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作成: 1997/12/20 久米 民和

データ番号   :020032
ポジトロン放出核種の植物への利用− N-13 −
目的      :短寿命アイソトープ(13N)の植物への利用と応用
放射線の種別  :ガンマ線,陽電子
放射線源    :サイクロトロン
フルエンス(率):H+, 20MeV, 1μA
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所 TIARA AVF サイクロトロン
応用分野    :植物生理研究、窒素代謝研究、環境汚染ガス除去研究

概要      :
 ポジトロン放出核種である13Nは、半減期10分の短寿命アイソトープであり、生体外から非破壊で計測可能である。これらの特長を生かして、13Nは植物の重要な生理機能である窒素の代謝研究に用いられている。

詳細説明    :
 
 植物は、主として光合成により葉から取り込んだ炭素と、根から吸収した窒素を用いて、タンパク質などの生体成分を合成している。植物の生育に窒素は不可欠であり、植物体内での窒素化合物の動態解明は、生物科学領域における重要な課題である。植物体内の窒素の動態研究には、安定同位体である15Nが主として用いられてきた。しかし、感度が悪いため、長時間の作用を必要とするなどの限界がある。一方、13Nは、半減期10分と短寿命であることによる使用限度があるが、検出感度は15Nの108倍高く、生体外から非破壊で計測できるなどの利点を有している。これらの特長を生かして、13Nを用いた植物の窒素代謝研究などが行われている。
 
 13Nは、1959年にCarangalらがグラファイトを用いてN2からNH4+を製造し、窒素代謝の研究に用いることができることを初めて示した。その後、微生物による脱窒作用及び窒素固定、植物による窒素の吸収・代謝などの研究に用いられている。
 
 Wangらは、コメの根におけるアンモニア態窒素の吸収について、NH4+を用いて調べている。3週齢のコメの培養液中のNH4+濃度を、2、100、1000Mと変えて、根への吸着、細胞壁から細胞質への移行速度と、その分配割合を計測した。図1には、2Mと100M濃度における13NH4+の根における吸収量の時間変化を示した。


図1 Time-course study of 13NH4+ uptake by G2 and G100 roots at steady state(原論文1より引用)

 このように、各部位における吸収量の時間変化を計測し、3段階の移行を明らかにしている。即ち、1)3秒で根表面へ吸着、2)0.5〜1分で細胞壁や空隙へ移行、3)6.9〜8.3分で細胞質へ移行することを明らかにした。さらに、計測結果を総合して、コメの根におけるNH4+の吸収と分画モデルが示された(図2)。


図2 Proposed model for ammonium uptake and compartmentation in rice roots(原論文1より引用)

 細胞壁を透過して細胞質へ移行したNH4+のうち、20%が細胞外へ排出され、20%が液胞に移行する。19%がアミノ酸やタンパク合成に用いられ、そのうち10%が地上部へと送られている。
 
 アンモニア態窒素とともに重要である硝酸態窒素の吸収・移行については、13NO3-を用いた検討が行われている。メロンとトマトの根への硝酸態窒素の吸収・移行に対する塩処理の影響が調べられている。本研究では、水に20MeVのプロトンを照射し、不純物として含まれる18F(半減期110分)及び13NH4+をイオン交換により除去し、13NO2はH2SO4とH2O2処理により13NO3に変換して用いている。KClとCaCl2を用いた塩処理を行うと、濃度に応じて13NO3-の根への吸収が減少すること、KClの方が影響が小さいこと、地上部への移行も減少することなどが明らかとなった。また、塩耐性株と感受性株を用いた比較実験では、塩耐性株が高い硝酸吸収能を有することを明らかにしている。
 
 以上のように、13Nは植物における窒素の吸収・移行や代謝の研究に有効に用いられており、特に短時間での応答計測に威力を発揮している。

コメント    :
 13Nは半減期が10分と短いため、サイクロトロンと近接したところで短時間の計測にしか利用できないなど使用条件が限られるが、安定同位体である15Nに比べ感度が著しく高いなどの利点を有する。これまでのところ、植物の窒素代謝の研究への応用が試みられているが、従来の放射線検出器やシンチレーションカウンターを用いた計測がほとんどで、ポジトロン放出核種である特徴を十分に生かしているとはいえない。今後、ポジトロンイメージング装置などを用いた非破壊・細部計測によってより応用分野が広がるものと考えられる。

原論文1 Data source 1:
Ammonium uptake by rice roots -Fluxes and subcellular distribution of 13NH4+
M. Y. Wang, Y. Siddiqi, T. J. Ruth and A. D. M. Glass
Dept. Botany, Univ. British Colunbia, Vankouver, British Columbia, Canada V6T 124
*Tri-University Meason Faculty, University of British Columbia, Canada V6T 2A3

原論文2 Data source 2:
Reduction and nitrate (13NO3) influx and nitrogen (13N) translocation by tomato and melon varieties after short exposure to calcium and potassium chloride salts
U. Kafkafi, Y. Siddiqi, R. J. Ritchie, A. D. M. Glass and T. J. Ruth
Department of Field, Crops, Faculty of Agriculture, Hebrew University of Jerusalem, Rehovot 76100,Israel
*Dept. Botany, Univ. British Colunbia, Vankouver, British Columbia, Canada
**TRIUMF, The University of British Columbia, Vancouver, B.C. V6T 2B1, Canada
J. Plant Nutrition, 15, 959 (1992)

原論文3 Data source 3:
短寿命ラジオアイソトープの農学・生物学での利用の現状
武長 宏
東京農業大学農芸化学科、156東京都世田谷区桜丘1-1-1
Radioisotopes, 35, 486 (1986)

キーワード:ポジトロン放出核種、13N 、短寿命核種、植物、アンモニア態窒素、硝酸態窒素、転流、代謝
Positron-emitter, 13N, short-life isotope, plant, ammonium, nitrate, translocation, metabolism
分類コード:020304, 020501, 040303

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