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作成: 2011/1/22 武井 太郎

データ番号   :010317
電子線硬化によるフレキソ印刷用インキ
目的      :無溶剤インキをフレキソ印刷し、電子線で硬化する
放射線の種別  :電子
放射線源    :カーテン型電子線加速器(100kV,100-500mA)
線量(率)   :10-50kGy
照射条件    :紙またはフィルム上に印刷されたインキを常温、窒素雰囲気中で照射
応用分野    :印刷、包装資材、包装容器、グラフィックアート

概要      :
 溶剤を使用する従来の印刷方法に替わる、EB硬化性の無溶剤の印刷インキを利用したフレキソ印刷システムであるウェットフレックスが米国Sun Chemicalで開発された。熱乾燥装置、あるいは印刷色毎の紫外線硬化が不要である。インキは未硬化のまま各色が重ねて印刷され、最後に1台の電子線照射装置で硬化される。溶剤を使用しないため溶剤回収が不要で、インキの硬化性、無臭性にも優れている。

詳細説明    :
 2000年頃までに電子線(EB)硬化型のインキを使った無溶剤のフレキソ印刷技術が米国Sun Chemicalにより開発された。この印刷技術はウェットフレックス(WetFlex)と呼ばれ、図1に示すようにCI(Central Impression)型フレキソ印刷機の各色の胴間のUV硬化あるいは熱乾燥をせずに、未硬化のまま各色を重ねて印刷し(Wet-on-wet)、最後に電子線照射装置(EB装置)で全色を瞬時に硬化する技術である。このEBフレキソ印刷技術の特徴は下記のとおりである(原論文1、2、および参考資料1)。


図1 EBフレキソ印刷の概略図

 無溶剤:溶剤を使用しないのでVOC(Volatile Organic Compounds)の排出がなく、VOC回収システムなどの設備が不要である。グラビア印刷など溶剤を利用した従来の印刷方法ではインキに含まれている溶剤を回収し燃焼処理などを行う必要があった。熱乾燥、UV硬化方式に比べ硬化に必要なエネルギーが少なくてすむ。印刷面の耐スクラッチ性、耐溶剤性、耐熱性に優れており、インキ使用量を従来よりも減らすことができる。印刷作業設備においては防爆設備の必要がなく、作業者の溶剤による健康への悪影響がない。
 無臭性:光重合開始剤が含まれていないため印刷面からの臭気がほとんどない。UV硬化性のインキを使用した場合もEBの場合と同様に無溶剤のインキを利用できる。しかしUVインキ中に含まれる光重合開始剤が存在するため、硬化後もUVインキ特有の臭気が生じる場合がある。食品向けの包装材用ではUVインキは臭気のゆえに使用しにくいが、EBインキはこの部分を解決できる。
 優れた印刷品質:無溶剤インキのためインキ中の顔料濃度が高く、印刷ドットが溶剤分で広がらない(ドットゲインが少ない)。穴あきドット(ドーナツ状ドット)が生じにくく、印刷版のドットを正確に再現できるため、広いダイナミックレンジで印刷再現性に優れており、80L/cm以上の解像度が達成できる。またトラッピング性能にも優れているため、Wet-on-wetでの印刷でも各色のにじみが少ない。印刷面の高光沢性にも優れている。
 常温乾燥:従来必要とされる熱乾燥のための胴間ドライヤー、あるいはUV照射器が不要である。また従来の乾燥方式に比べ、印刷基材への熱の影響が少なく、薄手フィルムなどへも安定した印刷が可能である。
 インキの安定性:溶剤による粘度調整などが不要である。室内光では全く硬化しないため、保管中のインキのゲル化が生じない。また溶剤蒸発による印刷版、印刷機器へのこびりつきが生じない。インキは水で洗浄が可能である。
 設備導入:既存のCIフレキソ印刷ラインでも利用できるため、WetFlexを導入するために印刷機を改造する必要はない。溶剤型インキ用の熱風乾燥機(および溶剤回収装置)、あるいはUV硬化型インキのためのUV照射ユニットが不要になる。その代わりに電子線照射装置を導入することになる。インキの印刷膜厚はせいぜい10μm程度であるため、EB装置の加速電圧は100kVあるいはそれ以下の装置が利用できる。商用印刷では印刷速度が200m/min.を超えることも珍しくないため、十分な出力を出せるEB装置が必要になる。EB硬化型インキはラジカル重合タイプの樹脂を使用しているため、酸素の存在する雰囲気下ではインキの硬化特性が劣る。一般的には窒素ガスで照射雰囲気を置換し、残存酸素濃度を数百ppm以下に抑える必要がある。そのための窒素ガス発生装置設備が必要である。
 図2はEB硬化型インキを使用した無溶剤のフレキソ印刷の実演の様子である。写真中央に見えるCI型フレキソ印刷機の上部に小型のEB装置を見ることができる。この実演では印刷速度500m/min.を達成し、従来の印刷方法に比べて高速な印刷ができることを示した。


図2 EB無溶剤フレキソ印刷の実演の様子(2008年Drupa展示会にて)



コメント    :
 無溶剤であることからは環境に対する意識の高いヨーロッパでの導入が進んでいる。日本においてはグラビア印刷中心の従来方法にいまだ強く依存している状況である。フレキソ印刷自体の印刷品質が以前よりも向上しているが、日本の市場要求に適合した品質に高めるには、諸外国での実績よりも国内における技術の洗練が必要と考えられる。溶剤排出に対する更なる法規制、また小売業者、消費者の意識の向上が無溶剤EB印刷の後押しをするであろう。

原論文1 Data source 1:
New Electron Beam Cured Liquid Inks for the Flexible Packaging
Volker Linzer,Mikhail Laksin,P.Adhikari,Terry Best,Jitu Modi and Subh Chatterjee
Sun Chemical Corporation
UV & EB Technology Expo & Conference 2004,Technical Conference Proceedings

原論文2 Data source 2:
EB Curable Solutions for Flexible Packaging
Mikhail Laksin,David Biro,Voytek Wilczak,Volker Linzer
Sun Chemical Corporation
RadTech Asia 2003,Proceedings:383-392(2003)

参考資料1 Reference 1:
Wet Flex
小林正秀
DIC(株)
フレキソ・ジャパン2008 フォーラム 要旨集:13-20(2008)

参考資料2 Reference 2:
低エネルギー型EB装置の最新利用状況
武井太郎
(株)アイ・エレクトロンビーム
放射線と産業 120号:40-44(2008)

キーワード:電子線(EB)、フレキソ印刷、インキ、硬化、無溶剤、包装、包装資材、ウェットフレックス、紫外線(UV)
electron beam (EB),flexography,ink,curing,non-solvent,package,packaging material,WetFlex,ultra-violet(UV)
分類コード:010107,010301,010302

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