放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1998/12/22 長谷川 博

データ番号   :020103
受精卵細胞における放射線感受性と突然変異誘発効果の細胞周期依存性
目的      :作物における効率的な突然変異誘発法の開発
放射線の種別  :エックス線
放射線源    :X線(280KVp,10mV,1.0mmAlフィルター使用)
線量(率)   :70R/min(10〜30Gy相当)
利用施設名   :論文中に場所、使用機種の記載なし
照射条件    :空気中
応用分野    :植物育種、植物発生生物学研究

概要      :
 放射線照射により誘発される突然変異体を効率よく選抜する方法を確立するために、イネの受精卵細胞におけるX線照射効果を放射線感受性、突然変異体の出現頻度、および突然変異スペクトラムと細胞周期の関連において調査した。放射線感受性はG1〜S初期に最も高くなること、および細胞周期の異なるステージに照射することにより生じる突然変異体の相対的出現頻度が変化することが明らかになった。

詳細説明    :
 植物の受精直後の卵細胞に突然変異原を処理するとM1個体のキメラが解消されるので突然変異体の選抜効率が高くなる。一方、細胞周期の各ステージにおいて放射線感受性が異なることが知られている。本報告ではイネの受粉一定時間後にX線を照射して、受精卵細胞における放射線感受性、突然変異の出現頻度ならびに突然変異スペクトラムと細胞周期の関係を明らかにしたものである。なお、イネ受精卵細胞の細胞周期のステージについては参考資料1の論文で明らかにされている。
 イネ(品種、愛知旭)を供試して受粉後3.5〜15.3時間の受精胚細胞に1〜3kR(10〜30Gy相当)のX線照射を行い、照射後38日目における細胞の生存率を調査したところ、感受性は受粉6〜9時間後(G1〜S初期)に最も高くなることがわかった。最も感受性の高いステージのLD50は2kR以下であるのに対し、受粉後12時間以上の細胞においてはLD50は3kR以上にまで高くなった。以上の結果をもとにして、受粉後0〜36時間まで、2時間ごとに1.3および2.6kRの照射を行い、いくつかの指標による放射線感受性を調査するとともにM2における突然変異を調べた。
 未熟胚形成率、種子の発芽率および発芽種子の生存率を指標とした放射線感受性はいずれも最初の細胞周期のG1〜S期において高く、また第2周期は第1周期よりも感受性が低くなることが明らかになった(図1)。一方、M1植物における不稔個体の出現率でみると第1周期のG2期に感受性が最も高くなった。


図1 Changes of X-ray sensitivity with the time of irradiation after pollination, as measured by three different criteria. a Abortion rate; b Germination rate; c Survival rate at seedling stage.(原論文1より引用。 Reproduced from Theoretical and Applied Genetics 68: 297-303 (1984), Fig.2(p.299), Y.Kowyama, T.Kawase, H.Yamagata, Cell-cycle dependency of radiosensitivity and mutagenesis in fertilized egg cells of rice, Oryza sativa L. 2. X-ray sensitivity and mutation rate during a cell cycle; Copyright(1984), with permission from Springer-Verlag and authors.)

 葉緑素突然変異体の出現頻度をみると、受粉2時間後の照射区において最も高い出現頻度が得られ、以後時間の経過とともに低くなり(図2)、受粉後8〜36時間の間の照射区では出現頻度が変動した。アルビノとビリディスの出現頻度は細胞周期に伴う葉緑素突然変異体の出現頻度の変化とほぼ一致しており、第1周期のG1期で最も出現頻度が高くなり、またS期よりもG2、M期において高くなる傾向がみられた。一方、キサンタの出現頻度はS期初期に最も高くなった。


図2 Chlorophyll mutation rates in relation to the time of irradiation after pollination. (原論文1より引用。 Reproduced from Theoretical and Applied Genetics 68: 297-303 (1984), Fig.4(p.300), with permission from Springer-Verlag and authors.)

 突然変異スペクトラムの細胞周期依存性は形態形質の突然変異体出現頻度でも認められた。短稈突然変異体は第1周期のG2期の照射により特異的に誘発されること(図3)、出穂期に関する突然変異体(原品種より7日以上の早生または晩生)は受粉後16〜18時間あるいは27〜32時間照射(第1、第2周期のM期とG1期初期)において他より多く誘発されること、さらに不稔突然変異体はG2期からM期の照射により高い頻度で誘発されることが明らかになった。


図3 Changes in frequencies of short-culm mutants (●) and heading-date mutants (○) with the time of irradiation after pollination. (原論文1より引用。 Reproduced from Theoretical and Applied Genetics 68: 297-303 (1984), Fig.6(p.300), with permission from Springer-Verlag and authors.)

 本結果から農業形質に関わる突然変異体について異なる突然変異体が細胞周期の異なるステージに放射線を照射することにより得られることが示唆された。また、G2後期〜M期に照射した場合はM1、M2個体に不稔個体が多く生じることがわかった。

コメント    :
 種子に放射線等の突然変異原処理を行うと種子胚ではすでに多くの細胞が存在し、器官分化も進行しているために、M1植物は突然変異形質に関してキメラになっている。キメラが形成されることは突然変異体の選抜効率を低下させるので、その解消技術は突然変異育種の克服しなければならない問題のひとつである。さらに、突然変異スペクトラムのコントロールができれば求める突然変異体を効率よく獲得できる。本報告で示された受精卵へのX線照射効果は突然変異育種の大きな2つの課題を一気に解決するものとして興味深いものである。今後はさらに多くの突然変異形質について突然変異誘発効果の細胞周期依存性を明らかにする必要がある。
 受精卵への突然変異原処理は化学突然変異原を用いても可能である。事実、九州大学のグループはイネの受精胚にニトロソ化合物(N-メチル-N-ニトロソ尿素、MNU)処理を行うと非常に高い突然変異誘発効果が得られることを明らかにしている。ただ、化学突然変異原処理では一定の処理時間が必要なので放射線照射のように細胞周期に特定のステージへの効果を確かめることは困難である。
 受精卵処理は高い突然変異出現頻度が得られ、かつキメラが解消されるすぐれた技術であるが、最大の欠点は照射(処理)に植物体を直接用いる必要があり、大量の個体を扱うことが困難なことである。実用化のためにはこの点を克服する必要がある。

原論文1 Data source 1:
Cell-cycle dependency of radiosensitivity and mutagenesis in fertilized egg cells of rice, Oryza sativa L. 2. X-ray sensitivity and mutation rate during a cell cycle
Y.Kowyama*, T.Kawase*, H.Yamagata**
*Plant Breeding Laboratory, Factory of Agriculture, Mie University
**Plant Breeding Laboratory, Factory of Agriculture, Kyoto University
Theoretical and Applied Genetics 68: 297-303 (1984)

参考資料1 Reference 1:
Cell-cycle dependency of radiosensitivity and mutagenesis in fertilized egg cells of rice, Oryza sativa L. 1. Autoradiographic determination of the first DNA synthetic phase
Y.Kowyama, T.Kawase and H.Yamagata*
Plant Breeding Laboratory, Faculty of Agriculture, Mie University *Plant Breeding Laboratory, Faculty of Agriculture, Kyoto University
Theoretical and Applied Genetics 65: 303-308 (1983)

キーワード:X線、イネ、受精卵細胞、細胞周期、放射線感受性、突然変異、突然変異スペクトラム、キメラ、選抜効率
X-ray, rice, fertilized egg cell, cell cycle, radiosensitivity, mutation, mutation spectrum, chimera, selection efficiency
分類コード:020101,020501

放射線利用技術データベースのメインページへ