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作成: 1997/10/30 奥 忠武、西尾 俊幸

データ番号   :020026
放射線変性によるタンパク質活性発現
目的      :変性タンパク質の活性発現
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Coガンマ線照射装置
線量(率)   :10-30kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所食品Co棟
照射条件    :室温
応用分野    :食品照射、人工酵素

概要      :
 金属タンパク質の一種であり、本来電子伝達機能をもつシトクロム c の水溶液に10〜30kGyのγ線照射を行い、亜硝酸還元活性の発現をさせることに成功した。使用可能なpHは3〜9と広く、5℃保存で一年間活性の低下は認められず、高い安定性を示した。

詳細説明    :
 
はじめに
 タンパク質や酵素は変性を受けると高次構造が破壊され立体構造が変わるため、その機能は通常低下あるいは失われる。この性質を利用して物理的あるいは化学的手段によりタンパク質や酵素を沈殿化させ、目的物を単離、精製するために用いられている。硫酸アンモニウムなどの中性塩により温和に処理しても活性の低下をきたす場合がある。したがって、逆に、変性によってそれらの機能を上昇させ、化学反応などに用いる研究例や実用例はほとんど見当たらない。
 
 変性法には、化学的手段である酸、アルカリ、有機溶媒、重金属塩、界面活性剤や他の有機変性剤(塩酸グアニジン、尿素など)および物理的手段である放射線、加熱、凍結融解、高圧、超音波、紫外線、撹拌などがある。近年、これらに加えて、物理化学的方法である気体の性質を利用した超臨界二酸化炭素法なども試みられるようになった。
 
 これらの変性法の中でタンパク質や酵素の内部構造に何らかの変化を与える場合には、放射線の中でも透過力の強いγ線が極めて効果的ではないかと考えた。
ここで、γ線を用いた変性により三次構造まで既知の金属タンパク質の亜硝酸還元活性を発現させた例を示す。
 
  
1. ガンマ線照射による金属タンパク質の亜硝酸還元活性の発現
 
 金属をもつタンパク質や酵素は生理機能を持つものが多く、古くから研究されてきた。これらの中から、鉄タンパク質であるヘモグロビン(Hb) 、ミオグロビン(Mb) 、シトクロム(Cyt) c の3種(略図は図1)を対象とし、


図1 Brief structure of hemoproteins.

 その水溶液にコバルト60のγ線を室温で30kGyまで照射し、亜硝酸還元活性を検討したところ、その発現が図2の通り明確に確認された1)。


図2 NO2- reducing activity when NO2- was reacted with 10kGy gammma-irradiated hemoproteins in the presence of sodium dithionite and methyl viologen at pH4. ●:cytochrome c, □:hemoglobin, ▲:myoglobin.(原論文1より引用)

 亜硝酸還元能の発現を期待した理由は、第一に、NOx 中で最大の元凶である二酸化窒素が水に溶け容易に亜硝酸を生成するので、これを処理する分子の作出ができればと考えたからである。第二に、亜硝酸還元酵素はヘム核をもたず、亜硝酸をアンモニアにまで還元する銅酵素で、電子がプールされているヘム核と鉄をもつ前記3種の金属タンパク質を放射線によって変性させると、同様の機能がもたらせるのではないかと予測したからである。
 
 検討の結果、Cyt c は60分後で亜硝酸の残存は無く、HbやMbでは活性は示すもののややゆるやかで180分後においても数%は残存していた。最終生成物はアンモニアでその生成量は3種タンパクとも亜硝酸の減少に比例した値であり、Cyt c が最も高かった。この反応は、亜硝酸(NO2-)が還元剤で還元されて一酸化窒素(NO)となり、次にγ線により変性したCyt c の鉄原子(2価)にNOのNが結合し、電子供与体から電子がCyt c に与えられるとNOがNH3に変換されるというものである。鉄-ニトロシル(NO)結合は可視部の分光分析やESRで確認できる。NO2-→NO→NH3の系は亜硝酸還元酵素と同一の6電子8水素反応である。Cyt c がHbやMbより還元活性が秀れている主原因は、鉄の第6配位子の違いにより生ずる結合の強弱に起因するものと推定している。Cyt c の鉄のそれはMetのSであり、他の2つのタンパク質のそれはHisのNである。
 
 変性Cyt c の還元反応の使用可能なpH範囲は3から9と酵素より広く、安定性試験の結果5℃で1年間は活性が変わらぬ特性を示した。
 
 
2. 固定化γ線照射金属タンパク質による亜硝酸の還元活性
 
 10kGyのコバルト60-γ線照射Cyt c を用いポリアクリルアミドゲル中に包括法で固定化した場合のNO2-還元活性を溶液の場合と同じように測定したところ、図3の通り3種とも溶液状態より減少したが、順位は変わらず、Cyt c が最も高い活性を示した。また、15%ゲル中では数回のくり返し使用実験においても活性の低下はわずかであった。


図3 Nitrite reducing activity of 10kGy gamma-irradiated cytochrome c entrapped into 15% polyacrylamide gel. □:immobilized,pH3, ■:immobilized,pH10, ◯:solution,pH3.(原論文2より引用)



コメント    :
 コバルト60-γ線照射によりシトクロム c を変性させ、亜硝酸還元活性を発現させたという希少価値のあるデータと考えらる。即ち、変性が活性の上昇を生むという科学の常識とは全く逆の意外な数少ない結果の提示である。

原論文1 Data source 1:
ガンマ線照射ヘムタンパク質による窒素酸化物の還元(第I報) 照射ヘムタンパク質の二酸化窒素還元活性
奥 忠武、近藤 光隆、佐藤 仁、市川 嘉信、西尾 俊幸、伊藤 定一郎
日本大学農獣医学部
食品照射 第29巻 第1,2号 p11-15 (1994)

原論文2 Data source 2:
ガンマ線照射ヘムタンパク質による窒素酸化物の還元(第II報)固定化による二酸化窒素の還元
奥 忠武、佐藤 仁、市川 嘉信、金子 純子、後藤 充宏、西尾 俊幸、伊藤 定一郎、久米 民和*
日本大学農獣医学部、*日本原子力研究所高崎研究所
食品照射 第29巻 第1,2号 p16-20 (1994)

キーワード:.放射線変性タンパク質,  ガンマ線照射タンパク質, ガンマ線照射金属タンパク質、ガンマ線照射ヘムタンパク, 変性タンパク,亜硝酸還元活性,  一酸化窒素捕捉
radiation denaturation protein, gamma-irradiated protein, gamma-irradiated metalloprotein, gamma-irradiated hemoprotein, denatured hemoprotein, nitrite-reducing activity, nitric oxide trapping
分類コード:020304, 020302, 020403, 020102

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