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作成: 2007/11/12 鈴木 敬久

データ番号   :010307
電子線照射下の高分子材料内部における3次元温度分布のイメージングと定量化
目的      :高エネルギー電子線による高分子材料の温度上昇の可視化、宇宙環境における絶縁体の信頼性評価
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
フルエンス(率):8.0×1015/(m2・s)
利用施設名   :日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所1号加速器
照射条件    :通常の大気中
応用分野    :人工衛星、電気絶縁材料、高周波電磁波による温度上昇測定

概要      :
 高エネルギー電子線を高分子絶縁材料に照射したときの試料内部の3次元温度上昇分布を非破壊・非接触・リアルタイムに測定する手法の開発を行った。本研究では感温液晶マイクロカプセルを透明なエポキシ樹脂中に均一に分散した試料を用いて照射実験を行った。スリット状の可視光を試料に入射しながら電子線を照射したとき試料中の温度分布が可視化できることを確認した。また画像処理により温度分布の定量化を試みた。

詳細説明    :
 宇宙機等に使用されている絶縁材料は高エネルギー粒子線に曝されている。このような高エネルギー粒子の絶縁材料内における運動エネルギーの減衰を温度上昇として測定することは入射粒子の振る舞いを知る方法の1つとして有効であり、材料の信頼性評価に利用できる可能性がある。このような背景から本研究では、電子線照射による絶縁材料内部の3次元温度分布の変化を非破壊・非接触・リアルタイムに可視化を行い定量化する新しい技術に関して検討を行っている。
 提案する手法では図1に示すような感温液晶マイクロカプセル(MTLC; Micro-Encapsulated Thermo-Chromic Liquid Crystals)を微少な温度プローブとして用いており、温度は散乱光として観測される。感温液晶の散乱光の波長は温度の上昇と共に短くなることが知られているので、色相は温度が上昇するにつれて、赤→黄→緑→青→紫、などと変化する。


図1 MTLCの構造と機能 Construction and function in MTLC(原論文1より引用)

このような特性を生かして、MTLCを透明な媒質中に均一に分散し、図2のような基本構成を持つ装置を使用するとスリット光が通った断面における媒質内部の2次元温度分布が色相の分布として可視化され、非破壊的な測定が可能になる。散乱光の画像はCCDカメラなどを用いて、時系列データとして取得する。またスリット光源を動かすことによって、任意の断面における2次元データを取得し、それらを再構成することにより3次元の温度分布を得ることが可能である。


図2 温度分布可視化のための実験装置の概略図 Schematic view of visualization set-up for temperature distribution(原論文1より引用)

 図3に電子線照射実験の実験配置の概略図を示す。図に示すように高エネルギー電子線ビームを試料の上部方向から照射し、可視光をスリット状にし、下部から入射することにより、電子線入射時のエネルギー吸収による温度上昇分布を可視化する。電子線の照射実験のために作成した試料はサイズが30mm×30mm×10mmであり、その試料中に呈色範囲が30℃〜40℃のMTLCを0.05wt%均一に分散させた。電子線源は日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所の1号加速器(コッククロフト・ウォルトン型電子加速器)を用いた。照射する電子線の加速エネルギーは1.0MeVとし、電流密度は130nA/cm2とした。また電子線の照射時間は300sである。この実験を実施した際の照射室内温度は19℃であった。可視化された温度分布の時間変化はCCDカメラによって画像としてリアルタイムに記録した。


図3 温度分布測定装置 Temperature measurement system(原論文2より引用)

 電子線照射実験における試料内部の温度分布の変化をリアルタイムに可視化した画像を図4に示す。感温液晶発色により温度分布が可視化された画像から分かるように、電子線照射によって試料内部呈色域が時間とともに変化していることがわかる。電子線照射中は試料上部から下部方向に向けて液晶による呈色領域が移動している。これは電子線の運動エネルギーが試料上部で熱エネルギーに変換されており、試料上部に熱源がある状態になっているからである。照射終了後は、試料外周から徐々に温度が下がる過程を確認できる。なお、電子線照射中は試料上部が発光しているが、これはチェレンコフ光の影響である。電子線照射中のチェレンコフ光の発生している領域においては感温液晶の発色がチェレンコフ光と重なってしまい、感温液晶の発色のみを区別し温度分布を推定することは困難である。


図4 電子線照射による感温液晶発色の時間経過、照射条件A(1MeV, 130nA/cm2) Time dependence of color images of sample including MTLC ( e-beam : 1.0MeV,130 nA/cm2)(原論文2より引用)

 本測定法においてカラーイメージ画像から、温度の定量化を試みた。温度の定量化はRGB表色系からHSI表色系への色座標変換を利用した。ここでHSIとは色相H(Hue)、彩度S(saturation)、明度I(intensity)の3つで定義された表色系である。図5に示すようにH/Iが温度とほぼ1対1対応をすることから、カラーイメージ画像から温度へ変換をすることが可能になる。


図5 感温液晶の温度とH/Iの関係 Hue/Intensity during elevating temperature(原論文2より引用)

 図6にカラーイメージ画像から温度分布を推定した結果を示す。これは図4のイメージを図5の関係性を利用して温度の定量化を試みた例である。図の白と黒で示される領域はそれぞれ40℃以上・30℃以下を示し、MTLCの呈色範囲外の温度領域である。このように本手法を用いることにより、非破壊的に固体試料内部の温度分布をリアルタイムに定量化できる可能性が示された。


図6  電子線照射による試料内部温度分布の時間経過、照射条件A(1MeV, 130nA/cm2)  Calculated temperature distribution ( e-beam : 1.0MeV,130 nA/cm2 )(原論文2より引用)



コメント    :
 物体中の温度分布の非破壊測定は一般的に困難である。感温液晶マイクロカプセルを用いた本技術は、空間分解能・温度分解能の両者共に高く、高性能なリアルタイム3次元温度分布測定を可能にする新しい手法である。この手法は電子線照射だけでなく、高周波電磁界による物体へのエネルギー吸収、電子回路の発熱分布の推定など多くの応用例が考えられる。

原論文1 Data source 1:
感温液晶を用いた高周波電磁界エネルギー吸収の三次元分布測定法
馬場まどか、鈴木敬久、多氣昌生、福永香*、渡辺聡一*
首都大学東京、*情報通信研究機構
電気学会論文誌A、Vol.127,No.8,pp.467-472(2007)

原論文2 Data source 2:
電子線照射下の高分子絶縁材料内部温度分布の可視化および定量化の試み
篠原広樹、三觜健太、田中康寛、高田達雄、鈴木敬久*、福永香**
武蔵工業大学、*首都大学東京、**情報通信研究機構
電気学会、誘電絶縁材料研究会、DEI-07-51, pp.33-38(2007)

キーワード:電子線、高分子絶縁材料、エネルギー減衰、感温液晶マイクロカプセル、3次元温度分布、可視化、定量化、色座標、非破壊
electron beam, high-polymer insulation materials, energy damping, micro-encapsulated thermo-chromic liquid crystals, 3D temperature distribution, visualization, quantitation, color coordinate, non-destructive
分類コード:010101、010202、040305

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