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作成: 1998/09/22 小山 重郎

データ番号   :020087
不妊虫放飼法による米国のラセンウジバエ根絶防除
目的      :米国のラセンウジバエを不妊虫放飼法により根絶防除する
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :137Cs線源
線量(率)   :75Gy
利用施設名   :米国のラセンウジバエ不妊虫生産施設
照射条件    :空気中、室温
応用分野    :不妊虫放飼法、害虫防除

概要      :
不妊虫放飼法は害虫を大量増殖し、放射線を照射して不妊化したのち、野外に放飼して野生虫と交尾させ、その子孫を絶やす方法である。ラセンウジバエは牛や馬の傷口に卵を産み、幼虫がその肉を食う害虫であり、アメリカの南部に分布し畜産業の重大な障害となっていたが、これを不妊虫放飼法によって根絶する試みが、アメリカのフロリダ州、テキサス州などで成功した。

詳細説明    :
ラセンウジバエCochliomyia hominivoraxは牛や馬などの家畜の傷に卵を産み、これから孵った幼虫が家畜の肉に食い込んで、家畜を弱らせたり、殺したりする害虫で、フロリダ州、テキサス州などアメリカ南部の畜産業にとって重大な害虫であった(図1は1935-1957年の分布図)。


図1 Screwworm distribution in the United States. (原論文3より引用。 Reproduced from Pest Control, Biological, Physical and Selected Chemical Methods (Kilgore,W.W. and Doutt,R.L. eds.), 147-196.(1967), Fig.4.1(p.165), LaChance, E.E., Schmidt, C.H. and Bushland, R.C., Radiation-induced sterilization; Copyright(1967), with permission from Academic Press, Inc. and authors.)

このハエを人工飼育によって大量に増殖し、ガンマ線を照射して不妊化し、野外に放して野生のハエと交尾させることによって、その子孫を減らし、遂には根絶させるという不妊虫放飼法は、Knipling(1955)によって提案され、南米ベネズエラ沖にあるキュラソー島(450平方キロ)で1954年に行われて成功した(Baumhover et al.1955)。この成功をもとに、まずフロリダ州において1957年秋から週200万頭の不妊虫が放飼され、これは1958年に週400万頭にまで増加した。1957-1958年の冬が異常に寒く、野生虫が減少したことも幸いして、不妊虫放飼の効果があがり、1959年までにラセンウジバエはほとんど根絶され、1960,1961年に起こった散発的発生もおさえられて、フロリダ州での根絶は成功した。このように短期間で根絶に成功できたのは、図1のように、フロリダ州の発生地域が周囲から隔離され、その後のハエの侵入が無かったことによるものである。これに対して、テキサス州など南西部の発生地域は、その南部国境をメキシコと接し、ラセンウジバエが絶えずメキシコから侵入するという条件にあった。それにもかかわらず、畜産業者の熱望に答えて、テキサス州でも1962年から不妊虫放飼事業が開始された。この場合には、メキシコ国境地帯に幅160km,長さ1600kmに及ぶ緩衝地帯をもうけ、そこに不妊虫を放飼しつずけることによって、メキシコからの侵入を防ぎながら、不妊虫放飼を行うという対策がとられた。その結果、1964年までにほぼ根絶に成功したが、その後も国境に近い地域で散発的な発生が起こった。そこで、緩衝地帯の幅を最大480kmにまでひろげるとともに、放飼する不妊虫の数も増やした。また、1965年には南西部のアリゾナ州とカリフォルニア州でも不妊虫放飼をはじめた。さらに、1972年にはアメリカ・メキシコの共同事業として、ラセンウジバエの侵入源であるメキシコでも不妊虫放飼が開始されることによって、米国のラセンウジバエの根絶は最終的に成功した。

コメント    :
不妊虫放飼法は放射線の農業利用技術のなかで特筆すべきものであるが、それがアメリカの畜産害虫であるラセンウジバエではじめて成功したことは画期的なことである。この技術は害虫の大量増殖、不妊化、放飼など多くの技術的要素を含むが、特に、この方法がフロリダ州のような隔離された地域において、あるいはテキサス州のように外部からの侵入を防ぎつつ実施されなければ成功しないことが実証された意義は大きい。これはアメリカ畜産業のみならず、その後の本技術の発展に大きく貢献したものである。

原論文1 Data source 1:
Possibility of insect control or eradication through the use of sexually sterile males
Knipling,E.F.
Entomology Research Branch,Agr.Res.Serv.,U.S.D.A.
Jour.Econ.Ent.48(4):459-462(1955)

原論文2 Data source 2:
Screw-worm control through release of sterilized flies
Baumhover,A.H.,Graham,A.J.,Bitter,B.A.*,Hopkins,D.E.,New,W.D.,Dudley,F.H. and Bushland,R.C.
Entomology Research Branch, Agr.Res.Serv.,U.S.D.A.,*Veterinary Service, Government of Netherlands Antilles.
Jour.Econ.Ent.48(4):462-466(1955)

原論文3 Data source 3:
Radiation-induced sterilization
LaChance,E.E.,Schmidt,C.H. and Bushland,R.C.
Metabolism and Radiation Research Laboratory, Entomology Research Division, Agr.Res.Serv.,U.S.D.A., State University Station, Fargo, North Dakota
Pest Control,Biological,Physical and Selected Chemical Methods (Kilgore,W.W. and Doutt,R.L. eds.) Academic Press, 477p.:147-196.(1967)

原論文4 Data source 4:
Progress in Screwworm Eradication
Anonymous
Animal and Plant Health Inspection Service, U.S.D.A.
Progress in Screwworm Eradication,APHIS 91-25:1-5.(1967)

キーワード:不妊虫放飼法、ラセンウジバエ、根絶防除、米国
sterile insect technique, screwworm, eradication, the United States
分類コード:020201,040204

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