放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2007/10/03 関口 正之

データ番号   :010306
無菌医薬品の製造に対応した新しい電子線照射システム
目的      :医薬品の滅菌及び無菌充填に対応した電子線滅菌システムの開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(50-200kV,3.5〜5mA)
線量(率)   :20-37kGy
利用施設名   :Linac Technology, Orsey, France, SterStar
照射条件    :常温、陽圧クリーンエアー(クラス100)
応用分野    :無菌包装、医薬品/医療機器複合製品、無菌医薬品、食品包装の殺菌、食品容器類の殺菌

概要      :
 製薬産業において、電子加速器は無菌充填システム及び医薬品の最終滅菌に利用される。無菌充填システムでは、滅菌済み製品容器を無菌エリア内に入れる際の表面殺菌に小型の低エネルギー電子線照射装置を組込んだシステムが開発されている。その利用の事例はプレフィルドシリンジや特殊な密封バイアルでのシステムであり、従来のアイソレーターと過酸化水素や光パルス殺菌を組み合わせた方法にはない生産性や多くの利点を併せ持つ。

詳細説明    :
 製薬企業において、無菌医薬品の製造に電子線を用いる場合、低エネルギー電子線の場合は容器等の滅菌であり、無菌充填システムの一部として使用され、高エネルギー電子線の場合は医薬品の最終滅菌として使用される(参考資料1)。無菌充填システムでは、複数の小型電子加速器を使用した連続表面処理システムを組み込み、無菌充填ラインへの微生物汚染のリスクを排除するシステムが開発されている。競合技術としては過酸化水素、パルス光照射による滅菌、その他に二重あるいは三重の外袋使用による汚染の回避策がある(原論文1)。
 電子線法の利点は、生産能力の高さ、残留物質がないこと、FDA及びヨーロッパ規格(EN)の無菌性保証水準に合致していることである。
 プレフィルドシリンジの製造に用いる無菌充填システムの殺菌工程に電子加速器を導入した事例を図1に示す。


図1  Surface decontamination system layout 表面殺菌システムのレイアウト(原論文1より引用)

 この事例では、1)表面殺菌のための電子線照射システム、2)照射時間を制御する自動コンベアシステム、3)全システムの殺菌と無菌エアー層流を持つアイソレーターへの通過領域、から構成される。表面殺菌は、予め滅菌処理されたシリンジが入ったプラスチック容器をアイソレーターによって保護された充填ラインに導入する場所で使用される。電子線で滅菌後、容器はアイソレーターへコンベアで移動し、クリーン環境で容器の蓋をはがしシリンジ内部に医薬品を注入しそして蓋をするものである。すでに製造環境にある表面殺菌ユニットは、一時間あたり36000個のシリンジを処理することができ、しかもその処理速度は可変である。
 使用される電子線加速器の代表的仕様は、底面積40×40cmで高さ80cm程度と非常にコンパクトで、エネルギーは200keV、電流値3.5mAまでの連続電子線を照射することができる。無菌充填システムを含めた全体のサイズも長さ4m×幅3m×高さ2.8mとコンパクトに収まる。なお、プレフィルドシリンジを対象とする場合は、それぞれ120度の角度で配置された3台の電子加速器で3方向から製品を照射する。(参考資料2)。
 次に、電子線による表面殺菌工程におけるエアーフローの概要を図2に示す。


図2  Diagram showing airflow during production 製造時のエアフローを示す図(原論文2より引用)

電子線照射で発生したオゾンを、アイソレーターから陽圧にされた無菌エアーにより電子線照射部位の手前上部にある排気管から外気と希釈し排出する構造を持つ。また装置立ち上げ時にはアイソレーターと同時にこのベルト移送区間も蒸気状過酸化水素により滅菌する必要がある。このようなことから、移送用のベルトはオゾンや過酸化水素及び電子線照射で生じるX線に対して抵抗性を持つ材質であることが要求される。(原論文3)
 近年、医薬品用のプラスチック製の密封バイアルの無菌充填に電子線照射システムを組み込んだシステムも報告されている。(原論文3)
 この無菌充填システムのレイアウトを図3に示す。


図3  The closed vial filling line 密封バイアル充填ライン(原論文3より引用)

 密封バイアルは予めガンマ線滅菌され、バイアルの外側を滅菌するために電子線照射が行われる。無菌充填工程では熱可塑性樹脂製のバイアル栓を通して特殊な注射針により溶液を注入し、その後針の貫通穴をレーザー光線で溶融再密封する。
この方法の特徴は、RABS(Restrict Access Barrier System)と呼ばれアイソレーターで必要とされるバイアル洗浄機、乾熱エアーバイアル滅菌トンネル、ストッパー洗浄機、滅菌器を必要としないためコストとクリーンルームスペースの削減に寄与する。また、充填ラインの環境に滅菌バイアルを曝さない、微粒子及びガラス微粒子が非常に少ない、バリア内で微粒子を発生させる打栓作業がないという利点を持つ。
 このような、新規の無菌充填システムは継続した信頼性試験の実施と対象を溶液系だけでなく凍結乾燥された生物製剤等への応用も今後の課題とされている。

コメント    :
 製薬産業における電子線の利用目的は、医薬品そのものの最終滅菌と、無菌充填プロセスにおける外界からの微生物汚染を阻止するためのバリアとしての使用である。最近では感染防止と迅速な治療を実現するため医薬品と医療機器を複合した製品に対するニーズが高まっており、最終滅菌と無菌充填という二つの分野での電子線照射が検討されている。特に、無菌充填というインラインシステムの中でも高度の信頼性と安全性を要求される分野への利用に関しては電子加速器の稼働安定性だけでなく小型化と保守管理及び運転の容易さ、コスト的な合理性というハードルを乗り越える必要がある。現在製薬の無菌充填に関する規制は一段と厳しくなりアイソレーターを含めた高度なシステム開発が進められ、その中で非常にコンパクトな電子加速器を組み込んだシステムの有用性も見いだせる。また、これに関連して国内では、千寿製薬が点眼薬に電子線照射を開始している。

原論文1 Data source 1:
A new e-beam application in the pharmaceutical industry
Theo Sadat, Fiona Malcolm
LINAC Technologies
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 240 (2005) 100-104

原論文2 Data source 2:
SterSter system: continuous sterile transfer by e-beam
Didier Morisseau, Fiona Malcolm
LINAC Technologies
Radiation Physics and Chemistry 71 (2004) 555-558

原論文3 Data source 3:
Aseptic filling of closed, Ready to Fill Containers
Jacques Thilly, Doris Conrad, Christian Vandecasserie
Aseptic Technologies
Pharmaceutical Engineering ISPE 26 No.2 March/April (2006)

参考資料1 Reference 1:
Development of a process using electron beam for a terminal sterilization for parenteral formulations of pharmaceuticals
D.Matagne, N. Delbar, H.-J.Hartmann, M.Gray, M.Stickelmeyer
Eli Lilly and Company
Radiation Physics and Chemistry 71 (2004) 421-424

参考資料2 Reference 2:
E-Beam - a new transfer system for isolator technology
Theo Sadat, Thomas Huber
Thomson - CSF Linac
Radiation Physics and Chemistry 63 (2002) 587-589

キーワード:医薬品、滅菌、電子線、インラインシステム、無菌充填、低エネルギー電子、アイソレーター、表面殺菌、GMP、自己遮蔽
pharmaceuticals, sterilization, electron accelerator, in-line system, aseptic filling, low energy electron, isolator, surface sterilization, good manufacturing practice, self-shielded
分類コード:010401,010402,010404

放射線利用技術データベースのメインページへ