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作成: 2007/11/11 西川 宏之

データ番号   :010310
集束プロトンビーム描画技術
目的      :集束イオンビーム、特にプロトンを利用した高アスペクト比3次元微細加工とその応用
放射線の種別  :陽子
放射線源    :3MV静電加速器
フルエンス(率):1022/cm2
利用施設名   :日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所放射線高度利用施設TIARA
照射条件    :真空中
応用分野    :リソグラフィ、微細加工、金型、ナノインプリント、バイオデバイス

概要      :
 集束プロトンビーム描画(PBW)はサブミクロンサイズの分解能と100μm程度の深さを兼ね備えた微細加工技術である。原子力機構高崎量子応用研究所の3MVシングルエンド加速器に設置された高エネルギーイオンマイクロ・ナノビーム形成装置においてPBW技術を開発した。これにより高アスペクト比ピラー構造や3次元構造の形成に成功した。またPBWによる微細パターンを、電鋳により金型へ転写することにも成功した。

詳細説明    :
 集束プロトンビーム描画(Proton Beam Writing、以下PBW)とは、ミクロンからサブミクロンサイズに集束したMeV(百万電子ボルト)オーダーのエネルギーを持つプロトン(H+、陽子)ビームを走査しながら描画する技術である(原論文1)。典型的なPBWの露光プロセスを図1に示す。


図1  プロトンビーム描画によるレジスト露光の流れ

PBWの加工対象は一般にレジストと呼ばれる数百nmから100μm程度の厚さの感光性の有機膜である。PBW技術は1997年頃より国立シンガポール大学イオンビーム応用センター(NUS)のWatt教授らにより開発されてきた(参考資料1)。NUSでは、ビーム集束・描画システム、また露光および前後プロセスの研究開発が進められ、現在20nmに近いビーム集束が実現されている。PBWの優れた特徴は、MeVオーダーのエネルギーを有するプロトンの物質中での直進性、およびその侵入深さの制御性にあり、ともに加工の微細度と深さに関係する。
 集束プロトンビームは、原子力機構高崎量子応用研究所の3MVシングルエンド型静電加速器と高エネルギーイオンマイクロ・ナノビーム形成装置(以下、形成装置)により形成された。数MeVオーダーの軽イオン(水素及びヘリウム)により最高で250nmのビーム径を達成し、高分解能イオンビーム分析(PIXE分析、RBS分析等)に応用されている。その成果はさらにPBWに展開され、加工の微細化・高精度化とともに加工面積の広範囲化に必要な技術開発が行われた。
 図2にSU-8*1(膜厚21μm)へのドット状照射により形成した、ピラー構造を示す。700μm四方の領域にわたり、幅1.1μm、高さ21μmのピラーが形成され、アスペクト比20程度の構造体が形成された。さらに厚膜の50μmのSU-8への微細構造形成にも成功している。この際、3MVのプロトンを用い、膜厚よりも飛程を十分大きく取ることにより、イオンの散乱の効果が加工線幅に及ぼす影響を抑えている。このとき、ポストベークにより構造の強度を増すことにより自立した構造となり、50μmという厚膜においても線幅2.5μmの高アスペクト比(〜20)構造体が得られた。以上より、垂直性に優れた、高アスペクト比の構造形成が可能であることが示された。


図2 SEM image of 21-μm height SU-8 pillars by PBW at 1.7 MeV (fluence 100 nC/mm2) (原論文1より引用)

 また、イオンの飛程制御により、深さ方向を制御した3次元構造体を作製することが可能である。2種類の異なるエネルギーで照射したパターンを重ね合わせることにより、作製した構造体の例を図3に示す。飛程が50μm以上の3.0MeVプロトンを照射することで形成された50μm厚の構造は、シリコン基板より3次元構造全体を支える。一方、1.2MeVプロトン照射は、飛程28μmであることから、表面から28μmの構造体が形成されており、その下は基板から浮いた構造である。このようにエネルギーによるイオンの飛程制御を利用することで3次元構造体を形成することができ、多層中空構造や埋め込みチャネル構造などの形成が可能となる。


図3 異なるエネルギー(3.0 MeVおよび1.2 MeV)でのPBWにより作製した50μm厚SU-8の3次元構造体の加工例 (原論文2より引用)

 これらのPBWの特徴を活かした微細加工の応用例としては、インプリントリソグラフィ用金型とバイオデバイス作製が挙げられる。図4にPBWにより作製した微細加工パターンを母型とする金型作製の流れを示す。PBWにより作製したPMMAの微細パターン(a)を母型として、その後(b)に示すようにNi電鋳により反転パターンが転写できる。PBWの特徴である垂直かつ平滑な側面を有するNi金型の形成が確認されている。また、高アスペクト比ピラーを利用した誘電泳動デバイス*2の作成例も報告されている(参考文献2)。


図4 PBWによるPMMA上の微細パターンを母型とするNi電鋳による金型加工例(原論文2より引用)

 PBWは、サブμm級の微細度と100μm級の深さを両立しつつ、自由度の高いマスクレス加工を可能にする技術である。PBWは他の微細加工方法にはない特徴を有することから、産業界から高い関心が寄せられている。他方PBWを産業的に利用するまでには開発すべき課題が数多く残る。特に、PBW専用の小型装置を開発することが最大の課題である。汎用的な専用装置が存在して初めて、プロセス開発や加工評価が加速される。
 *1SU-8:化学増幅型のエポキシベースのネガ型レジストであり、MicroChem社(http://www.microchem.com/)の製品である。紫外線透過性に優れ、近紫外光により数百μm厚膜レジストを露光出来る。化学的、熱的な耐久性に優れるため、永久膜として高アスペクト比構造、3次元構造を有するポリマーMEMSや微小流体デバイスの形成に用いられている。
 *2誘電泳動デバイス:不平等電界の存在下で、分極した誘電体に働く誘電泳動力を利用した流体デバイスの一種である。近年、病原菌による集団食中毒などが社会問題となる中、食の安全・安心を守るための食品衛生管理に関わる有力なデバイス等として開発されている。電気的に誘電体とみなせる微生物の選択的濃縮・検出機能により培養プロセスを介さず高速検出が可能となる。

コメント    :
 微細度と深さを兼ね備えたPBW加工技術は、数μmからサブμmレベルの高アスペクト比構造を、マスクレス描画で作製可能な自由度の高い加工技術である。NUSにおいて開発されてから10年足らずであるが、ものづくり技術という観点から、装置、材料プロセス等、個々の要素技術に分析技術よりも格段の高い精度が要求される。直接描画技術として競合するEBとの差別化、優位性を示す必要があるが、現状では装置上の制約が多く、まずは装置の小型化が課題である。

原論文1 Data source 1:
Micro-machining of resists on silicon by proton beam writing
Naoyuki Uchiya, Takuya Harada, Masato Murai, Hiroyuki Nishikawa, Junji Haga,Takahiro Sato, Yasuyuki Ishii, Tomihiro Kamiya
Shibaura Institute of Technology, Japan Atomic Energy Agency
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 260 (2007) pp.405-408

原論文2 Data source 2:
集束プロトンビーム描画による微細加工と型加工への応用
西川宏之、打矢直之、古田祐介、吉田栄治、芳賀潤二、及川将一、佐藤隆博、石井保行、神谷富裕
芝浦工業大学、神戸製鋼所、日本原子力研究開発機構
成形加工 第19 巻, 第5 号2007、pp.276-281

参考資料1 Reference 1:
Proton Beam Writing
Frank Watt, Mark B. H. Breese, Andrew A. Bettiol, and Jeroen A. van Kan
National University of Singapore
Materials Today, Vol.10, No.6, JUNE 2007, pp.20-29

参考資料2 Reference 2:
Fabrication of high-aspect-ratio pillars by Proton Beam Wrinting and Application to DEP-devices
Y. Furuta, N. Uchiya, H. Nishikawa, J. Haga, M. Oikawa, Y. Satoh, Y. Ishii, T. Kamiya, R. Nakao, and S. Uchida
Shibaura Institute of Technology, Japan Atomic Energy Agency, Tokyo Metropolitan University
20th International Microprocesses and Nanotechnology Conference, Digest of Papers, 6A-4-139, pp.340-341 (Nov. 5-8, 2007)

キーワード:集束イオンビーム、プロトン、リソグラフィ、微細加工、電鋳、ナノインプリント 、成形加工、 高アスペクト比構造
focused ion beam,proton,lithography,microfabrication,electroforming,nanoimprint,molding,high-aspect ratio structures
分類コード:010101, 010202, 010305

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