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作成: 1997/10/26 久米 民和

データ番号   :020031
ポジトロン放出核種の植物への利用− C-11 −
目的      :短寿命アイソトープ(11C)の植物への利用と応用
放射線の種別  :ガンマ線,陽電子
放射線源    :サイクロトロン
フルエンス(率):H+,20MeV,1μA
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所TIARA AVF サイクロトロン
応用分野    :植物生理研究、炭酸ガス固定研究、

概要      :
 ポジトロン放出核種である11Cは、消滅するときに511keVのγ線を放出する。このγ線は生体外から計測可能であり、植物の光合成や炭酸同化産物の移行・代謝研究に用いられている。11Cは半減期20分の短寿命アイソトープであり、長寿命の14Cと併用することにより、植物の機能解明に有効に利用することができる。

詳細説明    :
 
 ポジトロン放出核種は消滅時に2本のγ線(511keV)を反対方向に放出するので生体外から非破壊で計測可能であり、生体の機能を生きたままの状態で観測するのに有効である。医学分野では、すでにガンの診断や脳の機能解析などに用いられており、多くの成果が得られている。農学や生物学の分野でも、ポジトロン放出核種の特長を生かして、栄養素や微量元素の生体内移行や代謝に関する研究に利用されている。ポジトロン放出核種にはC、N、Oなど生体の主要構成元素が含まれ、これらの半減期は11C(20分)、13N(10分)、15O(2分)と短く、同一個体を用いて繰り返し測定できるなどの利点を有している。しかし、短寿命であるためアイソトープを製造するサイクロトロン施設の近くでしか使用できないなどの制限もある。
 
 11Cは、農業・生物分野では主として植物の光合成と炭酸同化産物の移行・代謝に関する研究に用いられている。1939年にRubenらがB2O3に8MeVの重陽子を照射して10B(d, n)11C反応により11CO2を製造し、ムギ、ヒマワリ、クロレラに供給して光合成による取り込みを調べたのが最初の報告である。しかし、光合成研究を進める上で11Cの半減期20分はあまりにも短すぎるため、長寿命核種の製造が試みられた。Ruben 及び Kamerは、1940年に13C(d,n)14C反応によって14Cの製造に始めて成功し、その後14N(n,p)14Cによる製造法が確立された。この長寿命の14Cは、Calvin-Benson回路の確立などの輝かしい成果の基となった。
 
 一方、11CはCO2ガスにプロトンを照射して12C (p, d) 11C反応を用いる方法、N2ガスに20MeVのプロトンを照射して14N (p,α)11C反応により得る方法などによる11CO2製造法が確立し、短寿命核種の特徴を生かした研究に用いられている。


図1 Gas exchange apparatus for the pulsed and continuous application of radioactive 11CO2 and/or 14CO2 gas in photosynthesis studies with measuring devices for the determination of C assimilation, C translocation, C accumuration, C respiration and the rate of transpiration(原論文1より引用)

  Roeb & Fuhlは、図1に示す装置を用いてコムギやトウモロコシに11CO2を供給して、11C化合物の穂や根への移行を調べている。ベビーサイクロトロンを用いて窒素ガスにプロトンを照射し、得られた11CO2を液体窒素のコールドトラップで捕集する。11CO2を凍結捕集したU字型容器を植物への供給ラインに接続し、葉に被せたキュベットへパイプラインを通じて流す。11C光合成産物の穂、茎、根への移行を、それぞれの位置にセットしたNaI検出器で経時変化を計測するシステムである。このような装置を用いて11C化合物を用いた植物体内移行に関する研究が行われており、光と移行速度の関係、冷却処理の影響、N2ガスの影響、各種代謝阻害剤、SO2の影響、振動の影響、アミノ酸代謝などが調べられている。
 
 植物に対する環境の影響に関する研究について、切り花として用いられているアリストメリア(C3単子葉植物)の光合成と炭酸同化産物の転流について、14C及び11Cを用いた例を示す。ソースとしての葉に光合成を行わせ、上方向(花)への移行及び下方向(根)への移行に対する温度の効果について検討した。葉(ソース)の温度を20℃から35℃に変えると、光合成及び炭酸同化産物の移行が減少する。葉中の炭酸同化産物は、エタノール不溶画分3-10%、水可溶画分88-92%、クロロホルム可溶画分2-8%であり、これらは長寿命の14Cを用いて調べることができた。また25℃以上の温度では、澱粉画分の14Cは減少し、糖画分中の14Cが増加した。温度に関係なく86-94%が14C-スクロースであった。一方、炭酸同化産物の移行計測は11Cで有効に調べることができる。ソースである葉は室温(20℃)に保ち、根を冷却した場合の転流について計測した(図2)。


図2 Typical translocation profiles of 11C movement in the stems of control plants (root zone at 20℃)(A and C) and root-cooled plants (root zone at 10 ℃)(B and D)(原論文2より引用)

 花付きをよくするために、代表的シンクである根の冷却処理が実用的に行われているが、11C化合物の移行に顕著な変化は認められなかった。このデータは、ソースである葉の温度の影響が、シンクの低温による活性低下よりも強いことを示している。このように、11Cは、植物の光合成産物の転流に対する諸因子の影響を調べるのに有効なアイソトープである。

コメント    :
 ポジトロン放出核種は生体外から非破壊で計測可能であり、医学分野ではすでに実用的に用いられている。しかし、単寿命であるため製造施設のある所でしか利用できず、植物分野での利用は限られている。ベビーサイクロトロンなどの装置がもう少し安価で身近なものとなれば、利用分野は拡大するものと思われる。

原論文1 Data source 1:
Use of the short-lived 11C radioisotope in phytophysiological research
G. W. Roeb and F. Fuhr
Institute for Radioagronomy, Julich, Germany
Plant research and development, 32, 55 (1990)

原論文2 Data source 2:
The effect of source or sink temperature on photosynthesis and 14C-partitioining in and export from a source leaf of Alstroemeria
E. D. Leonardos, M. J. Tsujita and B. Grodzinski
Dept. Horticultural Science, Univ. of Gueiph, Guelph, ON, N1G2W1, Canada
Phisiologia Plantarum, 97, 563 (1996)

原論文3 Data source 3:
短寿命ラジオアイソトープの農学・生物学での利用の現状
武長 宏
東京農業大学農芸化学科、156東京都世田谷区桜丘1-1-1
Radioisotopes, 35, 486 (1986)

キーワード:ポジトロン放出核種、11C 、短寿命核種、植物、光合成、同化産物、転流、代謝
Positron-emitter, 11C, short-life isotope, plant, photosynthesis, assimilates, translocation, metabolism
分類コード:020304, 020501, 040303

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