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作成: 1998/12/12 小山 重郎

データ番号   :020091
不妊虫放飼法によるタイ及びフィリピンにおけるミカンコミバエの防除
目的      :タイ及びフィリッピンのミカンコミバエを不妊虫放飼法により防除する
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :50-90Gy
利用施設名   :タイ照射センターガンマ線照射施設、フィリピン原子力研究所ガンマ線照射施設
照射条件    :空気中(低酸素圧下)、室温
応用分野    :不妊虫放飼法、害虫防除

概要      :
 東南アジアで不妊虫放飼法による害虫防除が実施されている国はタイとフィリピンで、いずれも果実害虫のミカンコミバエを対象にしている。タイでは、初め北部国境にちかい高地で防除効果をあげ、現在は低地の果樹園で他の防除法と組み合わせて、被害軽減防除を行っている。フィリピンでは中部のマンゴー産地であるギマラス島で基礎試験をおこなっているが、将来はこの島での根絶防除を目指している。

詳細説明    :
 東南アジアにおいて、不妊虫放飼法による害虫防除が広い地域で実施されている国は、タイとフィリピンである。いずれの国でも、防除対象害虫はミカンコミバエである。ミカンコミバエは東南アジアに広く分布し、成虫が多くの種類の果実に産卵し、幼虫が果肉を食害する。
 タイでは北部国境に近い標高1400mの高地にあるドイアンカン(約20平方キロ)で少数民族がアヘンの原料となるケシを栽培しているのを止めさせ、代わりにモモ、ナシなどの果樹栽培をすすめたところ、ミカンコミバエの被害をうけた。そこでタイ王立研究所の研究プロジェクトの一つとして、タイ原子力庁が不妊虫放飼法による防除試験を1985年から開始した。ミカンコミバエの大量増殖とガンマ線照射(90Gy)による不妊化はバンコクにあるタイ原子力庁で行い、これを列車と自動車によってドイアンカンまで運び放飼した(図1)。


図1 タイにおけるミカンコミバエ不妊虫輸送経路(原論文3より引用)

 はじめは効果があまり上がらなかったが、1992年に不妊虫放飼数を週500万頭から1500万頭にふやしたところ、1993年には不妊虫:野生虫比が10:1以上となり、モモの被害果率も放飼前の約60%から約10%に減少した。この成果をもとに原子力庁は農業普及省に協力し、平地のマンゴーなどを害するミカンコミバエを防除するため不妊虫放飼をはじめた。1993年にはバンコクに近いチョンブリー、ナコーン・ラチャシマー、ラチャブリーの3カ所で小規模の放飼がおこなわれたが、その後バンコク近郊のパトウムタニーに新し増殖施設を建設し、1995年からより大規模な不妊虫放飼を計画している。なお、タイではミカンコミバエの根絶を目指さず、他の防除法(被害果実の処分、毒餌剤散布、雄除去法など)と組み合わせた被害軽減を目的としている。
 フィリピンでは原子力研究所が1978年頃からミカンコミバエの不妊虫放飼法の基礎研究をおこなってきた。1992年から原子力研究所と国立マンゴー研究・開発センターの共同プロジェクトとして、フィリピン中部のパナイ島に近いギマラス島(620平方キロ)において不妊虫放飼法によるミカンコミバエ防除試験が開始された。この試験では、ミカンコミバエの大量増殖とガンマ線照射(50Gy)による不妊化はマニラにある原子力研究所で行い、これを自動車、飛行機、船によってギマラス島にある国立マンゴー研究・開発センターに輸送する(図2)。


図2 フィリピンにおけるミカンコミバエ不妊虫輸送経路(原論文3より引用)

 ギマラス島は日本などへの輸出用マンゴーの生産地であるが、ミカンコミバエのいない日本から、輸出前に蒸熱による殺虫処理を要求されるため、不妊虫放飼法によってミカンコミバエを根絶し、この制限を解除することが試みられた。1995年までに、ミカンコミバエの寄主植物と年間の発生消長、生息数等の調査がおこわれた結果、不妊虫の生産能力(週3000万頭計画)が野生虫数(約4億頭)より少ないため、放飼前に雄誘引剤であるメチルオイゲノールと殺虫剤をまぜて野外に置く「雄除去法」によって、あらかじめ雄を1/10から1/100に減らす必要があることがわかった。また、ギマラス島に近い小島で不妊虫の試験的放飼をおこない、その有効性を確かめた。これらの試験結果をもとに、全島を対象とした雄除去法と不妊虫放飼法の実施が計画されている。

コメント    :
 不妊虫放飼法は、はじめ害虫の根絶を目的に開発された技術であるが、そのためには対象地域にまわりから害虫がはいってこないような隔離条件が必要であり、また人為的持ち込みがないように検疫を行わなければならない。タイではそのような条件が満たされないが、ミカンコミバエの被害軽減のために、その他の防除法とくみあわせて、不妊虫放飼法をとりいれている。また、フィリッピンでは根絶を目的にしているが、その条件がみたされるかどうかは今後の取り組みにかかっている。しかし、不妊虫放飼法は対象害虫だけに効果的で環境汚染をもたらさない方法なので、かりに根絶を目標としなくとも、経済的に成り立つようであれば、今後とりいれていくべきであろう。

原論文1 Data source 1:
Problems of fruit flies and its control by the sterile insect technique in Thailand
Sutantawong,M.
Office of Atomic Energy for Peace,Chatuchak,Bangkok 10900,Thailand
Proceedings of the International Symposium on the Biology and Control of Fruit Flies
(Kawasaki,K.,Iwahashi,O.and Kaneshiro,K.Y.eds.),Ginowan,Okinawa,Japan.:98-104(1991)

原論文2 Data source 2:
Status of the fruit fly control program in the Philippines
Manoto,E.C.
Philippine Nuclear Research Institiute,Department of Science and Technology,Diliman,Q.C.,Philippines
Proceedings of the International Symposium on the Biology and Control of Fruit Flies (Kawasaki,K.,Iwahashi,O.and Kaneshiro,K.Y.eds.),Ginowan,Okinawa,Japan.:87-97(1991)

原論文3 Data source 3:
タイとフィリピンの不妊虫放飼法の現状
小山 重郎・垣花 廣幸*
元蚕糸・昆虫農業技術研究所、*沖縄県農業試験場
放射線と産業No.68(1995):15-19

参考資料1 Reference 1:
タイにおけるSIT・FS委員会および現地調査
平成5年度地域協力構想調査報告書ー地域ネットワークの構築に向けてー平成6年3月、社団法人日本原子力産業会議:55-63

参考資料2 Reference 2:
フィリピンにおけるSIT・FS委員会及び現地調査
平成6年度地域協力構想調査報告書ーこれまでの地域協力のレビューを踏まえてー平成7年3月、社団法人日本原子力産業会議:55-65

キーワード:不妊虫放飼法、タイ、フィリッピン、ミカンコミバエ、害虫防除
sterile insect technique, Thailand, Philippines, oriental fruit fly, insect pest control
分類コード:020201,040204

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