放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1996/10/14 天野 悦夫

データ番号   :020021
農作物の突然変異育種
目的      :誘発突然変異体の作物育種への応用
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,中性子
放射線源    :深部治療用X線装置(200kV,20mA,1mmAl)、ガンマ線照射装置(Co-60:500-3000Ci)(Cs-137:50-6000Ci) 、中性子照射設備(実験・研究用原子炉の熱中性子設備など)
線量(率)   : 5Gy以下(ニンニク等高感受性植物)、10Gy程度(挿し穂などの生鮮組織等)、200Gy程度(稲、麦等の種子)、700Gy程度(ナタネ、ゴマ等)
利用施設名   :農林水産省農業生物資源研究所放射線育種場(ガンマ線照射依頼可能)、京都大学原子炉実験所(熱中性子)
照射条件    :植物の種別、生育状態により異なる。種子、挿し木苗・穂、球根等、培養組織など。
応用分野    :品種の改良、育種素材の開発、学術研究用材料の開発

概要      :
 人工的に誘発される突然変異は殆ど全てが遺伝子の不活性化によるものである。従って正常な遺伝子に対して、突然変異遺伝子は劣性に遺伝する。突然変異の起こる確率は、ガンマ線などで遺伝子あたり0.1%以下と決して高くはないが、変異遺伝子そのものは安定で、再現性も高い。劣性遺伝する形質を与えることによって、耐倒伏性の水稲のレイメイや、黒斑病抵抗性のナシのゴールド二十世紀などが育成された。

詳細説明    :
 
 放射線を生物に照射すると、生理的なあるいは遺伝的な障害が起こる。時にはそれが刺激となって、生理活性を高めることも報告されている。しかし農業利用において最も重要な現象は、遺伝子に起こる変化、突然変異であろう。生命の維持に大切な酵素類も放射線によって障害を受けるが、それらでは本来多数の分子が存在し、障害を受けたその分子の破壊のみの一過性で終わってしまう。
 
 これに対して、細胞の核の中に通常一対しかない遺伝子が傷つくと、それは遺伝子の複製、細胞分裂と拡大増幅されて個体の変異にまで達する。一般には突然変異は極めて安定であり、良い変異形質を選べば優れた品種へと育成することが可能である。
 
 突然変異は化学変異剤として知られる化学薬品でも誘発できるが、処理の簡便さから、また原子力平和利用の一つのシンボル的分野の推進として、突然変異育種が国際原子力機関(IAEA)でも進められている。IAEAの出版物によれば、現在までに世界で発表されてきた突然変異法による作物の品種は、突然変異体の交配利用を含めて、1700品種に達している(表1)。中でも主要農作物の稲、麦類が断然多い。
突然変異体の誘発と検出は、その作物の増殖様式などによって大きく異なる。増殖様式の違いと、望ましい方法の概略を次に述べる。
 
 
1、自家受粉植物 
 
 これは稲、麦類、豆類など、同じ花の中に雄しべと雌しべを持ち、放任しておいても自家受粉するものである。これらでは基本的なメンデルの法則によって、3正常:1変異体の分離比で突然変異体が検出できる。父方、母方由来の計1対の遺伝子が共に同じ時(劣性または優性で)にホモ接合型という。優性と劣性の組み合わせの時はヘテロ接合型という。
 
 
2、自家和合型他殖性植物
 
 トウモロコシや、キュウリ、スイカなどのウリ類では、雄花と雌花が別々にできるので、通常は放任すれば、他の花の花粉を受けて結実することから、農学的には他殖性の植物として扱われる。しかし、十分管理して人工交配すれば、自家受精可能なので、放射線照射の方法によるキメラ・モザイクの分布を考慮して自家受粉の交配計画を立てれば、劣性突然変異体をホモ系統として取ることができる。例えば、花粉に照射してから受粉させれば、できた種子は一粒ごとに違った突然変異を持つことになるが、一粒の中では全部の細胞が均質になっているので、その個体内ではどの花を取って受粉させても良いことになる。
 
 
3、完全他殖性植物 
 
 生理的、遺伝的に自家受精を全くしない植物では突然変異遺伝子の誘発は出来ても、劣性ホモの突然変異個体として手に入れるためには、もう一世代を経て、兄妹交配をするなど、十分な計画を立てる必要がある。
 
 
4、多年生作物
  
 種子繁殖であったとしても、生殖年齢に達するのに長年かかるものは、栄養繁殖性として扱われることが多いので、次の項目に譲る。
 
 
5、栄養繁殖性植物
  
 菊、ダリア、球根花卉類、果樹、庭木など、挿し木、接ぎ木、球・塊根等によって、つまり有性生殖によらずに繁殖されるものでは。メンデルの法則による3:1の分離での突然変異体の選抜は全く期待できない。しかし幸いにもこのような植物では、本来ヘテロ的な遺伝子構成を持っていることが多いので、放射線を当てたその世代で、枝変わりとして、突然変異組織を期待することができる。実際に園芸品種の育成や花類の輸出の盛んなオランダでは、品種の育成がほぼできあがると、それを放射線で照射し、どのような変異体が得られるかをあらかじめ試験して、良いものはすぐに登録しておくなど、防衛的突然変異育種が行われているという。
 
 しだ類のような隠花植物や、キノコ類、その他有用微生物類についても、その生殖・増殖様式や遺伝様式を理解して突然変異育種を進めれば、白色のエノキタケなど、色々な有用品種を生み出すことができる。
細胞核の中に一対以上の遺伝子を持つ倍数性植物では、二対目、三対目の遺伝子の状況によって様子が違ってくるが、六倍体のパンコムギや四倍体のマカロニコムギでも多くの突然変異法による品種が発表されている。農業的には完全な栄養繁殖性のサツマイモでさえ、体細胞突然変異斑が生じている事実から、これらの植物でも突然変異育種は、容易ではないとしても不可能でもないと思われる。
 
 バイオテクノロジーとの関係では、遺伝子の改変という意味で突然変異育種もバイオテクノロジークのひとつであるが、やや古い技術に属する。細胞や組織の培養の過程で突然変異体の様な変わり物が出ることがあるが、その遺伝については不明な点が多く、レトロトランスポゾンによる説明も試みられている。培養では最近はむしろ変わり物を出さない方法へと向かいつつある。直接に分子遺伝学的な方法で遺伝子を抽出し、形質転換によって他の植物に取り込ませるDNA組み換え法は、十分な基礎研究と安全の確認が不可欠とされるが、生物種を越えて遺伝子を導入できるために大いに期待される技術である。しかし、対象となるのは1)優性遺伝する代謝的に活性のある遺伝子や、2)多くの同様の遺伝子が存在する場合(コピー数が多い場合)などであろう。単一劣性遺伝子を望む場合は突然変異法がはるかに容易である。目的とする形質の遺伝様式に応じて方法を選択すべきである。

表1 突然変異育種の成果としてIAEA刊行の「突然変異育種通信」(MBNL)42号(1996年6月)までに公表された農作物の品種を国、作物群、使用変異原ごとに集計してある。(原論文2より引用)
-----------------------------------------------------------------------
国名     穀類     豆類他  花き類  果樹他      変異原
     ------------                             --------------------
           稲      他                         X-G    N他   薬品
-----------------------------------------------------------------------
中国    116     114      43        7       25     207    34      3
インド    31      22      36       97       51     163    12     23
旧ソ連    6      87      43       25       47      57     5     85
オランダ   0       1       0      175        2     172     7      3
ドイツ      0     49       4       81        7      88     1      5
日本     46      11       7       22       23      59     2      4
米国     18      22       7       28       10      37    13      3
フランス    5      16       0       14        7      24     0      4
旧チェコ   0      30       3        1        0       5     0      2
イタリー   1      15       8        0       10      15     5      6
------------------------------------------------------------------------
X-G:X線またはγ線  N他:中性子その他


コメント    :
 突然変異による育種法は、劣性遺伝する形質による既存の品種の一点改良を望む時は安価かつ容易な方法であり、作物育種の基本的技術の一つとして定着すべきものである。優性遺伝する形質の導入に適したDNA組み換えによる分子育種法とは競合するものではない。原理の違いを理解し、目的による選択をすべきである。

原論文1 Data source 1:
放射線による作物の品種改良の世界的動向
天野 悦夫
福井県立大学
放射線と産業 67 (1995) 4-10

原論文2 Data source 2:
海外における放射線育種 ー現状と将来展望ー
天野 悦夫
福井県立大学
エネルギーレビュー 16巻10号 (1996) 18-21

参考資料1 Reference 1:
エノキタケの放射線育種法と純白系突然変異品種の開発
永冨 成紀
農業生物資源研究所・放射線育種場
放射線育種場テクニカルニュース No.50 ISSN 0285-1962

キーワード:放射線、化学変異原、作物、自殖性、他殖性、栄養繁殖、組織培養、バイオテクノロジー、突然変異、イネ、ナシ、花木類、モチ米
radiation, chemical mutagen, crops, self-pollinated, out-crossing, vegetatively propagated, in vitro culture, bio-technology, mutation, rice, pea, flowers, waxy rice
分類コード:020101

放射線利用技術データベースのメインページへ