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作成: 1996/08/20 小山 重郎   

データ番号   :020017
不妊虫放飼法による広域的害虫防除法
目的      :放射線によって不妊化した害虫を用いた広域的害虫防除
放射線の種別  :ガンマ線
照射条件    :      
応用分野    :害虫防除

概要      :
 従来の農家による畑ごとの化学殺虫剤による害虫防除法は、人畜や環境などへの被害など多くの問題を含んでいるが、不妊虫放飼法は対象害虫にのみ効果があり、人畜・環境等への害がない。しかし畑ごとの適用では効果があがらず、これを広域的に適用することにより化学殺虫剤の問題を回避し、より高い効果をあげる可能性がある。これは現在化学殺虫剤の使用が問題となっている熱帯地方でとくに重要である。

詳細説明    :
 
 これまでの害虫防除は、農家の畑ごとに主として化学殺虫剤を散布する方法が用いられてきた。化学殺虫剤は先進国で開発され、害虫防除に威力を発揮してきた反面、人畜への被害や環境汚染をひきおこし、自然界で害虫を防除している有益な昆虫を殺し、また殺虫剤に抵抗性のある害虫の発達をうながすなど多くの問題を生じさせた。しかし、熱帯地方の開発途上国では殺虫剤の使用が増えており、先進国と同じ道を歩もうとしている。
 
 一方、化学殺虫剤にかわる方法として、生物学的な方法も取り上げられつつある。なかでも不妊虫放飼法は、アメリカで家畜害虫であるラセンウジバエの根絶防除のために開発され、アメリカとメキシコでのこの害虫の根絶に大きな成果をあげた。その後この方法は、チチュウカイミバエ、メキシコミバエ、ウリミバエ、タマネギバエ、ツエツエバエ、ワタアカミムシなどの害虫でも根絶に成功した。我が国でも、沖縄県全域と鹿児島県の奄美群島に侵入した野菜や果実の害虫であるウリミバエと、東京都小笠原諸島に侵入した果実の害虫ミカンコミバエの根絶に不妊虫放飼法が適用されて成功している。
 
 不妊虫放飼法は対象害虫を人工的に大量増殖し、これに放射線を照射して不妊化したのち野外に放す方法である。野生虫を上回る数の不妊虫を放すと、これと交尾した野生虫の産む卵が育たず子孫がしだいに減って、ついには絶滅に至る。不妊虫放飼法の特徴は、対象の害虫のみに効果があり、化学殺虫剤のように人畜や有益な昆虫に害をあたえず、環境汚染の怖れもないことである。また化学殺虫剤はどんなに多量に散布しても害虫のある割合のものを殺すだけで、その根絶は難しいのに対し、不妊虫放飼法では害虫の数がすくないほど効果が高まるため、不妊虫を放しつづけるとある地域の害虫を根絶することができる。
 
 しかし化学殺虫剤のように、農家が狭い畑ごとに不妊虫を放飼しても効果をあげることはできない。それは周りから絶えず野生虫が入ってくることと、不妊虫が畑から外に出ていってしまうからである。従って、まわりから隔離された広い地域に不妊虫が放飼されたときにのみ効果をあげ根絶も可能となる。我が国におけるウリミバエやミカンコミバエの根絶も、島という隔離された地域であったため成功したものである。このように広域的に適用しないと効果があがらないことは、昆虫の交尾行動を利用した性フェロモンや、寄生虫、捕食虫、微生物などの天敵を用いた生物学的防除法の一般的特徴である。
 
 熱帯地方において現在すすめられつつある畑ごとの化学殺虫剤による害虫防除では、人畜や環境への害にくわえて、もしある農家が防除をおこたると、これが発生源となってまわりの畑に害虫が広がり防除の効果があがらないという問題がある。従って、不妊虫放飼法のような生物学的防除法によって広域的に協同した防除をおこなうことがより効果的である。また不妊虫放飼法は害虫の数が少ないほど効果があがるため、作物の栽培シーズンの初期のまだ害虫が少ないうちに、予防的に適用するのが効果的であり、必ずしも根絶を目的とせず被害の軽減のために用いる可能性もある。不妊虫放飼法は対象害虫を人工的に増殖し、放射線で不妊化するための施設や費用がかかるが、個々の農家が畑ごとに化学殺虫剤を散布するよりは、協同防除のほうが費用がかからず効果も高い。
 
 熱帯地方では、かつて「緑の革命」と呼ばれる作物生産の増大が、新しい作物品種と肥料、農薬、機械の導入によって成し遂げられたが、これがかえって病害虫の多発をまねいてきた。これからは農家の畑ごとの化学殺虫剤による防除から、不妊虫放飼法のような生物学的方法による協同化された広域的害虫防除に転換することによって、生産と品質の向上をはかり、食料の自給に加えて、農産物の先進国への輸出による収益の増大をはかることが望まれる。

コメント    :
 放射線を利用した不妊虫放飼法は害虫の根絶防除法として開発され、その効果は我が国でも実証されているが、これが熱帯地方において問題となっている、農家の畑ごとの化学殺虫剤防除にかわる広域的協同防除の手段となりうるという指摘は貴重である。また不妊虫放飼法など生物学的防除法の広域的協同防除の重要性は、我が国でももっと強調されるべきである。

原論文1 Data source 1:
害虫を自滅させる防除法-不妊虫放飼法の歩み
小山 重郎
元農林水産省蚕糸・昆虫農業技術研究所
化学と生物Vol.31,No.2.p137-139(1993)        

原論文2 Data source 2:
The Sterile Insect Technique and Area-Wide Insect Control or Eradication in the Tropics
Lindquist D.A.
Joint FAO/IAEA Division, Vienna, Austria
Presented at the International Meeting " Towards a Second Green Revolution:
from Chemical to New Biological Technologies in Agriculture in the Tropics " (Rome, 8-10 September 1986) 407-414

キーワード:不妊虫放飼法、広域的害虫防除、根絶、ラセンウジバエ、チチュウカイミバエ、ウリミバエ、ミカンコミバエ    
sterile insect technique, area-wide insect pest control, eradication, screw worm, Mediterranean fruit fly, melon fly, oriental fruit fly
分類コード:020201,040204

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