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作成: 2007/08/12 早味 宏

データ番号   :010311
反応型難燃剤を用いた難燃性ナイロンコンポジットに関する研究
目的      :ハロゲン元素を含まない環境調和型の反応型難燃剤を用いた難燃性ナイロンコンポジットの開発
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Co線源
線量(率)   :0-40kGy
照射条件    :室温、空気中
応用分野    :射出成形部品、電子部品

概要      :
 ハロゲン系元素を含まない環境調和型難燃剤として、リン酸エステルなどのリン原子を含有する難燃剤が検討されている。しかし、リン酸エステルは高分子材料を可塑化するために、高温での機械的強度が低下し、燃焼試験において燃焼物がドリップしたり、ブリード(表面へのしみ出し)しやすいなどの問題を抱えている。そこで、分子内にリン原子とγ線照射で高分子と共架橋するアリル基を有する反応型難燃剤を合成した。6,6-ナイロン(PA66)に反応性難燃剤とナノサイズのフィラーを複合化した難燃性PA66コンポジットを作製した。反応型難燃剤を添加しないPA66単体の試料は250℃で溶融したが、反応性難燃剤を添加したPA66コンポジットにガンマ線を照射した試料は、反応型難燃剤とPA66の共架橋により、高温での機械的強度が向上し、燃焼試験において燃焼物のドリップ現象が抑制できた。また、燃焼試験での試料の燃焼時間は反応型難燃剤中のリン原子の数とともに短くなったが、アリル基の数が多いと、PA66との共架橋に関与しなかったアリル基からプロペンなどの可燃性のガスが生成するために燃焼時間が長くなり、難燃性の向上に寄与するリン原子の数と高温での機械的強度(燃焼試験における燃焼物のドリップ抑制)に寄与するアリル基の数のバランスを考慮した分子設計が必要であると考えられる。

詳細説明    :
 高分子材料の難燃化はこれまでハロゲン系難燃剤が使用されてきたが、環境問題への配慮の観点から、ハロゲン元素を含まない環境調和型の難燃剤に対する要求が高まっており、リン酸エステルなどの分子内にリン原子を有する有機系難燃剤が検討されている。コネクターなどの電子部品に使用される6,6-ナイロン(PA66)を難燃化する場合、PA66の混合温度や成形温度は280℃程度と高く、耐熱性の高い難燃剤が必要になる。そこで、芳香族有機リン化合物が候補となるが、PA66と相溶性の良い分子構造のものは可塑化効果によって、高温での機械的強度の低下や難燃剤のブリード(表面へのしみ出し)が懸念され、一方、PA66と相溶性が良くない分子構造のものはPA66中に物理分散して使用することになるが、PA66と難燃剤の界面の脆弱性に伴う機械的強度の低下が懸念される。そこで、分子内にリン原子とともに放射線照射で高分子との共架橋が可能なアリル基を複数個導入した反応型難燃剤を分子設計して合成。PA66中に混合し、成形後に放射線照射により共架橋することにより、燃焼試験における燃焼物のドリップや難燃剤のブリードの問題がない環境調和型の難燃性高分子材料の開発を検討した。また近年、ナノサイズの無機フィラーを微分散したナノコンポジットは機械的強度や耐熱性の向上だけでなく難燃性の向上にも有効であることが報告されており、PA66に反応型難燃剤、ナノサイズの無機フィラーを分散した難燃性PA66コンポジットを検討した。表1(原論文1のTable2)に検討した反応型難燃剤の分子構造、リン原子の濃度、アリル基の濃度を示す。

表1 Structures and phosphorus content of FRFs 反応型難燃剤の分子構造とリン含量(原論文1より引用)


 二軸混合機を用いてPA66/反応型難燃剤/ガラス繊維/ナノクレー/タルクを55/12/25/4/4の重量比で溶融混合してコンポジットを作製し、射出成型機でテストピースを作製した後、ガンマ線を40kGy照射して試験試料を得た。図1(原論文1のFig.3)に貯蔵弾性率G’の温度依存性を示した。


図1 Temperature dependence of storage modulus of composite crosslinked at 40kGy dose. 40kGy照射したコンポジットの貯蔵弾性率の温度依存性(原論文1より引用)

 Controlは反応型難燃剤を含まないPA66コンポジットであり、貯蔵弾性率G’は230℃から急激に低下し流動変形してしまう。これに対し、反応型難燃剤を添加してガンマ線照射した試料では250℃においても貯蔵弾性率G’は0.08-0.3GPaを示し、高温での機械的強度の向上により、燃焼試験において燃焼物のドリップ抑制が期待できる。図2(原論文1のFig.5)は、ガンマ線照射前後の試料について250℃での貯蔵弾性率G’を比較したものであるが、Controlではガンマ線照射で貯蔵弾性率G’がやや低下するのに対し、反応型難燃剤を添加した試料ではいずれもガンマ線照射により貯蔵弾性率G’が向上し、その変化量は図3(原論文1のFig.6)のように、反応型難燃剤のアリル基の数に依存し、アリル基の数が8であるB-1、C-1、C-2は貯蔵弾性率G’が0.13-0.3GPaと高い値を示す。


図2 Effect of crosslinking on the storage modulus of composites at 250℃. 架橋前後のコンポジットの250℃での貯蔵弾性率(原論文1より引用)



図3 Effect of numbers of allyl groups of RFR on the storage modulus of composites at 250℃. 反応型難燃剤のアリル基の数とコンポジットの250℃での貯蔵弾性率の関係(原論文1より引用)

 一方、図4(原論文1のFig.9)は反応性難燃剤のリン含量とUL94V法の燃焼試験における試料の燃焼時間の関係を示しており、リン含量が多い方が燃焼時間は短くなり、最もリン含量の多いB-2を用いた試料は難燃クラスV-1に相当する難燃性が得られ、ついでB-1を用いた試料の燃焼時間が短い。


図4 Relationship between the P-content of FRFs and the UL94V flaming time of corresponding composites. 反応型難燃剤のリン濃度とUL94V燃焼試験における燃焼時間の関係(原論文1より引用)

 これに対し、反応型難燃剤のアリル基の濃度と燃焼時間の関係は、図5(原論文1のFig.11)のように、アリル基含量が30wt%以下の一群と45wt%以上の一群ともにアリル基含量が少ないほど燃焼時間が短い。


図5 Influence of allyl group content on the UL94V flaming time of composites. 反応型難燃剤のアリル基の濃度とUL94V燃焼試験における燃焼時間の関係(原論文1より引用)

 これは、反応型難燃剤は分子内に複数個のアリル基を有しているが、全てのアリル基がPA66との共架橋に関与するのではなく、共架橋に関与したアリル基はPA66に固定されるが、共架橋に関与しなかったアリル基は熱分解によりプロペン等の可燃性ガスを生成することにより、難燃性を低下させるメカニズムが示唆される。反応型難燃剤は高分子材料の難燃化に寄与するリン原子の数、共架橋による高温での機械的強度(燃焼試験における燃焼物のドリップ抑制)の向上に寄与するアリル基の数のバランスを考慮した分子設計が必要であると考えられる。

コメント    :
 高分子材料のハロゲンフリー難燃剤として、有機リン系の難燃剤が種々検討されているが、難燃化の効果は従来のハロゲン系難燃剤よりも劣る傾向がある。有機リン系難燃剤に架橋性の官能基を導入して反応型とし、放射線照射によって高分子と共架橋する方法で、高温での機械的強度の向上を図り、燃焼試験でのドリップ抑制を試みている点は興味深い。リン濃度をさらに向上する方向で分子設計の最適化が進めば、極めて有用なハロゲンフリー難燃化技術に進展する可能性があると考えられる。

原論文1 Data source 1:
ナイロンコンポジットの力学特性と難燃性−反応性難燃剤の分子構造とγ線架橋効果の相関について−
菅野敏之*1、柳瀬博雅*1、菅田好信*1、重原淳孝*2
*1富士電機アドバンストテクノロジー叶カ産技術研究所、*2東京農工大学共生科学技術研究院工学系COEナノ未来科学研究拠点
繊維学会誌 vol.62, No.10 p232-241 (2006)

原論文2 Data source 2:
反応性難燃剤ナノコンポジットプラスチックスの開発
菅野敏之*1、柳瀬博雅*1、矢島あす香*1、重原淳孝*2、角谷武徳*2、野村知広*3
*1富士電機アドバンストテクノロジー叶カ産技術研究所、*2東京農工大学共生科学技術研究院工学系COEナノ未来科学研究拠点、*3東邦化学工業
Fiber Preprints, Japan, vol.59, No.1(Annual Meeting) p162 (2004)

原論文3 Data source 3:
反応性難燃剤ナノコンポジットの研究−T
柳瀬博雅*1菅田好信*1、菅野敏之*1、角谷武徳*2、重原淳孝*2、野村知広*3
*1富士電機アドバンストテクノロジー叶カ産技術研究所、*2東京農工大学共生科学技術研究院工学系COEナノ未来科学研究拠点、*3東邦化学工業
Polymer Preprints, Japan, vol.53, No.2, p3989-3990 (2004)

原論文4 Data source 4:
反応性難燃剤ナノコンポジットの研究−U
柳瀬博雅*1、菅田好信*1、菅野敏之*1、角谷武徳*2、重原淳孝*2、野村知広*3
*1富士電機アドバンストテクノロジー叶カ産技術研究所、*2東京農工大学共生科学技術研究院工学系COEナノ未来科学研究拠点、*3東邦化学工業
Polymer Preprints, Japan, vol.53, No.2, p4121 (2004)

原論文5 Data source 5:
反応性難燃剤ナノコンポジットの研究−V
菅田好信*1、柳瀬博雅*1、菅野敏之*1、野口美由希*2、角谷武徳*2、重原淳孝*2
*1富士電機アドバンストテクノロジー叶カ産技術研究所、*2東京農工大学共生科学技術研究院工学系COEナノ未来科学研究拠点
Polymer Preprints, Japan, vol.54, No.1, p1510 (2005)

原論文6 Data source 6:
反応性難燃剤ナノコンポジットの研究−W
菅田好信*1、柳瀬博雅*1、菅野敏之*1、野口美由希*2、角谷武徳*2、重原淳孝*2
*1富士電機アドバンストテクノロジー叶カ産技術研究所、*2東京農工大学共生科学技術研究院工学系COEナノ未来科学研究拠点
Polymer Preprints, Japan, vol.54, No.1, p1821 (2005)

原論文7 Data source 7:
反応性難燃剤ナノコンポジットの研究−X
菅田好信*1、柳瀬博雅*1、菅野敏之*1、野口美由希*2、松元道子*2、重原淳孝*2
*1富士電機アドバンストテクノロジー叶カ産技術研究所、*2東京農工大学共生科学技術研究院工学系COEナノ未来科学研究拠点
Polymer Preprints, Japan, vol.55, No.1, p1604 (2005)

原論文8 Data source 8:
反応性難燃剤ナノコンポジットの研究−Y
柳瀬博雅*1、菅田好信*1、菅野敏之*1、野口美由希*2、道信剛志*2、重原淳孝*2
*1富士電機アドバンストテクノロジー叶カ産技術研究所、*2東京農工大学共生科学技術研究院工学系COEナノ未来科学研究拠点
Polymer Preprints, Japan, vol.55, No.2, p4087 (2005)

キーワード:反応性難燃剤、難燃性、コンポジット、ナイロン、ポリアミド、ガンマ線、架橋、リン化合物
Reactive flame retardant, Fire resistance, Composite, Nylon, Polyamide, Gamma-ray, Cross-linking, Phosphorous compound
分類コード:010101,010102,010107

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