放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 1966/11/30 松橋 信平

データ番号   :020012
放射線照射したキトサンの抗菌活性と物理化学的特性
目的      :キトサンの放射線照射による改質とその応用
放射線の種別  :ガンマ線,電子
放射線源    :60Coまたは電子加速器
線量(率)   :0.4-600kGy(γ線),50〜2500kGy(電子線)
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所1号加速器、ほか
照射条件    :固体(空気中、室温);水溶液(窒素、酸素通気)
応用分野    :環境保全、バイオマス、機能性材料

概要      :
 キトサンの抗菌活性は、照射により著しく増加し、粉末状態のキトサンに対し100kGy照射したときに、大腸菌に対して最も高い抗菌活性が得られた。キトサンの高い抗菌活性を得るためには、表面電荷が十分残っていて、10〜30万程度の分子量になっている必要がある。キトサンの照射による物理化学的な変化は、主鎖切断による分子量の著しい低下と、表面電化の緩やかな減少で、これらの変化は、FT-IRを用いた分析結果に一致している。

詳細説明    :
 
 キチン・キトサンは、最後のバイオマスといわれ、エビ、カニなど甲殻類や、昆虫、微生物の細胞壁などに含まれる多糖である。キチンは、N-アセチル-Dグルコサミンが直鎖状にβ-1,4結合しており、これを脱アセチル化することにより、キトサンが得られる。キチンとキトサンの明確な区別は定義されていないが、一般には希酢酸に溶解しないものをキチン、溶解するものをキトサンと呼び分けている。
 
1 照射キトサンの抗菌活性:
 粉末状態のキトサンを2500kGyまで照射し、大腸菌に対する抗菌活性を測定した。すなわち、培地中に照射したキトサンを添加して大腸菌E. coli B/r株の培養を行った。大腸菌は通常、培養開始後数時間の誘導期を経て対数増殖期にはいる。
 
 これに対し、3ppmとなるよう照射処理をしていないキトサンを培地中に添加して大腸菌を培養すると、誘導期は数時間〜10時間程度となり、対数増殖期に達するまでの時間が通常の培養を行った大腸菌に比べ、数時間遅れた。誘導期の延長は菌の生育抑制を示しており、キトサンがそれ自体弱い抗菌性を持つことがわかる。
 
 大腸菌培養時に3ppmとなるよう照射したキトサンを添加すると、照射線量が50kGyのものでは対数増殖期への移行の遅延効果はほとんど見られなかったが、100kGy照射したキトサンで、誘導期の著しい延長が観察され、高い抗菌活性を示していることが明らかになった。一方、キトサンを500kGy以上照射すると、500kGy照射試料では100kGy照射試料には及ばないものの、高い抗菌活性が得られた。照射線量がさらに増加すると抗菌活性は減少し、2000kGy以上の照射では抗菌活性がほとんど失われていた。
 
 
2 照射キトサンの分子量低下:
 キトサンの分子量は、粉末、溶液いずれの状態でも、照射線量の増加に伴い減少する。キトサンの有効な低分子化を得るためには、溶液状態では数100Gyの照射で十分に分子量の低下が得られるが、粉末状態では、少なくとも数10kGy以上の照射が必要となる。図1に溶液中、酸素あるいは窒素飽和状態で照射したキトサンの分子量低下を示す。


図1 Changes in moleular weight of chitosan irradiated in 0.1% solution at pH6.0.(原論文3より引用)

 キトサンの分子量の低下は、主鎖の切断により起こる。窒素飽和下で照射した0.1%濃度のキトサンは、300Gyの照射で分子量が半分程度に低下した。これに対し、酸素飽和下では500Gyの照射が必要であった。通常、酸素存在下での照射は、分解促進効果があるとされている。しかし、キトサンの溶液中での分解に関しては、通常とは異なり、酸素に放射線による主鎖切断の保護効果があることが示唆された。
 
 
3 照射による表面電化の変化:
 キトサンは、放射線照射により、分子量低下に見られるように主鎖切断が起こるが、構成単位であるD-グルコサミンの各部位についても分解が起こっている。FT-IRを用いた分析では、アミノ基はN-アセチル基より照射による分解を受けやすく、水酸基は照射線量の増加に伴い増加するが、C-O-C基は減少した。図2に照射により生じた各官能基の比率を示す。


図2 The relationship between radiation dose and peak intensity. (原論文2より引用。 Reproduced from Polymer Degradation and Stability, 41, 83-84 (1993), Fig.3(p.84), Zhao Wenwei, Zhong Xiaoguang, Yu Li, Zhang Yuefang, Sun Jiazhen, Some Chemical Changes in Chitosan Induced by γ-ray Irradiation; Copyright(1993), with permission from Elsevier Science.)

 図中、I1028、I1653、I3485は、それぞれC-O-C基、アミド基、水酸基の吸収波長に対応しており、I3485 / I1653で表される水酸基の濃度は、照射線量の増加に伴い増え、他の官能基に比べ照射により分解が促進されやすいことがわかる。これに対し、 I1028 / I1653で表わされるC-O-C基の濃度は、照射線量の増加に対して減少する傾向を示した。このことは、C-O結合の切断を示唆しているが、この切断には、アルデヒド結合の切断と、グリコシド結合の切断とが考えられる。
 
 アルデヒド結合が切断された場合には、カルボニル基が生じると考えられるが、FT-IRの測定結果からは、カルボニル基が生じている証拠は得られていない。一方、グリコシド結合が切断された場合には水酸基が生じるが、このことはI3485 / I1653の比率の増加で示されたとおり、グリコシド結合が切断されていることを示唆している。
 
 これらの結果より、照射によるキトサンの化学的な変化は、脱アセチル化されたアミノ基と、糖残基間のグリコシド結合の部分が主であることが明らかとなった。

コメント    :
 キトサンは、最後のバイオマスとして、他分野への利用が望まれているが、キトサンが持つ特性の多くは溶液あるいは水存在下で得られる。しかし、キトサンに何らかの処理を行いその特性を改質するためには、処理条件を考慮すると、工業規模では、固体あるいは粉末状態での照射処理が有効であると考えられる。放射線の照射による低分子化は、固体のままで処理可能であるため、その取り扱いが容易であり、分解の程度も照射線量を選択することで容易にコントロールできる。
本報告では、放射線分解したキトサンが、処理を行っていないキトサンに比べ抗菌活性が著しく増加したことを示し、照射によるキトサン分子の変化についての解析が行われている。

原論文1 Data source 1:
Enhancement of Antimicrobial Activity of Chitosan by Irradiation.
S. Matsuhashi, T. Kume
Takasaki Radiation Chemistry Research Establishment, Japan Atomic Energy Research Institute, Takasaki, Gunma 370-12, Japan
J. Sci. Food Agric., 73, 237-241(1997)

原論文2 Data source 2:
Some Chemical Changes in Chitosan Induced by γ-ray Irradiation
Zhao Wenwei, Zhong Xiaoguang, Yu Li, Zhang Yuefang, Sun Jiazhen
Changchun Institute of Applied Chemistry, Chinese Academy of Sciences, Changchun 130022, Peoples Republic of China
Polymer Degradation and Stability, 41, 83-84 (1993)

原論文3 Data source 3:
キトサン水溶液に対する放射線照射効果
久米 民和、武久 正昭
日本原子力研究所高崎研究所 群馬県高崎市綿貫町1233
食品照射,19,22-26 (1984)

原論文4 Data source 4:
Preliminary Studies on Radiation-Induced Changes in Chitosan
P. Ulanski, J. Rosiak
Institute of Application Radiation Chemistry, Technical University of Lodz, Wroblewskiego 15, 93-590 Lodz, Poland
Radiat. Phys. Chem., 39, 53-57, 1992

キーワード:キトサン、抗菌活性、バイオマス、放射線分解
Chitosan, Anti-microbaial activity, Biomas, Radiation degradation
大腸菌、表面電荷、分子量、キチン、エビ、カニ、甲殻類、昆虫、微生物、細胞壁、多糖、直鎖状、E. coli、培養、誘導期、対数増殖期、分子量、線量、低分子化、主鎖切断、保護効果、構成単位、D-グルコサミン、官能基、アミド基、吸収波長、アルデヒド結合、切断、グリコシド結合、カルボニル基
分類コード:020304, 020302

放射線利用技術データベースのメインページへ