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作成: 2006/12/22 西 義武 岩田圭祐

データ番号   :010304
電子線照射による医療用防曇処理
目的      :電子線照射による透明材料の曇り止め効果の発現
放射線の種別  :ベータ線,電子
放射線源    :タングステンフィラメント(170keV,2mA)
線量(率)   :0.0432 MGy (0.188 MGy/s)
利用施設名   :東海大学 未来科学技術共同利用研究所
照射条件    :窒素気流中、大気圧、50℃以下、酸素濃度400ppm以下
応用分野    :歯科用ミラー、内視鏡用レンズ、保護メガネ

概要      :
 本稿では、医療器具に用いられる種々の材料に電子線を照射し、防曇効果を検討した。多くの材料で防曇効果を確認した。これらレンズ材料の防曇効果のメカニズムは、主に、終端元素や吸着物質の変化、電荷のチャージング、ダングリングボンドの生成が起因し、水分子が吸着し易くなったため、クリアタイム(飽和水蒸気中で曇った試料を大気中に置き、曇りが消える時間)が向上したと考察した。

詳細説明    :
 近年の医学の発展により、医療器具の開発や改良が盛んに行われている。特に内視鏡に代表される光学機器の発展が目覚しい。しかしながら、内視鏡を体内に入れたとき、内視鏡レンズの最表面温度が体内温度よりも低いとレンズの最表面に曇りが生じる。その結果、長時間の手術となり、医師や患者にかかる負担が大きくなるため、今日では様々な防曇処理が用いられる。そこで、本稿は、殺菌効果も期待できる電子線照射による防曇処理と題して、主に医療機器に用いられている材料を用いて、医療現場にて問題となっている曇りに焦点を当て、本研究室にて開発した防曇技術を簡潔に概説したものである。
 
 歯科用ミラー[図1(a)]は、生体から発生する蒸気でミラー表面が曇り、治療に大きな支障をきたす恐れがある。そのため、曇りの改善は重要な問題である。歯科用レンズには簡便に行える曇り止め処理が必要である。図2に電子線照射線量による歯科用ガラスのクリアタイムの関係を示す(原論文1)。これにより、電子線照射が歯科用ミラーの曇り止めに有効であることを見出した。


図1 Schematic drawings of dentist mirror (a) and endoscopes(b). 歯科用ミラーおよび内視鏡の模式図



図2 Change in clear time of dentist mirror against EB irradiation dose. 電子線照射線量による歯科用ミラーのクリアタイムの関係

 
 現在、サファイアレンズは、高硬度であるため傷つきにくく、耐薬品性であり、可視光内では透明であるため、内視鏡用レンズや工業用窓材料として用いられている。図1(b)に内視鏡の模式図を示す。しかしながら、体内で内視鏡に曇りが発生し、医師の蓄積疲労や集中力を阻害することにより、手術時の医療過誤を引き起こす大きな原因となる。そこで、電子線照射によってサファイアレンズの曇りを抑制・制御し、殺菌・防曇処理を開発することを目的とした。
 
 防曇効果は飽和水蒸気中で曇った試料を大気中に置き、曇りが消える時間(クリアタイム)で、評価した。図2に示すように、電子線照射により試料表面のクリアタイムが減少する(原論文2)。 これは、電子線照射により試料表面に極性分子が生成され、クリアタイムが減少すると考察した。
 
 さらに、今日では、悪性腫瘍の早期発見に、さらに新しい内視鏡が望まれているが、レンズ材には、赤外線をよく透過するダイヤモンドが内視鏡用レンズとしての利用が期待できる(図3参照)。すなわち、ダイヤモンドは他のレンズ材に比べ、高硬度、真空中、高温下でも安定な材料であるだけでなく、図3に示すように、熱伝導性が高い。これは、サファイアレンズやシリカを主成分とするガラスよりも水滴の初期蒸発が速くなる可能性が高い。つまり、更なる電子線の効果が期待できた。


図3 Relationship between clear time and thermal conductivity. 各材料のクリアタイムと熱伝導性の関係


 図2に電子線照射線量によるダイヤモンドレンズのクリアタイムの関係を示す。ダイヤモンドのクリアタイムは他のレンズより小さいが、電子線照射により減少し、1.5MGy照射した場合では、表面の曇りが測定できないほどの防曇効果があることを確認した(原論文3)。
 
 内視鏡用曇り止め処理として実用化するためには、曇り止め効果が持続することは重要である。内視鏡手術の時間は数分から数時間である。そこで、ダイヤモンドの防曇効果の持続性を確認した。図4に1.5MGy電子線照射したダイヤモンドのクリアタイムと経時時間の関係を示す。仮に人間が曇りを苦と感じない時間を3秒とすると、3秒以下となる防曇効果継続時間は約3時間であることが確認できた。これは、手術にて内視鏡を数本用いるとした場合、防曇時間が、十分であることを確認した(原論文3)。


図4 Change in clear time of diamond against aging time by 1.5 MGy EB irradiation dose. 1.5MGy電子線照射したダイヤモンドのクリアタイムと経時時間との関係

 
 高分子材料は、軽量で安価であるため、大量生産に向いている。このため、医療用防護メガネなどに使用されている。また防護メガネの長時間使用により、レンズに曇りが生じてしまえば、医師にかかる負担は増大する。そこで防護メガネに使用されている透明高分子に電子線照射を行い、クリアタイムに及ぼす電子線の影響について検討した。
 
 図2に各高分子材料における電子線照射とクリアタイムの関係を示す。この図より、いずれの高分子材料においても、クリアタイムの減少を確認した(原論文4)。これは、電子線照射により試料表面の結合が切れ、ダングリングボンドが生成・増加することにより、クリアタイムが減少すると考察した。
 
 以上の結果より電子線照射によって多くの材料で防曇効果を確認した。これらレンズ材料の防曇効果のメカニズムは、主に、終端元素や吸着物質の変化、電荷のチャージング、ダングリングボンドの生成が起因し、水分子が吸着し易くなったため、クリアタイムが向上したと考察している。

コメント    :
 一般的な防曇処理では、使用中、常に内視鏡などのレンズ材料へ熱などの外部エネルギー供給を利用しなければならない、しかし、本論文で紹介した、低エネルギーの電子線照射であれば、殺菌・防曇処理が1秒以下の短時間処理で数時間保持ができる。さらに、イオンスパタリングと異なり残留ガスが生じないことも、将来の高度医療では重要な因子となりえる。これらは極めて工業的・学術的に非常に興味深いものである。

原論文1 Data source 1:
Effect of electron beam irradiation on time to clear vision of misted dental mirror glass
Y. Nishi, K. Oguri, K. Fujita, M. Takahashi, Y, Omori, A, Tonegawa, N. Honda, M, Ochi and K, Takayama
東海大学 工学部 材料科学科
Journal of Material Research, 13(12), 3368-3371 (1998).

原論文2 Data source 2:
Law Predicting the Time Required to Achieve Clear Vision on Misted Transparent Inorganic Materials Irradiated by an Electron Beam
K. OGURI & Y. NISHI
東海大学 工学部 材料科学科
Materials Transaction, 45 (4) 1346-1349 (2004)

原論文3 Data source 3:
Misting-free diamond surface created by sheet electron beam irradiation
K. OGURI, N. IWATAKA, A. TONEGAWA, Y. HIROSE, K. TAKAYAMA and Y. NISHI
東海大学 工学部 材料科学科 
Journal of Materials Research, 16(2), 553-557 (2001)

キーワード:電子線照射、防曇、クリアタイム、ダイヤモンド、サファイアレンズ、歯科用ミラー、内視鏡、ポリマー
electron beam irradiation, mist resistance, clear time, diamond, sapphire lens, dentist mirror, endoscopes, polymer
分類コード:010402

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