作成: 1997/10/27 長谷川 博
データ番号 :020074
トウモロコシの自殖系統の培養細胞ならびに再生植物体に及ぼすX線の効果
目的 :植物の組織培養技術と放射線照射を組み合わせた有用突然変異の獲得方法
放射線の種別 :エックス線
放射線源 :X線(225kV、15mA、0.35mmのCuフィルターを使用)
線量(率) :92rads/min
利用施設名 :Philips 社X線照射装置(250kV)
照射条件 :空気中照射
応用分野 :作物育種、植物バイオテクノロジー
概要 :
植物培養細胞に放射線照射を行い、再生植物体に生じる突然変異の出現頻度を高める方法の有効性をトウモロコシの自殖系統から得られたカルスにX線照射を行うことにより確かめた。カルスへの放射線照射を行うにあたっての培養技術ならびに放射線感受性と突然変異率の評価法についても有用な情報を示している。
詳細説明 :
培養細胞から再生した植物体のなかに突然変異体(ソマクローナル変異)が見いだされるが、培養細胞に突然変異原を処理することにより再生個体における突然変異率を高めることが可能である。原著論文はトウモロコシの自殖系統から得られたカルスにX線を照射して、カルスの放射線感受性と再分化植物およびその自殖後代の植物における突然変異出現頻度を明らかにしたものである。
「実験方法について」
トウモロコシ自殖系統B73の受粉後8〜10日目の0.5〜1.0mmの長さに発育した未熟胚から、もろい胚状カルス(friable embryogenic callus)を誘導した。カルスの誘導はMS基本培地に1.5mg L-1 の2,4-D を加えた培地を用いた。培養はすべて26±1℃、暗条件で行った。培地へ置床後10日目のカルスをほぐして1mm以下の大きさの小片に分け、ペトリ皿の固定培地上にそれらを置いた後、上記の条件でX線照射を行った。照射後2時間以内にカルスを新しい培地上に植え継いだ。
「カルス成長へのX線照射効果」
カルスの成長に及ぼすX線照射の影響を照射後20日、3ヶ月および9ヶ月目に調べた。その結果、1kR以下の線量ではカルス成育に及ぼす照射の影響はほとんど認められないこと、1kR以上の線量においては照射後20日目と3ヶ月目でのカルス成長は、線量の増加に伴い成長率が急激に低下するが、9ヶ月目にはカルス成長が対照区より大きくなることが認められた(図1)。
図1 Effect of X-ray irradiation on rate of B73 callus growth as determined by fresh weight at 20-d, 3-months, and 9-months postirradiation. Each value represents the average of three replications. Because results from 20-d and 3-months postirraidation were similar, only the 3-months results is presented.(原論文1より引用)
この現象はカルスのなかに成長率の異なる細胞が存在し、9ヶ月目には成長率の遅い(従って放射線感受性の小さい)細胞が増殖してくるためと考えられる。
カルス成長調査後に再分化培地へ植え継いだ後の胚様体の形成率についても、カルス成長に及ぼす場合と同様のX線照射効果が認められた。照射後20日、3ヶ月目のカルスについては、胚様体形成率は1kR以下の線量ではほとんど低下しなかったが、それ以上の線量では胚様体形成率は線量とともに低下した。照射後9ヶ月目のカルスも1kR以下の線量では胚様体形成率は低下せず、それ以上の線量でもなお高い形成率(対照区の80%以上)が見られた。
「再分化植物およびその後代に見られる変異」
X線照射カルスから得られた再分化植物(R0植物) においては線量の増加と共に不稔を生じる個体が増加した。本実験の場合は4kR照射を行ったカルスから得られた再分化植物からは次代の種子が得られなかった。不稔の原因は転座、染色体橋等の染色体異常と考えられる。R0世代においても変異個体が認められたが、R0植物の自殖により得られた次代においては変異体が分離する系統が多く認められた。得られたR0植物の個体数は少ないが1.3kR 以上の照射区から得られた個体の次代系統はすべて変異個体を分離していた(表1)。
表1 Mutation and germination frequency of R0 plants regenrated from X-ray irradiated calli.(原論文1より引用)
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Mutation Phenotype/ Germination
X-ray dose frequency1 frequency2 frequency3
kR % %
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0 9(1/11) v/1 64(197/310)
0.2 33(4/12) dek/1; v/4 67(169/251)
0.4 55(12/22) sr/1; v/7; w/3; 55(360/650)
zb/2; dek/4
0.8 70(7/10) v/6; w/2; vp/2 53(177/334)
1.0 86(18/21) v/16 61(477/782)
1.3 100(4/4) v/4; wi/1 41(53/130)
2.7 100(3/3) sh/2; v/2; wi/1 40(24/60)
Seed Control4 0 75(298/400)
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1Number of Ro plants showing mutant segregation/total number of Ro plants
evaluated in R1 progeny test.
2Number of Ro mutants are given after mutant symbol. d = dwarf;
dek = defective kernel; nl = narrow leaf; sh = shrunken endosperm;
sr = longitudinally white striate leaf; v = virescent; w = white seedling;
wi = wilted plant; zb = zebra striped leaf.
3Number of seedlings/total number of seeds planted.
4Bulk seed was used.
なお、非照射区から得られたR0植物では約10%の個体が次代に突然変異体を分離した。
(作成者による注:原著論文では0.8kR 照射区ではカルス成長率、胚様体形成率とも対照区よりも高い結果が報告されている。このような見かけの照射による刺激効果が観察されることが時折あるが、結論を急ぐことは危険である。実験供試数を多くすること、追試を行うことが必要である。)
コメント :
カルスを含む培養細胞への放射線照射効果の評価が困難なのは、照射前後の培養条件・照射条件だけでなく、放射線感受性の評価法により照射効果の評価が変わるためである。ここで紹介した論文の実験方法、結果のまとめ方は培養細胞への放射線照射効果を評価する上で参考となろう。種が異なれば放射線感受性も異なるので、本論文を参考に植物ごとのカルス照射の適性線量を決める必要がある。
原論文1 Data source 1:
Effect of X-ray Irradiation on Maize Inbred Line B73 Tissue Cultures and Regenerated Plants.
A.S.Wang, D.S.K.Cheng, J.B.Milcic and T.C.Yang*
Sungene Technologies Corp., USA
*Lawrence Berkeley Lab., University of California, USA
Crop Science 28: 358-362 (1988)
キーワード:トウモロコシ、組織培養、放射線、照射、放射線感受性、突然変異、染色体異常、X線
Maize, Tissue culture, Radiation, Irradiation, Radio-sensitivity, Mutation, Chromosome aberration,
X-ray
分類コード:020101,020501