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作成: 2006/10/27 石川 法人

データ番号   :010296
高エネルギーイオン照射による磁性合金の改質
目的      :高密度磁気媒体材料作製法の技術開発
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :イオン加速器(100MeV-数GeV, 数nA)
フルエンス(率):1012-1015/cm2
線量(率)   :―――
利用施設名   :日本原子力研究開発機構(旧日本原子力研究所)東海研究開発センタータンデム加速器、理化学研究所リングサイクロトロン加速器、ドイツ重イオン科学研究所(GSI)シンクロトロン加速器
照射条件    :室温、真空(10-7Torr(1.3 × 10-5 Pa)台)
応用分野    :高密度磁気媒体

概要      :
 Fe-Niインバー合金に100MeV〜GeVレベルの高エネルギーイオンを照射すると、キュリー温度が上昇することを発見した。また、照射量の増加に伴い、キュリー温度が上昇する。照射するイオン種、イオンエネルギーによっても、キュリー温度上昇幅が異なる。このイオン照射効果は、Fe:Ni組成比変化あるいは実効圧力変化を介して生じていると考えられる。

詳細説明    :
 35%程度のNi濃度を持つFe-Ni合金は、非常に低い熱膨張率を示すことが知られており、室温付近では温度変化に対する寸法変化がほとんどない(invariable)という性質を持つがゆえにインバー(invar)合金と呼ばれる。この低い熱膨張率という機能を生かして、インバー合金材料は時計などの精密機械部品として利用されている。
 
 インバー合金の低い熱膨張率は、結晶構造と磁気的性質との間に強い相関があるというインバー合金特有の特徴に起因するものである。つまり、結晶構造変化が敏感に磁気的性質に影響を与える。そこで、もしイオン照射によって結晶構造を変化させれば、結果的に局所的な磁性を改質できると期待できる。インバー合金の高密度磁気媒体としての利用も視野に入ってくる。
 
 そこで、まずGeVレベルの高エネルギーイオン照射を理化学研究所でのリングサイクロトロン及びGSI(Gesellschaft für Schwerionenforschung)線型加速器において行った。その結果、3.54GeV Xeイオン照射、2.71GeV Uイオン照射によって、1011ions/cm2以上の照射量レベルでキュリー温度(強磁性―常磁性転移温度)が上昇した。また、照射量の増加に伴って、キュリー温度が上昇した。同じエネルギーレベル(数GeV)では、入射イオンの質量が重い方がキュリー温度上昇幅が高い。このイオン照射効果は、Fe:Ni組成比変化あるいは実効圧力変化を介して生じていると考えられる。


図1 Mean value of Curie temperature, , as a function of ion-fluence for Xe ion irradiation and U ion irradiation Xeイオン照射とUイオン照射について平均キュリー温度()の照射量依存性. This article was published in Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 209, A. Iwase, Y. Hamatani, Y. Mukumoto, N. Ishikawa, Y. Chimi, T. Kambara, C. Mueller, R. Neumann, F. Ono, Anomalous shift of curie temperature in iron-nickel Invar alloys by high-energy heavy ion irradiation, 323-328, Copyright Elsevier (2003). (原論文1より引用)

 
 さらに、入射イオンエネルギーの変化がキュリー温度に与える影響を調べるために、理化学研究所でのリングサイクロトロンにおいて3.71GeV Taイオンを3枚の試料を重ねた条件下で照射実験を行った。この照射条件は、3枚とも同じ照射量で照射されることを保証できると同時に、30μmの厚さの圧延試料3枚を通過する間にエネルギーが減衰する影響を調べることができる。3.71GeV TaイオンのFe-Ni合金中の飛程は、78μmである。つまり、1、2枚目でエネルギーを次第に失い、最終的に3枚目の試料内でイオンが止まる。
 
 入射する1枚目の試料をサンプルA、2枚目をサンプルB、3枚目をサンプルCとすると、キュリー温度上昇幅ΔTcはΔTc(A)< ΔTc(B) <ΔTc(C)の順で大きくなっていく。エネルギーの減少に伴い、キュリー温度上昇幅が大きくなる。この結果は、電子的阻止能(試料の電子系に伝達されるエネルギー密度)だけに起因するモデルでは説明できない。核的阻止能(弾性衝突により試料に伝達されるエネルギー密度)に起因するモデルで説明可能である。


図2 The shift of Tc for non-irradiated and three irradiated samples plotted against the order of the position at irradiation 未照射試料と3つの照射試料について照射順に並べたTc変化. This article was published in Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 230, F. Ono, S. Komatsu, Y. Chimi, N. Ishikawa, A. Iwase, T. Kambara, Effect of GeV-Ion irradiation on magnetic properties of Fe-Ni invar alloys, 279-283, Copyright Elsevier (2005).(原論文2より引用)

 
 さらに、入射イオン(Xeイオン)のエネルギーを200MeVから50MeVまで変化させて、しかも合金試料中でイオンが全て止まる(突き抜けない)照射条件での照射実験を行った。その結果、どのイオンエネルギーで入射しても、キュリー温度上昇幅がほとんど変化しないことが分かった。200MeV-50MeVのイオンは、最終的に試料内で止まる直前に全て同じ核的阻止能の最大値を持つので、照射によるキュリー温度上昇が核的阻止能に起因するというモデルの正当性を確認できる。ミクロな欠陥形成によって、構成原子間の距離が変化し、結果的にマクロな磁気的性質が制御されていると考えられる。
 
 ここまで磁気的相転移温度がイオン照射によって制御できる可能性について述べた。常磁性体中に、イオン照射によって強磁性領域を導入できれば、高密度磁気媒体としての応用が期待できる。


図3 AC-susceptibility-temperature curves observed before and after 50-200MeV Xe-ion irradiation to the fluence of 2x1012 ions/cm2 50-200MeV Xeイオンを2x1012 ions/cm2の照射量まで照射する前後でのAC帯磁率と温度の関係. This article was published in Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 230, F. Ono, S. Komatsu, Y. Chimi, N. Ishikawa, A. Iwase, T. Kambara, Effect of GeV-Ion irradiation on magnetic properties of Fe-Ni invar alloys, 279-283, Copyright Elsevier (2005).(原論文2より引用)



コメント    :
 磁性をイオン照射により変化させる技術の利点は、照射量、照射イオンエネルギー、照射イオン種などの照射パラメータをコントロールすることにより磁性自体を高精度に制御できることが出来る技術であること、さらに熱アニール法とは異なり試料過熱しない常温改質法であり、処理時間が比較的少ない省時間の技術であることが挙げられる。さらに、電子系へのエネルギー伝達が磁性改質に大きく関与しているならば、イオンの飛跡一つ一つに沿ってナノメートルレベルの改質領域が形成されている可能性が高い。もしそのような改質が可能になれば、それぞれの微小改質領域にデジタル情報を記憶させる高密度磁気媒体材料を作製する技術として有望である。

原論文1 Data source 1:
Anomalous shift of curie temperature in iron-nickel Invar alloys by high-energy heavy ion irradiation
A. Iwase, Y. Hamatani, Y. Mukumoto*, N. Ishikawa, Y. Chimi, T. Kambara**, C. Mueller***, R. Neumann***, F. Ono*
Japan Atomic Energy Research Institute (JAERI), *Okayama University, **The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN), ***Gesellschaft für Schwerionenforschung (GSI)
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 209, 323-328(2003).

原論文2 Data source 2:
Effect of GeV-Ion irradiation on magnetic properties of Fe-Ni invar alloys
F. Ono, S. Komatsu, Y. Chimi*, N. Ishikawa*, A. Iwase*, T. Kambara**
Okayama University, *Japan Atomic Energy Research Institute (JAERI), **The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN)
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 230, 279-283(2005).

キーワード:イオン照射、インバー合金、キュリー温度、加速器、イオン種、フルエンス、照射量、磁性、核阻止能
ion irradiation, Invar alloy, Curie temperature, accelerator, ion spiecies, fluence, irradiation dose, magnetism, nucleus stopping power
分類コード:010205,010207

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