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作成: 2007/08/15 根引 拓也

データ番号   :010312
ガラスキャピラリによる高速イオンビーム収束
目的      :荷電粒子ビームの新しい収束レンズの開発
放射線の種別  :アルファ線
放射線源    :タンデム加速器(2MeV,20nA)
利用施設名   :Research Center for Nuclear Microscopy, National University of Singapore
照射条件    :真空中
応用分野    :イオンビーム分析、イオンビーム加工、細胞照射

概要      :
 ガラスキャピラリ(極細ガラス管)を使って,2MeV He+をサブミクロンまで収束する技術を開発した。このガラスキャピラリによる収束は荷電粒子とガラス内壁との相互作用によるものと考えられる。ガラスキャピラリを透過したイオンにはわずかにエネルギー損失した粒子が含まれるものの、出口/入口の面積比に比べて10000倍程度の密度でビームを取り出せることが確認された。

詳細説明    :
 ガラスキャピラリと呼ばれる、先細りする極細中空ガラス管を使った新規の荷電粒子収束レンズを開発した。ガラスキャピラリはボロシリケイトの中空ガラス管を加熱しながら、プラーによってちぎれるまで引っ張ることによって簡単に作製することが出来る。ガラスキャピラリの先端は中空を保ったままサブミクロンオーダーで作製することができる。また、全長は数mm〜数cmとなる。図1にキャピラリの全体と先端部分の写真を示す。キャピラリのテーパー角はくぼみ始めではかなりの大角度となっているが、先端部分に近づくにしたがってほぼ一定となり〜0.4°程度で作製される。


図1 ガラスキャピラリの全体写真と先端の顕微鏡画像。先端は10μmΦで切断したもの。

 一方、チャネリングとしてよく知られているように、数MeVの荷電粒子を結晶軸に沿って入射させると、荷電粒子は原子列の間に出来た広い空間(チャンネル)中を原子と連続的に相互作用しながら結晶の奥深くまで侵入することが出来る。またチャネリング中の荷電粒子は結晶中を進む間に原子との相互作用によって軌道が曲げられ、チャンネルの中央付近でビーム密度が高くなる。これはフラックスピーキング効果と呼ばれている。チャネリングが生じる荷電粒子と結晶列との臨界角は入射させるイオンの種類やエネルギー、入射させる結晶等によって異なるが、分析でよく用いられる2MeV He+をSi<110>に入射させるときの臨界角は〜0.5°である。
 2MeV He+を臨界角以下のわずかなテーパーを持つガラスキャピラリに入射させれば、入射した荷電粒子はチャネリング中の粒子と同様の振る舞いをすると考えられる。ガラス内壁との相互作用によってその軌道を曲げられた荷電粒子は、結晶中と同様にキャピラリの中央でビームの密度が高くなる。すなわちガラスキャピラリは人工のチャンネルと言える。しかしガラスキャピラリは結晶と異なり、キャピラリの内部は中空なのでチャンネル透過中のエネルギー損失は無い。また荷電粒子がエネルギー損失を起こすのはガラスの原子核による前方への小角散乱と、ガラスの中をわずかに通過することによる損失と考えられるので、エネルギー損失は非常に小さいと考えられる。よって、ガラスキャピラリは荷電粒子に対して有効な収束レンズとして働くことが期待される。
 ガラスキャピラリの収束効果を調べるために、シンガポール国立大の加速器施設で行ったイオンビーム透過実験について記述する。この実験では入口内径0.8mm、出口内径0.8μm、全長50mmのガラスキャピラリが使われた。そこに2MeV He+を入射させ、透過してきたイオンビームの個数とエネルギーをSSDによって直接測定した。また、ガラスキャピラリの傾き角に対する透過率の測定も行った。ここで透過率とは出射イオン数/入射イオン数の比である。図2にキャピラリを透過した後のイオンビームのエネルギー分布を示す。挿入図は2MeV付近の拡大図である。図からわかるように、キャピラリ透過後のエネルギースペクトルは2MeV付近に鋭いピークを持つ。その半値幅は〜20keVで、これはSSDのエネルギー分解能と一致する。すなわち透過したイオンのほとんどは、そのエネルギーを失っていない。しかし詳しく調べると、このエネルギースペクトルは低エネルギー側にわずかにテールを引いていることがわかる。その大きさは約20keVである。これらはガラス内壁との相互作用によってエネルギーを損失したイオンである。またこのとき測定されたイオンの個数から、透過率は約2%となった。この値は入口/出口比に比べて10000倍程の大きな値であり、ガラスキャピラリによってイオンビームの密度が濃くなっていることが分かる。


図2 キャピラリ透過後のイオンのエネルギースペクトル。挿入図は2MeV付近の拡大図である。実線はガウス曲線である。

 次にガラスキャピラリの傾き角による透過率の変化の様子を図3に示す。ピーク位置が0°にないが、これは原点を任意に決定したためであり、特に重要ではない。この実験ではガラスキャピラリを±2°傾けてもビームがわずかに透過していることが確認された。ガラスキャピラリの断面形状を理想的な台形であると考えたとき、入口から出口の見える限界の傾き角は約0.5°程度である。このことから、ガラスキャピラリに入射したイオンビームは、ガラス内壁との相互作用で大きく曲げられて出口まで到達していることが分かった。このように、絶縁物に荷電粒子を入射させ、絶縁物の帯電によってビームを偏向させる技術は低速多価イオンを用いて研究されている。この実験では高速イオンビームでも同様の作用があることが示唆された。


図3 “Elastic”transmission probability as a function of tilt angle of the optic.(原論文1より引用)

 以上の結果から、ガラスキャピラリは2MeV He+に対して有効なレンズとして働くことが確認できた。現在では、様々なイオン種やエネルギーのイオンを用いて同様の収束実験が行われ、それぞれの研究分野で応用されている。

コメント    :
 ガラスキャピラリを用いたイオンビーム収束レンズは、2MeVHe+ビームだけでなく、様々な荷電粒子ビームへの適用も可能であると考えている。現在では、低速多価イオンや高エネルギー重イオンビームでの収束効果も得られており、新しいビーム収束系として発展していくことが期待される。

原論文1 Data source 1:
Focusing of MeV ion beams by means of tapered glass capillary optics
T. Nebiki, T. Yamamoto, T. Narusawa, M. B. H. Breese*, E.J. Teo* and F. Watt*
Kochi University of Technology, *Research Center for Nuclear Microscopy, National University of Singapore
Journal of Vacuum Science and Technology A21(5), 2003, pp1671

キーワード:ガラスキャピラリ、イオンビーム収束、チャネリング、表面散乱、人工チャンネル、チャージアップ、収束効果、ガイド効果
Glass capillary,Focused ion beam,Channeling,Surface scattering,Artificial channel,Charge up,Focusing effect,Guiding effect
分類コード:010108,010304

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