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作成: 1998/10/30 長谷川 博

データ番号   :020102
植物培養細胞においてガンマ線照射により生じるDNA含量の減少
目的      :ガンマ線照射が植物の核酸、タンパク質含量に及ぼす影響に関する基礎的研究
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :137Cs線源
線量(率)   :5-30Gy,2-120Gy/h 
利用施設名   :東京大学原子力研究総合センター
照射条件    :空気中
応用分野    :放射線生物学研究、植物分子生物学研究、植物育種

概要      :
 タバコカルスに0-300Gyのガンマ線を照射した場合、カルス生長は100Gy以上の線量で著しく抑制されること、カルスにおける水溶性タンパク質含有率は照射により影響を受けないがDNA含有率は照射により有意に低下することを明らかにした。これらの実験結果をもとに植物における放射線細胞生物学の新しい研究方向が示されている。

詳細説明    :
 植物の培養細胞系は高度に分化した組織の細胞よりも均一な細胞集団が獲得しやすいので放射線細胞生物学に適した実験材料として考えられている。しかしながら、高等植物においては非対称細胞融合を目的としてプロトプラストに対する放射線照射を行なう際に、照射されたプロトプラストにおいてDNAの消失現象についてやや詳しい研究がなされている以外、培養細胞系を用いた放射線照射効果に関する基礎的研究はほとんど知られていない。
 本実験はタバコ(品種、Burley 21)の播種後2週間目の幼植物の茎より誘導したカルスにガンマ線を照射し、カルスの生長ならびにカルスの水溶性タンパク質含有率とDNA含有率について調査したものである。カルスの培地はLS培地を基本とし、IAA(3mg/l)、NAA(3mg/l)およびカイネチン(0.1mg/l)を加えショ糖の濃度を3%(w/v)としたものである。DNAとタンパク質測定のためのサンプルは-80℃で冷凍保存した。
 得られた結果は以下の通りである。
1) 照射後カルスをただちに新しい培地に植え継ぎ25℃暗条件で培養を継続したところ、カルスの生長は100Gy以上の線量区において著しく阻害された(図1)。


図1 Growth curve of tobacco calli after gamma irradiation. Calli were irradiated 5 days after subculture and cultured at 25℃ in the dark. The growth rate was culculated from the outer dimensions of the callus. Volume of calli at 5 days after subcultured is taken as 1.0. The data shows the average of 10 calli for each treatment.(原論文1より引用)

2) カルスの生長に伴って、水溶性タンパク質の含有率は低下したが、照射によりその含有率が変化することはなかった。
3) DNA含有率もカルスの生長とともに低下したが、照射区においてよりDNA含量が減少することが認められた。DNAの減少程度は照射時のカルスの生育程度に関わらずほぼ一定であった。さらにDNA含量の減少は照射後すみやかに生じ、300Gy照射において照射後24時間で対照区の75%にまで低下した(図2)。


図2 Decrease in the amount of DNA of calli during incubation after irradiation of 300Gy of gamma rays. Irradiated calli and unirradiated controls in the stationary phase were incubated for 0, 1, 3, 6 and 24h, and then the amounts of DNA were measured. The amount of unirradiated calli was assigned a value of 100%. Standard errors in repeated measurements were less than 4.8%, which was observed in the case of the incubation for 3h.(原論文1より引用)

 このようなガンマ線照射によるDNA含量の低下は照射によりある酵素反応が誘発されるためと考えられる。照射ラットのリンパ球においてCa2+/Mg2+依存性のエンドヌクレアーゼが活性化されること、および照射による核DNAの減少はタンパク質のde novo合成と関係することが知られている。植物細胞においても同様の現象が生じている可能性がある。著者らは別の実験でガンマ線を照射されたカルスでは35Sでラベルしたメチオニンの取り込みが増加することを明らかにしており、ガンマ線照射によるタンパク質のde novo合成の存在を示唆している。
 なお、動物細胞で知られているように照射によるアポトーシスによる細胞死が植物においても存在すると考えれられる。本実験の結果はこのような照射により老化(senescense)が促進されるという一面も表わしている。

コメント    :
 植物培養細胞に放射線を照射して突然変異体を獲得する試みは多くなされているが、照射により培養細胞中で何が生じているかという基礎研究は少ない。これが培養細胞を用いた放射線利用技術の一般化を遅らせている原因の一つになっている。一方、植物における放射線細胞生物学研究は分化した組織の細胞を実験材料として、動物細胞と微生物において得られた知見を適用するという方向で進められてきた。本研究はタバコの培養細胞系を用いて放射線照射後のタンパク質、核酸代謝研究に新しい方向性を示すものであり、今後本実験で得られた結果の分子生物学的解析が待たれる。非対称細胞融合を目標としたプロトプラストへの放射線照射後のDNAの消失に関しては別のデータベース(020022)に収録されているので参照されたい。
 なお、詳細説明でカルス培養条件についてやや詳しく説明したのは、培養細胞の放射線感受性が培地ならびにカルス培養条件etc.により大きく左右されることが知られているからである。

原論文1 Data source 1:
Rapid Decrease in DNA Content Induced by Gamma Irradiation in Cultured Cells of Tobacco
Akira KANAZAWA, Mitsuhiro HATANAKA, Nobuhiro TSUTSUMI, Hoshio EGUCHI* and Atsushi HIRAI
Laboratory of Radiation Genetics, Graduate School of Agricultural Life Science, The University of Tokyo
*Research Center for Nuclear Science and Technology, The University of Tokyo
RADIOISOTOPES,47,399-404(1998)

キーワード:ガンマ線、放射線感受性、タバコ、培養細胞、カルス、タンパク質含量、DNA含量、アポトーシス、放射線生物学
gamma-ray,radiosensitivity,tobacco,cultured cell,callus,protein content,DNA content,apotosis,radiation biology
分類コード:020101,020501

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