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作成: 1996/10/14 天野 悦夫

データ番号   :020008
稲の突然変異育種
目的      :イネへの突然変異育種の応用。他の穀類へも応用可能。
放射線の種別  :ガンマ線,中性子
放射線源    :ガンマ線照射装置(Co-60等)、中性子照射設備(熱中性子)
線量(率)   :200-300Gy
利用施設名   :農業生物資源研究所・放射線育種場ガンマーフィールド、ガンマールーム等、京都大学原子炉実験所重水設備
照射条件    :主として休眠種子の照射。ガンマーフィールドでは田植えから収穫までなど。
応用分野    :突然変異品種の育成、育種材料の育成と交配育種への利用、学術研究のための材料育成

概要      :
 自家受粉植物であるイネはオオムギと共に突然変異育種の容易な作物である。これら二つの植物は基本的な二倍性植物であることもあって、多くの突然変異育種による品種が世界中で作られている。さらにレイメイなどの優れた突然変異品種ではその突然変異遺伝子が交配育種にも広く使われ、多くの優れた子孫品種を作り出している。

詳細説明    :
 
 日本では1966(昭和41)年にフジミノリから作られた半矮性で倒伏に強いレイメイ(突然変異育種法の「黎明」の意味)が農林177号として登録・公開された。半矮性自体は多収性ではないが、窒素肥料を多く投入しても倒伏しにくく、結果的に多収となるため、当時盛んであったイネ作り日本一コンクールにはよく使用されていた。農林統計では出荷量で日本一になったこともあった。しかし、本来耐冷性を目的に作られたフジミノリの血を引くものとして、残念ながら食味がいま一歩と言うことで、最近の良食味品種に押されて衰退した。しかしその優れた突然変異遺伝子はアキヒカリ、アキチカラ、コイヒメなど20以上の子孫品種に伝えられている。 
 
 突然変異育種法の特徴として、元の品種の基本的な特性をそのまま維持しつつ、一点改良ができることが挙げられる。その例としては、長野県農試で育成した糯米品種ミユキモチがある。澱粉のモチ性は一遺伝子の突然変異で、澱粉の成分の一つの、直鎖状分子のアミロースが生合成できなくなったものである。従って、優れたウルチ品種に放射線を照射し、その後代からモチ突然変異体を選抜すれば糯米となる。ミユキモチは、交配親としてもよく使われた優れたウルチ品種のトヨニシキのガンマ線照射によって誘発された糯米系統からさらに選抜され、1979年に登録されたものである。同様の例に米国の Calrose 76 から誘発された Calmochi がある。
 
 ただこれらの突然変異体をそのまま品種とする、いわゆる直接利用では、変異体品種と元の品種との区別が付けにくいことが多い。他の遺伝子を変えることなく1点改良するのであるから当然とも言えるが、同じ品種の中に誘発されたそのほかの突然変異、例えば籾表面の細毛や葉の表面・周縁の剛毛の無い「無毛性」突然変異遺伝子などを品種内交配によって組み合わせると、元の品種の特徴である遺伝特性はそのまま変えずに、遺伝標識を付けることができる。
 
 突然変異育種で重要なことの一つは、同時に誘発されてしまう、不稔性や生育不良などの望ましくない突然変異遺伝子を極力排除することである。さもないと、他の不良遺伝子も一緒に収量検定などをすることになってしまう。不良遺伝子の排除のためには元の品種に少なくとも1回は戻し交配をして、再度変異体を分離させ、選抜することが必要である。上記のような標識用の変異体と交配しても良い。品種内部での交配であるから、品種の純粋性は変わらない。
 
 原子力の平和利用として、世界の突然変異育種を推進している国際原子力機関(IAEA)の集計によると、世界で登録・公表されている突然変異育種の成果としての作物1737品種(1995年現在)のうち第一位は稲で318品種、続いてオオムギ238品種となっている。稲で利用されている突然変異の内容は次の通りである。なお数値は重複している形質も分けて分類してある。
 
 半矮性(semi-dwarf)は倒伏抵抗性の形質として多くの作物で利用される形質であるが、交配育種の盛んな稲では特に交配親としての利用が多い。半矮性それ自体は多収性を示しているとは言えないが、窒素肥料を多量に施しても倒伏しがたいことから、多収栽培を可能にする遺伝形質としてよく使われている。矮性の遺伝子座は50以上知られているが、実際に使われているのはわずか数遺伝子座にすぎない。しかし、日本のレイメイ、アメリカのカルロース76などで非常に効果的に使われている。
 
 成熟期の早生化は半矮性と共に突然変異育種の効果的な分野として、多くの作物で利用されている。早生化は圃場の回転や多毛作を容易にするばかりでなく、風水害や旱魃などの気象災害の回避のためにも役立つ。また、同一品種の品質を保ちつつ、労力分散をはかることにもなるであろう。一般に2週間程度の早生化は容易である。
 
 表1で興味ある事実は、半矮性に対して高草丈、早生に対して晩生といった逆の形質も利用されていることである。これらは目的によって利用される形質が違っていることを示すものであり、また利用できる形質の幅が非常に広いことも示している。
稲の重要病害であるイモチ病については、いままでに知られている抵抗性遺伝子は全て優性遺伝するものであり、突然変異での誘発の可能性は残念ながら低い。表にある耐性は、直接の抵抗性ではなく、間接的な作用によるものと解釈される。
日長不感受性は、常夏の熱帯域でありながら多期作ができなかったヴェトナムで、2期作、3期作を可能にしている。

表1 稲の突然変異育種で使われている変異形質とその品種数(原論文2より引用)
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変異形質  突然変異法による品種数
---------------------------------
半矮性       126
早生        110
分蘖数        24
高草丈        23
穀粒品質       16
イモチ病耐性     14
適応性        12
モチ澱粉性      12
耐塩性        9
耐寒性        6
日長不感受性     5
晩生         2
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コメント    :
 突然変異体の取り方について触れておく。
できるだけ純粋な種子を用意する(雑種などではどれが本当の突然変異体かが判りにくい)。5000粒以上を使うことを勧める。
ガンマ線の照射は下記に依頼できる。なお若干の費用がかかる。稲の乾いた種子では200グレイ程度の照射が良いであろう。
 
  〒319-22
    茨城県那珂郡大宮町私書箱3号 Tel.02955 2 1138
    農業生物資源研究所 放射線育種場 Fax.02955 3 1075
 
返送された種子は素手で扱っても大丈夫である。照射された種子はM1世代と呼ぶ。種子一粒を一単位として扱う。栽培は通常の管理で十分である。収穫は一個体から一穂づつ収穫する。
モチ変異体など、玄米で判る形質はこの穂に含まれることになる。穂単位でもみスリをし、玄米で調査する。0.1%程度の頻度でモチ変異を含む穂が出てくる。
 
 早生などの植物体の形質については、翌シーズンに各穂から10〜20本を植え出す。M2世代である。苗代で白子などの葉色変異体が数%程度出ておれば、実験は成功である。本田に穂別の系統として植え出し、生育を観察する。突然変異体は穂別系統の中で2本から5本くらいの同じ様な変異体として出てくる。突然変異は劣性遺伝するので、兄弟の仲で25%程出てくる。突然変異体にはラベルなどで、印を付け、収穫を待つ。ものによっては種子不稔のことがある。その時は正常な兄弟株から採種しておく。得られた突然変異体は少なくとも一回、原品種への戻し交配をして選抜し直しておく。
 
 イネでは突然変異法は古典的な技法となっているが、モチ性などのように劣性遺伝する形質を目的とする場合は常に有効な基本的な技術である。戻し交雑法による不良突然変異の除去・淘汰は必ず行う。

原論文1 Data source 1:
Mutation Breeding in Japan
T. Kawai and E. Amano
Konosu-shi and IAEA
Plant Mutation Breeding for Crop Improvement, IAEA, Vienna 1991 IAEA-SM-311/11 (1991)47-66

原論文2 Data source 2:
Development of Breeding Materials in Rice by Use of Induced Mutation
Etsuo Amano
Inst. Rad. Breed., NIAR, MAFF
Gamma Field Symposia No.25 (1986) 37-53

キーワード:イネ、耐倒伏性、耐病性、早生化、交配利用、放射線、化学変異原、育種、突然変異、レイメイ、半矮性
Oryza sativa, lodging resistance, disease resistance, early maturity, cross breeding, irradiation, chemical mutagen, breeding, mutation, Reimei, semi dwarf
分類コード:020101

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