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作成: 1997/01/16 荒巻 功

データ番号   :020016
放射線照射による酒類の新製品及び新技術の開発
目的      :酒類の新技術と新製品の開発
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co
線量(率)   :0.1-10kGy
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所
照射条件    :空気中、室温
応用分野    :醸造、バイオテクノロジー

概要      :
 酒類の新製品を開発するため、原料や製品もしくは麹菌へのγ線照射を行った。清酒製造用原料米に照射するとアミノ酸がやや少ない淡麗タイプの酒となるが、過度の照射は着色度の増加や原料利用率の低下を招く。ブドウに照射すると産膜の形成が抑制され、発酵もおう盛で、赤ワインでは色素の抽出が増加するが、ワインへの照射は品質を劣化させた。また、麹菌への照射により親株とは酵素バランスが異なる変異種を得ることができた。

詳細説明    :
 
1.原料米への照射とこれにより製造された清酒の品質
 
 清酒製造用の原料米にγ線を照射して醸造適性の変化と製造された清酒の品質について検討した。過度の照射は玄米に着色を生じた。精米時間及び無効精米歩合は変わらないものの砕米率が増加するため照射米は穏やかな条件で精米することが必要である。吸水性は照射により減少し硬い蒸米となると推察された。消化性では、消化後の液量に差は認められないが、ブリックス度及びアミノ酸度が低下し消化性の低下が認められた。
 
 次に、照射米を用いて総米200gの小仕込試験を行った。照射米の仕込み後の醪の炭酸ガス減少経過は未照射米と同様であり、順調な発酵経過を示した。しかし、5kGy、10kGyでは最終的に炭酸ガス重量として2〜3%少なかった。製成酒の成分を表1に示す。

表1 製成酒の成分等(原論文1より引用)
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   項目              線量(Krad)
                    0        50       100       500      1,000
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アルコール分(%)   18.14    18.17     18.45     18.04     18.02
日本酒度         0.0     +2.3      +2.5      +3.5      +4.3
酸度           2.53     2.53      2.50      2.53      2.58
アミノ酸度        1.98     1.94      1.92      1.87      1.87
pH           4.39     4.40      4.43      4.35      4.33
着色度          0.023    0.028     0.030     0.052    0.073
紫外部吸収       11.61    11.11     11.05     11.38     12.16
グルコース (%)    1.22     1.09      1.13      0.99      0.88
全糖    (%)    4.15     3.54      3.64      3.24      3.08
鉄分    (mg/l) 0.039    0.032     0.028     0.026     0.029
総合品質         2.7     2.4       2.5       2.7       2.8
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 表に示したように、アルコール分、酸度、pH、紫外部吸収は差がなっかった。日本酒度は照射米がプラス側に傾いており、グルコース、全糖量も減少していた。着色度は照射により増加するが、玄米の着色増加が清酒に移行したためと考えられた。アミノ酸度はやや減少し、メチオニン、リジンの減少割合が大きかった。総合品質では有意差はなかったが糖分、アミノ酸が少ないため淡麗タイプと評価された。したがって、原料米の照射により淡麗タイプの酒が製造されると考えられるが、過度の照射は原料利用率を低下させ、着色度を増加させることとなる。
 
 
2.ワイン醸造への利用
 
 ワイン業界においては、ワインの貯蔵・出荷中における産膜酵母の増殖や再発酵による品質劣化が問題となる。このためワイン及び原料ブドウ果実にγ線を照射し、その影響を検討した。照射したワインに産膜酵母を接種したところ、菌の増殖や産膜形成が抑制された。産膜の形成は照射量の増加とともに遅滞し、0.1MR(1kGy相当)では産膜を形成しなかった。しかし、照射線量に比例して白ワインの着色が増加し、容器の上部空間を窒素で置換しても赤ワインで0.05MR(0.5kGy相当)、白ワインで0.03MR(0.3kGy相当)以上の照射で明らかに劣化した。
 
 ブドウ果実に0.1kGy照射した場合は、果実の外観や香味等に全く影響がなく、照射により果汁の色が濃くなり、果実に付着した野生酵母の数も減少した。照射したブドウを仕込みに使用すると発酵が活発であり、糖の消費やアルコールの生成が早く安全に製造できた。製成酒の成分を表2に示す。

表2 原生成ワイン成分(原論文2より引用)
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                      甲州              CS               MBA
               ----------------  ---------------  ----------------
                 照射    対照      照射   対照       照射    対照
------------------------------------------------------------------------
  Alc(%)        13.7     13.6     13.8    13.6      12.9     13.0
  Ex(%)          2.80     2.91     2.95    2.89      2.58     2.85
  R.Su(%)        0.63     0.94     0.37     0.41     0.35     0.39
  A.Acid         0.61     0.71     0.50     0.45     0.23     0.45
  OD420          0.064    0.055    0.550    0.438    0.470    0.482
  OD530(X5)      -        -        1.108    0.863    1.107    1.106
  L             99.5     99.6     17.1     22.1     19.8     18.6
  a*            -0.6     -0.6    +62.3    +66.1    +64.9    +63.9
  b*            +3.2     +2.9    +28.8    +35.1    +32.6    +30.8
------------------------------------------------------------------------
 製成酒は対照とも差がなく良好で、赤ワインでは赤色を濃くする効果があった。官能審査でも対照と比較して新酒特有の荒さがなく、ボディを感じさせる良好な製品であった。
 
 
3.放射線照射で得られた突然変異麹菌の醸造適性
 
 麹菌へのγ線照射によって得られた3つの突然変異株の製麹特性及び醸造適性について親株と比較検討した。各種変異株で製造した麹の酵素力価を表3に示す。

表3 各種変異株による麹の酵素力価等(原論文3より引用)
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         酵素等  AAase   GAase   APase   ACPase   DF  蛋白質量  褐変性
麹菌       (U/g・麹)(U/g・麹)(U/g・麹)(U/g・麹) (ppm) (mg/g・麹)
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RIB 40  (親株)  1,560    240    2,880   4,220    640    1.1      ++
RIB 40-1(変異株) 1,980    370    4,250   6,390    770    2.1      ++
RIB 642 (親株)  2,160    450    2,990   9,860    470    1.8      ++
RIB 642-1(変異株) 1,440    450    2,170   5,110    480    1.1      ++
FN 16    (親株)  1,190    330    2,720   6,100     60    0.9      ±
FN 16-1  (変異株)   930   120    1,100   4,450     45    0.6      ±
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全国酒造場 最大 1,892    318    3,921  15,709    
113 麹の  最小    666    120    1,325   3,758
酵素力価  平均 1,270    223   2,285   7,750
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 RIB 40から得られたRIB 40-1(ベノミル耐性株)の酵素力価は、親株よりもすべて高く、かつ、ACPaseを除き全国の最大値よりも高く酵素由来の蛋白質量も約2倍となった。RIB 642はGaAse活性が極めて高い麹菌で、これから得られた変異株RIB 642-1は、GAase力価は変わらずにAAase及びACPase活性が約半分に低下した。吟醸酒の主要香気成分である酢酸イソアミルの合成酵素の活性がグルコース存在下で安定であることなどから、この株は今後の利用性が高い。ディフェリフェリクリシン(DF)生産能が低いFN 16株から得られた変異株FN 16-1(アルギニン要求株)は、酵素生産が低く生育が遅かった。
これらの株を用いて清酒の小仕込試験を行ったところ、FN 16-1を除き対照と比べ発酵速度が大きく、製成酒の成分からも十分実用に耐えうる株と推察された。

コメント    :
 新製品の開発や殺菌を目的に、原料もしくは製品への照射試験が過去から行われているが、まだ実用化にはいたっていない。殺菌だけならば清酒醸造においては長い伝統の中で確立された厳格な工程管理が行われており、開放発酵でありながら微生物汚染はほとんどない。また、単に淡麗タイプの製品であれば、原料の選択と工程管理により可能である。
 
 しかし、ワイン醸造では産膜酵母や野生酵母の汚染に常にさらされており放射線処理が有効ではないかと考えられる。しかも日本産の赤ワインは色が薄いことがよく問題となるが、照射は一つの解決法である。醸造酒への直接の照射は、あまり芳しい結果を得ていないが、今後蒸留酒などへの応用も考えられる。また、麹は清酒の製造工程では最も重要とされる工程であり、麹により酒のタイプが決定してしまう。これまでの麹菌とは性質の異なる変異種を得ることにより新しいタイプの製品が得られる可能性を示した。

原論文1 Data source 1:
原料等への照射による酒類の新製品及び新技術開発に関する研究-放射線照射米の醸造特性
岡崎 直人、木崎 康造、荒巻 功
国税庁醸造研究所、〒739 広島県東広島市鏡山3-7-1
平成5年度国立機関原子力試験研究成果報告書 26-1

原論文2 Data source 2:
放射線利用による醸造バイオテクノロジーの新技術及び新製品開発に関する研究-γ線のワイン醸造への利用
戸塚 昭、高橋 利郎、山本 奈美
国税庁醸造研究所、〒739 広島県東広島市鏡山3-7-1
平成元年度国立機関原子力試験研究成果報告書 Vol.30 (1991) 38-1

原論文3 Data source 3:
放射線利用による醸造のためのバイオテクノロジーに関する研究-放射線照射で得られた突然変異麹菌の醸造適性
高橋 康次郎、飯村 穣、五味 勝也
国税庁醸造研究所、〒739 広島県東広島市鏡山3-7-1
昭和63年度国立機関原子力試験研究成果報告書 Vol.29 (1989) 37-1

キーワード:酒造用原料米、酒、麹、ブドウ、ワイン、
brewingrice, sake, Aspergillus oryzae, grape, wine,
分類コード:020301,020102,020503

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