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作成: 1996/09/11 長谷川 博

データ番号   :020022
非対称体細胞雑種における染色体の消失-ガンマ線照射線量と培養期間の効果
目的      :ガンマ線利用による植物の非対称細胞融合
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :137Cs
線量(率)   :50〜500Gy, 3.7Gy/min
照射条件    :室温、細胞培養器
応用分野    :植物基礎科学、植物遺伝子工学、育種

概要      :
 ガンマ線照射したNicotiana plumbaginifoliaのプロトプラストをNicotiana tabacumのプロトプラストと融合させ、融合細胞におけるドナー植物の染色体の挙動をドットブロットハイブリダイゼーション法とマーカー遺伝子の発現の2方法により調べた。ドナー植物の染色体は照射線量の増加とともに、また融合細胞の培養期間の長さとともに減少程度が大きくなった。得られた結果よりガンマ線線量と染色体消失の定量的なモデルを作成した。

詳細説明    :
 
 植物の細胞融合においては遺伝子のドナーとなる植物の細胞を融合前に放射線を照射しておけば、融合細胞においてドナー植物の染色体が消失し、目的とする遺伝子が効率よくホスト植物に導入される事実が知られている。しかしながら、ドナー植物に対する放射線の効果、融合細胞における染色体・遺伝子の挙動については多くの未知の点が残されている。
 
 本実験ではタバコの野生種の一種Nicotiana plumbaginifoliaと栽培タバコNicotiana tabacumを用いて、N.plumbaginifoliaのプロトプラストに対するガンマ線の照射線量と融合後の培養期間が融合細胞の染色体の挙動に与える効果について検討したものである。N.plumbaginifoliaのプロトプラストにガンマ線を5〜50kGy(50〜500Gy)照射した後、N.tabacumのプロトプラストと融合させた。カルス細胞における染色体調査が困難なことから、ドットブロットハイブリダイゼーション法によるDNAの相同性の調査と融合植物におけるマーカー遺伝子(N.plumbaginifoliaにはカナマイシン抵抗性とGUS遺伝子、N.tabacumにはイオウ代謝突然変異遺伝子su)の発現から染色体の挙動の評価を試みた。
 
 ドットブロットハイブリダイゼーションの結果、N.plumbaginifoliaのDNAと相同性を示す融合細胞のDNAは線量の増加とともに減少し、融合6ヶ月後のカルスにおいて5krad照射区では70%、50krad照射区では40%であった。一方、0krad区(対照区)における融合細胞のDNA量は非融合細胞の量より約40%高かった。融合後6、12ヶ月後のカルスにおけるN.plumbaginifolia由来のDNA量は培養期間が長くなれば減少したが、5krad照射区ではその差は統計的に有意でなかった。各照射区ともDNAの減少に関してカルス間で大きな差異があった。N.plumbaginifoliaはN.tabacumのマーカー(sulfur突然変異、イオウ代謝系の突然変異でS条件で葉・カルスが黄化する)遺伝子の作用を補うことができる。融合カルスにおける葉色を指標としてドナーのSu遺伝子が導入されたかどうか判断できる。融合細胞由来のカルスのうちグリーンカルスの出現率はガンマ線線量の増加とともに減少し、50krad照射区では約50%になった。以上の結果を基にして、照射線量と融合細胞におけるN.plumbaginifoliaの染色体数(融合後6ヶ月)の関係を定量化することができ、その結果は図1に示した通りである。


図1 Theoretical distributions of the number of N.plumbaginifolia chromosomes retained in individual hybrid calli as a result of the irradiation of the N.plumbaginifolia protoplasts prior to fusion. These distributions were calculated from the Su-complementation-assay data in Fig.4, as described in Table 2. (原論文1より引用。 Reproduced from Theoretical and Applied Genetics Vol. 88, p965-972 (1994), Fig.5(p.971), H.Trick, A.Zelcer, G.W.Bates, Chromosome elimination in asymmetric somatic hybrids: effect of gamma dose and time in culture; Copyright(1994), with permission from Springer-Verlag and authors.)

 すなわち、線量の増加に伴い染色体数の平均値は減少するが、同一線量区内における染色体数の変異が大きい。染色体数の変異は各照射区とも約10個の幅である。本法を実用化するためには1あるいは2個の染色体だけをドナー植物から得るだけで十分であり、そのためには融合細胞での染色体数の変異を小さくする必要がある。ガンマ線照射と染色体不安定化物質との組み合わせ処理はそのための有力な手段と考えられる。
 
 本研究のように融合細胞における染色体の挙動とガンマ線線量の関係について量的な考察を行っている論文は多くない。Melzer and O'Connell(1992、参考資料1)はLycopersicon esculentumとL.pennelliiの非対称細胞融合においてドナー植物の細胞に5〜100kradのガンマ線を照射し、RFLPマーカー遺伝子を指標としてドナー植物の染色体の挙動を調査したが、染色体の数と照射線量の間には明確な関係が認められなかったと報告している。それより以前においても融合植物とドナー植物への照射線量の間には関係がないとする報告があるが、多くの場合実験規模が小さいこと、照射線量の設定が適切でないため、両者の関係を定量化できるだけのデータはないと思われる。

コメント    :
 植物の細胞融合を用いた遺伝子導入法においては、遺伝子ドナーとなる植物のプロトプラストに致死線量のガンマ線(またはX線)を照射した後に融合操作を行うと、効率よく融合植物が得られることが知られている。しかしながら、照射線量と融合植物にみられる障害や遺伝子の挙動との関係については一定の見解は得られておらず、本技術を一般化する際の未解決の問題点となっている。
 
 本論文ではタバコ属植物における融合植物にみられるドナー植物の染色体が消失する過程を定量的に評価したものであり、このような研究が他の植物においてもなされなければならない。現在では遺伝子の直接導入法の研究・開発が盛んであるが、クローニングまで至っていない遺伝子の導入には細胞融合法の有効性は変わらない。本論文は融合細胞における染色体・遺伝子の挙動という基礎研究だけでなく、育種への応用という面からも有力な情報である。

原論文1 Data source 1:
Chromosome elimination in asymmetric somatic hybrids: effect of gamma dose and time in culture
H.Trick, A.Zelcer*, G.W.Bates
Department of Biological Science, Florida State University, Tallahassee, FL 32306, U.S.A., *Division of Genetics and Plant Breeding, Institute of Field and Garden Crops, Volcani Center, Agricultural Research Organization, Bet-Dagan 50250, Israel
Theoretical and Applied Genetics Vol. 88, p965 (1994)

参考資料1 Reference 1:
Effect of radiation dose on the production of and the extent of asymmetry in tomato asymmetric somatic hybrids.
Melzer,J.M. and O'Connell
Department of Agronomy and Horiculture, New Mexico State University, U.S.A.
Theoretical and Applied Genetics 83, p337 (1992)

キーワード:プロトプラスト融合、ガンマ線照射、非対称細胞雑種、染色体消失、タバコ属、細胞融合
Protoplast fusion, Gamma Irradiation, Asymmetric somatic hybrids, Chromosome elimination, Nicotiana, cell fusion
分類コード:020501, 020101

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