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作成: 1997/10/16 河村 葉子

データ番号   :020054
電子線照射ポリエチレンからの異臭発生の低減化
目的      :電子線照射によりポリエチレンフィルムから生成する異臭の低減化のための検討
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(2.5 MeV, 0.25 mA)
線量(率)   :20 kGy
利用施設名   :食品総合研究所 Van de Graaff 電子加速器
照射条件    :大気中、室温
応用分野    :食品、医療用具、プラスチック、殺菌

概要      :
 ポリエチレンフィルムに電子線照射を行うと異臭が発生する。カルボン酸生成量を指標として、フィルムの種類の影響を検討したところ、樹脂の性質や添加剤の存在により影響を受け、フィルムに酸化防止剤のBHT(butylated hydroxytoluene)を添加すると大幅に減少した。また、照射時の酸素濃度、照射温度、電子線の加速エネルギーを下げると、揮発性物質の生成量も減少した。また、電子線照射の方がガンマ線照射より揮発性物質の生成量が低かった。

詳細説明    :
 
 ポリエチレンに電子線照射を行うと異臭が発生する。これは、脂肪族炭化水素(C3〜C13)、アルデヒド(C2〜C5)、ケトン(C4〜C8)、カルボン酸(C2〜C5)等の揮発性物質の生成によるものである。なかでも、カルボン酸類の異臭に対する寄与は大きい。樹脂やフィルムの製法が異なる6種類のポリエチレンフィルム、および添加剤であるBHTやオレアミドを添加したフィルムを試料とし、照射によるカルボン酸の生成量を比較検討した。非照射フィルム中のカルボン酸量は、成形時の加熱温度により大きく異なり、300℃のものは270℃の約10倍高かった。また、300℃の場合、BHTを0.25%添加すると、酢酸は34%、プロピオン酸は18%に減少し、吉草酸は検出限界以下であった。
 
 次に、9種類のフィルムを電子線照射し、カルボン酸量を測定した(表1)。

表1 Comparison of the Amounts of Carboxylic Acids Produced in Low Density Polyethylene Film(原論文1より引用)
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                             Carboxylic acids
        ---------------------------------------------------------------------
 Film        Acetic        Propionic      n-Butyric      n-Valeric      Total
         (μg/g)  (%)    (μg/g)  (%)    (μg/g)  (%)   (μg/g) (%)   (μg/g)
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  A      7.26    58.5    4.10    33.0    0.73     5.9    0.33    2.7    12.42
  B      6.80    57.5    4.12    34.9    0.61     5.2    0.29    2.5    11.82
  C      4.65    61.3    2.37    31.3    0.37     4.9    0.19    2.5     7.58
  D      3.10    59.7    1.64    31.6    0.29     5.6    0.16    3.1     5.19
  E      6.23    42.5    6.69    45.7    1.26     8.6    0.47    3.2    14.65
  F-1    7.95    50.8    6.15    39.3    1.11     7.1    0.45    2.9    15.66
  F-2    7.21    62.5    3.34    29.0    0.69     6.0    0.29    2.5    11.53
  F-3    1.37    74.9    0.19    10.4    0.23    12.6    0.04    2.2     1.83
  F-4    6.27    68.1    2.37    25.7    0.44     4.8    0.13    1.4     9.21
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 電子線照射によるカルボン酸の生成量は、樹脂の性質、フィルム成形時の温度、添加剤の有無により大きく変化した。特に酸化防止剤の影響が大きかった。添加剤無添加のフィルムにおけるカルボン酸生成量は、非照射時のカルボン酸量とは相関せず、フィルムの密度と相関がみられた。また、フィルムのEとF-1は、他の4種類のフィルムよりプロピオン酸、酪酸、吉草酸の含量が高かった。F-2は300℃で成形したフィルムであるが、260℃のF-1よりもカルボン酸生成量は低く、フィルム成形温度は照射による異臭の生成にはあまり重要ではなかった。一方、オレアミドを0.2%添加したF-4では、カルボン酸生成量は60%以下になり、BHTを0.25%添加したF-3では、生成量はわずか12%まで減少した。
 
 次に照射条件の影響を検討した。ポリエチレンフィルムを0.015%から1.0%の酸素含有窒素下、および空気中で照射したところ、カルボン酸、アルデヒド、ケトンの生成量は、酸素濃度の増加につれて増加したが、炭化水素の生成量は変化しなかった。酸素濃度とカルボン酸生成量の関係を図1に示した。酸素濃度が5%以上になると、空気中とほぼ同じ生成量となった。照射によるポリエチレンの酸化を抑制するためには、酸素濃度を極めて低く抑える必要がある。


図1 Effects of Oxygen Concentration on the Amounts of Carboxylic Acids from EB-Irradiated Polyethylene ●, acetic acid; ○, propionic acid; ▲, n-butyric acid; △, n-valeric acid.(原論文2より引用)

 照射温度については、0℃以上ではカルボン酸の生成量はほぼ一定であるが、-75℃では35%、-196℃では16%に減少した(図2)。炭化水素、ケトン、アルデヒドの生成量も照射温度に依存した。照射温度を-75℃まで下げれば、揮発性物質の生成量も大幅に減少する。


図2 Effects of Irradiation Temperature on the Amounts of Carboxylic Acids from EB-Irradiated Polyethylene ●, acetic acid; ○, propionic acid; ▲, n-butyric acid; △, n-valeric acid.(原論文2より引用)

 電子線の加速エネルギーについては、1.0〜2.5 MeVの間で検討し、2.0 と2.5 MeVでは有意な差はみられなかったが、1.5 MeVに下げると、カルボン酸の生成量は半減した。そこで、異臭の発生を抑えるためには、1.5 MeV以下で照射することが望ましい。照射電流については、125および250μAについて検討を行ったが、電流を半分にするとカルボン酸の生成量は50%増加した。照射電流と線量率は比例関係にあり、線量率が高いほどカルボン酸の生成は抑えられる。照射時のコンベアの速度は影響を与えなかった。60Coのガンマ線照射は、電子線125μAの照射よりもカルボン酸の生成量が高かった。これはガンマ線照射の方が線量率が低いためと考えられる。
 
 以上の結果から、異臭の生成を抑えるためには、ポリエチレンフィルムへの酸化防止剤の添加のほか、照射時の酸素濃度を0.5%以下、照射温度を-75℃以下、加速エネルギーを1.5 MeV以下とし、高い線量率で照射することが望ましい。

コメント    :
 ポリエチレンの照射における異臭の発生を抑制するためのいくつかの方策を示している。対象となる包装材料に応じて、適切な方法を選択することが必要であろう。

原論文1 Data source 1:
EFFECTS OF FILM VARIETY ON THE AMOUNT OF CARBOXYLIC ACIDS FROM ELECTRON BEAM IRRADIATED POLYETHYLENE FILM
Keiko Azuma, Yoshikazu Tanaka, Hirotaka Tsunoda, Takashi Hirata, Takasuke Ishitani
National Food Research Institute
Agric. Biol. Chem., Vol. 48, No. 8, pp.2003-2008 (1984)

原論文2 Data source 2:
EFFECTS OF THE CONDITIONS FOR ELECTRON BEAM IRRADIATION ON THE AMOUNT OF VOLATILES FROM IRRADIATED POLYETHYLENE FILM
Keiko Azuma, Hirotaka Tsunoda, Takashi Hirata, Takasuke Ishitani, Yoshikazu Tanaka
National Food Research Institute
Agric. Biol. Chem., Vol. 48, No. 8, pp.2009-2015 (1984)

参考資料1 Reference 1:
IDENTIFICATION OF THE VOLATILES FROM LOW DENSITY POLYETHYLENE FILM IRRADIATED WITH AN ELECTRON BEAM
Keiko Azuma, Takashi Hirata, Hirotaka Tsunoda, Takasuke Ishitani, Yoshikazu Tanaka
National Food Research Institute
Agric. Biol. Chem., Vol. 47, No. 4, pp.855-860 (1983)

キーワード:電子線、ポリエチレン、揮発性物質、におい、カルボン酸、BHT、酸素濃度、照射温度
electoron beam, polyethylene, volatiles, odor, caboxylic acids, BHT, oxygen concentration, irradiation temperature
分類コード:020406, 010401

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