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作成: 2000/02/25 森田 洋右

データ番号   :017003
有機材料の耐放射線性に関する基本事項(3)-材料劣化の判定-
目的      :有機材料の耐放射線性の評価のための基礎事項の解説
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,電子,陽子,中性子
応用分野    :工業材料一般

概要      :
 放射線照射による有機絶縁材料の実用的な物性の低下において、絶縁抵抗や絶縁破壊電圧などの電気的特性に比較して、力学的特性の方がより少ない線量で明瞭な変化を示すことが多い。材料によっては放射線架橋により照射の初期において力学的特性が向上することもあるが、この場合でも線量が増加するともろくなり、材料として使用に耐えなくなる。
 ここでは、材料特性の判定基準について解説する。


詳細説明    :
(1) 照射劣化の判定
 
 有機材料の放射線照射によって、主鎖および側鎖の切断反応や分子間の架橋反応などの化学構造の変化によって、引張り強度や曲げ強さ、硬度などの力学的特性が変化したり、ゲル分率が変化する。電気的特性に関しては、絶縁体は照射直後に誘起導電性を示すので、導電率や絶縁抵抗の測定においては一時的な照射効果を考慮する必要がある。放射線環境下で使用されるプラスチックやエラストマー(ゴムなど弾性体)などの有機絶縁材料を評価する特性測定試験において、判定のための終点基準は表1に示すようにいろいろな特性項目について提示されている。より簡略な基準としては、経験的に以下の評価が用いられている。


表1 放射線環境下で使用される有機絶縁材料を評価する際に考慮すべき特性項目と終点基準(原論文1より引用)
-----------------------------------------------------------------------------------
   材料の種類        特性項目            終点基準(1)             試  験  方  法 
                                                          JIS,JEC        IEC,ISO
-----------------------------------------------------------------------------------  
                  曲げ強さ                 50%            JIS K 7203     ISO 178
                  降伏時の引張り強さ        50%            JIS K 7113     ISO/R 527
硬質              破断時の引張り強さ        50%            JIS K 7113     ISO/R 527
プラスチック(2)     衝撃強さ                 50%            JIS K 7111     ISO 179
                  体積および表面抵抗率      10%            JEC-6148       IEC 93
                  絶縁抵抗                 10%            JEC-6148       IEC 167
                  絶縁破壊電圧              50%           JIS C 2110     IEC 243
-----------------------------------------------------------------------------------
                  破断時伸び(3)             50%            JIS K 7113     ISO/R 527
                  降伏時の引張り強さ        50%            JIS K 7113     ISO/R 527
軟質              破断時の引張り強さ        50%            JIS K 7113     ISO/R 527
プラスチック(2)     衝撃強さ                 50%            JIS K 7111     ISO 179
                  体積および表面抵抗率      10%            JEC-6148       IEC 93
                  絶縁抵抗                 10%            JEC-6148       IEC 167
                  絶縁破壊電圧              50%           JIS C 2110     1EC 243
-----------------------------------------------------------------------------------
                  破断時伸び(3)             50%            JIS K 6301     IS0 37 
                  破断時の引張り強さ        50%            JIS K 6301     IS0 37
           硬度/IRHD            1O単位の変化        JIS K 6253     IS0 48
エラストマー(2)     硬度/ショア A        1O単位の変化        JIS K 6253     IS0 868
                  圧縮永久ひずみ            50%            JIS K 6301     IS0 815
                  体積および表面抵抗率      10%             JEC‐6148      IEC 93
                  絶縁抵抗                 10%             JEC‐6148      IEC 167
                  絶縁破壊電圧              50%            JIS C 2110     IEC 243
-----------------------------------------------------------------------------------
 
注(1) パーセントで示された数値は特記なき限り、初期値に対するパーセンテージを示す。
 
 (2) 硬質プラスチック:指定の条件のもとで、曲げ試験、またはそれが適用できない
     場合には引っ張り弾性率が700MPaより大きいプラスチックをいう。
   軟質プラスチップ:指定の条件のもとで、曲げ試験、またはそれが適用できない
     場合には引張り弾性率が70MPaより大きくないプラスチックをいう。
   エラストマー:常温でゴム状弾性を有する高分子物質をいう(JIS K 6200)。
     なお、硬質および軟質プラスチック材料は通常ISO 291に従って標準の温度
     および相対湿度において分類される(JIS K 6900)。
 
 (3) 破断時伸びの終点基準については、絶対値(伸び長さ:ΔL/もとの長さ:L)50%を
   採用してもよい。この表の終点基準値を標準とするが、用途や目的に応じた
   当事者間で協議のうえ、ほかの終点基準値を採用してもよい。
 
 
 (1)硬質プラスチックでは引張り強さあるいは曲げ強さ
 (2)軟質プラスチックおよびエラストマーでは破断時伸び
 
 また、このような化学変化に伴って気体反応生成物が発生する。その結果、照射臭が発生したり、材料中にマイクロボイドが発生し強度を低下させる場合もある。また、共役系の二重結合の生成や添加剤の照射による変化で材料が着色する。これらの反応の種類と量は吸収線量、材料の種類、照射温度および雰囲気によって異なる。例えば、ポリエチレンなどを酸素中γ線照射すると、分子鎖の切断を示すC2H4、C2H6などの低級炭化水素とともにC0、C02、H20などの酸化生成物が検出される。また、ポリ塩化ビニルでは腐食性の塩化水素ガス(HCl)などが発生する(表2)。
 密封された容器(ガラスなど)内で有機材料の大線量照射を行うと、照射による気体発生によって容器が破損する場合があるので注意が必要である。

表2 AMOUNT OF EVOLVED GASES AND OF OXYGEN CONSUMPTION PER 10 kGy FOR PVC DURING IRRADIAITON UNDER VACUUM AND IN OXYGEN AT ROOM TEMPERATURE(* Oxygen consumption) 真空中及び酸素中で10kGy γ線照射したポリ塩化ビニルの酸素消費量とガス発生量の関係を示す(真空中照射:0.28〜2.8Gy/s(1〜10kGy/h)、圧力 2.6x10-4Pa、室温;酸素中照射0.56Gy/s(2kGy/h):酸素圧 6.7x104Pa、室温)(原論文3より引用)
        酸素中γ線照射したエチレン系ポリマーの酸素消費とガス発生のG値
            (照射:線量率2.8Gy/s{10kGy/h},酸素圧6.7×104Pa,室温)
-------------------------------------------------------------------------
                       ポリエチレン        エチレン‐     エチレン‐
    ガス成分                               プロピレン     ブテン
                  低密度       高密度      共重合体(2)     共重合体
-------------------------------------------------------------------------
  G(-O2)(3)       14.0±0.3    18.4±1.0    8.3±0.3      11.6±0.5
  G(H2O)          4.2          4.8         2.1           2.9
  G(C02)          1.25         2.6         0.59           1.1
  G(CO)           0.43         0.82        0.12           0.37
  G(H2)           3.1          3.3         3.5            4.1
  G(CH4)          0.39         0.03        0.04           0.015
  G(C2H6)         0.5            ―        ―            0.08
  G(C2H4)           ―           ―          ―            0.02    
  G(-CO-OH)(4)    6.6±1       9.5±1       4.9±1           ― 
-------------------------------------------------------------------------         
注(2)  フィルム試料なので線量率は0.56Gy/s{2kGy/h}。そのほかの試料は粉末。
  (3)  酸素消費のG値
  (4)  ポリマー中のカルボキシル基

(2)有機材料の耐放射線性
 
 代表的な有機高分子材料であるポリエチレン、エチレン-プロピレンゴム、ポリ塩化ビニルなどの力学的特性評価の場合、吸収線量の上限範囲は103〜106Gyである(図1-(a))。高分子の主鎖に芳香環構造をもつエポキシ樹脂、芳香族系のポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、液晶ポリマーなどのような耐放射線性の高い材料の吸収線量の上限範囲は107〜109Gyである(図1-(b))。このような吸収線量の上限は照射環境条件、特に酸素の存在の有無によって大きく異なる。


図1 種々の照射環境における有機材料の劣化 (a)樹脂及びエラストマー(弾性体)のγ線照射における空気中照射(線量率:1x104Gy/h)と酸素加圧下照射(線量率:5x103Gy/h、酸素圧:0.5MPa)の比較、(b)真空中/不活性ガス中照射及び空気中/酸素加圧下照射における芳香族系高分子の耐放射線性(原論文2より引用)

 表1で示したように、実用物性における耐放射線性の終点基準は初期値に対する変化率(百分率)で表し、対象とした特性が初期値の50%に減少したときを終点とすることが多い。しかし、破断時伸びに関しては、初期値が大きいエラストマーなどでは変化率ではなく、破断時伸びの絶対値({(伸びた長さ−もとの長さ)/もとの長さ}X100)で終点基準を決める場合もある。
 材料の耐放射線性を区分する指数として放射線指数(Radiation Index)*1がある。

*1:放射線指数(R.I.):指定された条件のもとで、有機絶縁材料の特性が終点基準に到達したときの吸収線量(Gy)の常用対数値を有効数字2桁で表したものである。たとえば、2×104Gyの吸収線量のときに、材料の終点基準に達した場合、放射線指数は4.3〔log(2×104)=4.301〕となる。放射線指数を求めたときの条件として、以下の項目を明記する必要がある。(1)放射線の種類、(2)線量率、(3)照射雰囲気(空気中、真空中など)、(4)照射温度、(5)判定基準に用いた特性値。放射線指数の表示として、たとえば、R.I.=4.3(γ線、50Gy/s、空気中、室温、破断時伸び50%)などと表記する。


コメント    :
 電気絶縁材など工業材料として使用する場合は力学特性や電気特性が重要であるが、医療や食品に関係する材料を照射する場合は匂いや着色が大きな問題となることが多い。匂いや着色などの判断基準は、現在のところ特になく、その時々で決めているのが実状である。
 また、有機高分子材料の耐放射線性は従来、10MGy程度が上限とされていたが、現在では不活性ガス中で100MGy〜500MGyの耐放射線性を示す芳香族系高分子材料もある。高分子材料は軽い、錆びない、使いやすいなどの利点があり、使用環境によっては放射線下での高分子材料の用途はさらに広がると思われる。

原論文1 Data source 1:
電気絶縁材料の耐放射線性試験方法通則(JEC-6152)
電気学会電気規格調査会
電気学会,IEEJ
電気学会調査会標準規格(電気書院)

原論文2 Data source 2:
高分子材料の原子力・宇宙環境における耐環境性(第10章)
貴家恒夫
日本原子力研究所
高分子材料の寿命とその予測(早川 浄 編・著)(アイピーシー)

原論文3 Data source 3:
Radiation-induced Gas Evolution in Chlorine-containing Polymer
-Poly(vinyl chloride), Chloroprene Rubber, and Chlorosulfonated-polyethylene
K.Arakawa, T.Seguchi, K.Yoshida
JAERI, Takasaki
Radiat. Phys. Chem. Vol.27, No.2, p157

原論文4 Data source 4:
酸素加圧下照射による各種高分子材料の耐放射線性評価
瀬口 忠男他
JAERI, Takasaki
電気学会研究会資料、EIM-82-114(1982)

キーワード:力学特性、破断時伸び、曲げ強さ、電気特性、気体発生、着色、芳香族系ポリマー、放射線指数
tensile property, elongation at break, flexural strength, electrical property, gas evolution, coloring, aromatic polymer, radiation index
分類コード:010101、010102、010105

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