りである(参考資料1による)。


図1  Procedure of the egg cell irradiation technique.(原論文2より引用)

花粉照射と卵細胞照射のいずれの場合も受粉後4〜6日後に発育中の胚珠を切り取り、胚珠培養を行った。胚珠培養に用いた培地はNitsch(1972)の培地の無機塩類を基本としてビタミン類を加え、ショ糖濃度を7%とし、pHを5.8に調整したものである。幼植物が4〜6葉期になったときに根誘導培地 Nitsch(1972)の無機塩類を基本としてIAA(1mg/l)を加え、ショ糖濃度を1%として、pHを5.8に調整した培地)に移した。胚珠培養で得られた幼植物は1ヶ月に1回根誘導培地に植え継いだ。
照射花粉をN.rapandaに受粉させ、胚珠培養を行わなかった場合はごく低い率ながら雑種種子が得られたが、発芽能力はなかった。照射花粉を受粉させ、胚珠培養を行った場合は培養開始後6ヶ月においてもなお生存する幼植物を得ることができた。幼植物の獲得率は20kR区までは線量の増加とともに高くなる傾向があったが、30kR以上の照射区では幼植物の出現率が低下した。培地上で6ヶ月経過した後に枯死した個体もあったので、結局、照射花粉交配により得られた132個体の中から20kR区に由来する4個体が開花まで生育した。この結果は本法が交雑不和合成の打破に有効なことを示している(表1)。

表1  Effect of gamma-irradiation on survival of hybrid plantlets.(原論文1より引用。 Reproduced from Theoretical and Applied Genetics 76:293-298 (1998), Tab.3(p.295), Y.Shintaku, K.Yamamoto and T.Nakajima, Interspecific hybridization between Nicotiana repanda Willd. and N.tabacum L. through the pollen irradiation technique and the egg cell irradiation technique; Copyright(1998), with permission from Springer-Verlag and authors.)
--------------------------------------------------------------------------------
Experiment   Dose  No.of       No.of plantlets which survived   No.of flowering
             (kR)  seedlings  --------------------------------  plants in pots
                   obtained    Up to      Up to      More than
                               3 months   6 months   12 months
--------------------------------------------------------------------------------
Pollen        0       124          -        0          0              0 (0)
irradiation   5        71          -        7 (9.9)    0 (0)          0 (0)
technique    10        33          -        4(12.1)    0 (0)          0 (0)
             20        20          -        6(30)      4(20)          4(20)
             30         8          -        0 (0)      0 (0)          0 (0)
             40         0          -        0 (0)      0 (0)          0 (0)
一方、N.repandaの卵細胞に照射し、N.tabacumの花粉を試験管内で受粉させ、胚珠培養を行った場合は、花粉照射の場合より高い頻度で雑種植物を獲得することができた(表1)。このための最適線量は1kRであり、得られた植物体の48%は3ヶ月後まで生存し、17%は12ヶ月以上生存することができ、本法が雑種植物獲得に有効な方法である認められた。しかしながら、ポット移植後に枯死する個体が多く、開花まで生育したのはわずか2個体であったので、本法には植物体の培養、馴致技術に改良の余地がある。
得られた雑種植物の特性を調べたところ、植物体の外観は矮性の1個体を除いて花粉親であるN.tabacumに類似していること、花色や葉型は両親の中間を示す傾向があること、さらに異数体が含まれていることなどが認められた。得られた植物体の花粉は不稔であり、後代を育成することはできなかった。従って、雑種植物を育成するためには複2倍体化を検討する必要がある。

コメント    :
作物育種における放射線利用技術では突然変異の誘発と利用だけでなく、交雑不和合性の打破も重要なテーマのひとつである。本報告では通常では雑種植物が得られないN.repandaにN.tabacumの花粉を交配するという組み合わせで、花粉へのガンマ線照射、あるいは卵細胞へのガンマ線照射と胚珠培養を組み合わせる方法により、交雑不和合性の打破に成功している。本報告の方法を他種作物へ応用するためには、交雑不和合性をもたらす機構の違い、放射線感受性の差違などを十分に検討してから行う必要がある。花粉や卵細胞へのガンマ線照射が交雑不和合性の打破に有効となるメカニズムについても基礎研究が望まれる。また、照射花粉を受粉させると遺伝子組み換えと同様な現象が生じることも報告されており、花粉照射は今後の植物遺伝学、植物生殖生理学の興味ある研究テーマであるとともに、その作物育種への利用も期待される。

原論文1 Data source 1:
Interspecific hybridization between Nicotiana repanda Willd. and N.tabacum L. through the pollen irradiation technique and the egg cell irradiation technique.
Y.Shintaku, K.Yamamoto and T.Nakajima
Laboratory of Plant Breeding, Faculty of Agriculture, The University of Tokyo
Theoretical and Applied Genetics 76:293-298 (1998)

原論文2 Data source 2:
Interspecific hydridization between Nicotiana repanda Willd. and N.tabacum L. through in vitro culture of irradiated ovules
Yurie SHINTAKU*, Koji YAMAMOTO* and Tetsuo NAKAJIMA**
* Laboratory of Plant Breeding, Faculty of Agriculture, The University of Tokyo
  ** Laboratory of Plant Breeding, Faculty of Agriculture, Tamagawa University
Japanese Journal of Breeding, 36:420〜423(1986)

キーワード:ガンマ線、タバコ、Nicotiana tabacum、Nicotiana repanda、交雑不和合性、種間雑種、花粉、卵細胞、胚珠培養、試験管内受精
Gamma-ray, tobacco, Nicotiana tabacum, Nicotiana repanda, cross imcompatibility, interspecific hybrid, pollen, egg cell, ovule culture, in vitro fertilization
分類コード:020101,020501

放射線利用技術データベースのメインページへ