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作成: 2007/09/24 木村 純

データ番号   :010314
超低エネルギー電子線照射装置の開発
目的      :低エネルギー電子線照射装置の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子線照射源“EB-ENGINE”
応用分野    :樹脂表面改質、半導体low-k膜、レジスト、その他薄膜の硬化

概要      :
 従来からフィルム架橋や塗膜硬化などの用途に、加速電圧が300kV以下の低エネルギー電子線照射装置が使用されてきたが、近年、開発が盛んな塗膜への照射要求の増大とともに、加速電圧が300kV程度よりさらに低いエネルギーの電子線照射装置の必要性が高まっている。浜松ホトニクス(株)が最近開発した電子線照射装置は、出射窓に透過性の良い軽元素のベリリウム箔を採用することにより超低エネルギーの電子線を効率よく大気中に照射することができるため、最低加速電圧を40kVと低く設定することが可能となり、その結果塗膜の処理など超低エネルギーの電子線が必要とされる分野への適用が可能となった。また、最大加速電圧は110kVまで設定することができるため、広範囲な研究開発用途に適している。

詳細説明    :
 電子線は、低エネルギーであっても、紫外線に比べて桁違い(4桁〜5桁程度)に高いエネルギーをもつため、物質内部にまで到達した後にさまざまな反応を引き起こすことができ、架橋反応や重合反応により物質が本来持っていない新しい機能を付加することが可能である。また、紫外線や加熱処理に比べて瞬時に処理ができることから、これまで多くの産業で利用されてきた。近年、薄膜材料が普及し、それらを効率的(薄膜での電子線吸収効率を上げる)に反応させるためには、電子線が進行する単位距離あたり試料が吸収するエネルギーである阻止能が極度に上昇する数10keV程度の超低エネルギーの電子線が必要になってきた(原論文1)。例えば、典型的な物質である水を対象として考えると、300keV電子では阻止能が2.36MeV・cm2/gであるのに対し、40keV電子では7.78MeV・cm2/g にも増大する(参考資料1)。従来の電子エネルギーでは吸収させたい膜厚に対し電子線のエネルギーが高すぎるため、素材でのエネルギー吸収効率が低く、また不要な部分にまで到達してしまうという問題があった。また、従来の装置では、寸法が大きく、高価なことや、消耗部品である出射窓と電子銃の交換が難しい点が問題となっていた。このため、市場ではもっと低いエネルギーの電子線を照射でき、小型で安価、長寿命、メンテナンス性の良い電子線照射装置の開発が望まれていた。
 
 このほど、浜松ホトニクス(株)は加速電圧を40〜110kVと低く、かつ高範囲に設定できる研究開発用低エネルギー電子線照射装置を開発した(原論文2)。本装置に内蔵される電子線発生部はEB-ENGINEと称し、最大取り出し電流は200μAであり、ステージと組み合わせることにより50mm×100mmの面積への電子線照射が可能である。このような低いエネルギーの電子線では真空気密窓も兼ねた電子線出射窓でのエネルギー損失が非常に大きく、通常では電子線を大気中に効率良く取り出すことが困難であり、いかにこれを解決するかが課題であった。EB-ENGINEにおいては、密度が小さく(1.85g/cm3)、機械的強度が高く、更には温度特性にも優れた材料であるベリリウムを用いることによりこの問題を解決した。本装置は、電子線照射源であるEB-ENGINE、0〜400 mm/sの速度で試料を移動可能なステージを内蔵した電子線照射チャンバー、制御用PC、酸素濃度計、窒素ガス制御系、真空排気系(照射源用)、筐体とから構成されており、外形寸法は540mm×775mm×1400mm(PC部を除く)である。装置全体の質量は約330kgで、内蔵されるEB-ENGINE部単体では、約30kgである。図1に電子線照射源EB-ENGINEを搭載した電子線照射装置及びEB-ENGINEの外観を、図2に内部簡略構造を示す。


図1 電子照射源EB-ENGINEを搭載した電子線照射装置及びEB-ENGINE外観



図2 内部簡略構造

 本装置においては、電子線は垂直下向きに放出される。この装置を用いて、加速電圧110kV、照射位置20mm、移動速度50mm/sの条件で、厚さ44.5μmのラジオクロミックフィルム線量計FWT-60による測定を行った結果、220kGyの吸収線量が得られた。
 
本装置を用いることにより次のような開発研究に対応できるものと期待される。
1.半導体LSIの層間絶縁膜を改質・硬化
薄膜化する低誘電率のLow−k膜に、薄膜に効率よく吸収される低エネルギー電子線を照射し、改質・硬化することにより、機械的強度を上げ、誘電率を下げることが可能である。その結果、低電力LSIに用いられる銅配線の寄生容量低減が期待できる。
2.DMFC型携帯燃料電池の電解質膜の特性改善
電解質膜に電子線を照射し改質することで、メタノールクロスオーバー現象を低減し、電力ロスを低減させる効果が期待できる。
3.インキやコーティングの瞬間硬化により高速で環境にやさしい印刷に貢献
速乾性・環境性・耐久性・耐傷性を生かした高品質な印刷を可能とし、昨今の環境問題への貢献が期待できる。
4.樹脂ぬれ性の改善
紫外線など他の方法では困難であった材質にも親水性を付与することが可能となり、接着性の向上が期待できる。

コメント    :
 加速電圧が数10kVという超低エネルギー電子線については、従来の中、低エネルギーの電子線に比べて照射試料の阻止能が極度に高く、塗膜等の極薄い層の処理には極めて有効であることはわかっていたが、低エネルギー電子線の大気中への取り出しが困難であったため実用化は進んでいなかった。電子線取り出し用真空気密窓材としてベリリウム箔を用いた本装置は、超低エネルギー電子線を高効率で大気中に取り出すことができ、超低エネルギー電子線の特長を生かした極薄い層を対象とした処理の経済性を含めた研究開発を進めるための手段として極めて有効となることが期待できる。

原論文1 Data source 1:
電子加速器の低エネルギー化
鷲尾方一
早稲田大学
第12回放射線プロセスシンポジウム 講演要旨・ポスター発表要旨集 pp.1-5 (2007)

原論文2 Data source 2:
低エネルギー電子線照射装置の開発
木村純
浜松ホトニクス株式会社
RADTECH JAPAN NEWSLETTER No.65 MAY pp.6-7(2007)

参考資料1 Reference 1:
Stopping Powers for Electrons and Positrons
INTERNATIONAL COMMISSION ON RADIATION UNITS AND MEASUREMENTS
ICRU REPORT 37 (1984)

キーワード:低エネルギー電子線、電子線発生装置、EB-ENGINE、放射線加工、阻止能、電子線キュアリング
Low energy electron, electron accelerator, EB-ENGINE, radiation processing, stopping power, electron curing
分類コード:010304,010302

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