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作成: 2006/10/29 高廣 克己

データ番号   :010295
イオン照射による固体表面上ナノパターン形成
目的      :低エネルギーイオンビーム照射で形成される表面ナノ構造の基礎とその応用
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :低エネルギーイオン銃
フルエンス(率):1017-1019/cm2
利用施設名   :Leibniz表面改質研究所(独国・ライプチヒ)半導体研究所(独国・ダルムシュタット)
照射条件    :真空,室温
応用分野    :量子ドット,光デバイス,ナノ回路

概要      :
 固体表面に数100 eV〜数10 keV程度のイオンを5〜70°傾けた方向から照射すると、スパッタリングと構成原子の表面拡散により、ナノメートルサイズのリップル(ナノリップル)が周期的に形成される。また、垂直入射や照射中に試料を回転させる場合、自己組織化により周期的なドットが形成される。ここでは、イオン照射によるパターン形成とその応用について紹介する。

詳細説明    :
 固体表面にエネルギー数100 eV〜数10 keVのイオンを照射すると、スパッタリングによる表面浸食と表面原子の拡散により、ナノメートルサイズの周期を有する「リップル」(ナノリップル)や「ドット」が形成される。現在、この技術を光デバイス等のための大面積ナノ構造体形成に適用することが考えられている。これまで、イオンを5〜70°傾けた方向から照射すると、リップルが形成され、垂直入射および試料を回転させながらの照射ではドットが形成されることが報告されている。以下に、Si表面上のリップル形成および量子ドット形成を目的としたGaSb表面上のドット形成について紹介する。
 
 イオンビームを固体表面に入射すると,図1(a)のように,入射イオンの軌跡(赤線)に沿って,入射イオンと標的原子および標的原子同士の弾性衝突による衝突カスケード(緑線)が形成される。表面近傍での衝突カスケード形成の結果,表面から標的原子が放出される「スパッタリング」が生じる。さらに,スパッタリングによって凹凸表面が形成されると,凹面と凸面ではスパッタ収量が異なるために,ますます凹凸の差が顕著となる。図1の凹面上の点Aと凸面上の点Bを比較すると,衝突の度合い(衝突カスケードの密度)は,点Aの方が高い。これは,点Aから衝突カスケードの中心までの距離(長さA-PおよびA-R)が,点Bから衝突カスケードの中心までの距離(長さB-SおよびB-U)よりも短いことで説明される。ここで,衝突カスケードの密度が高いほど,スパッタ収量が高くなることを考えると,点Aの方が点Bよりも早く浸食される。このような凹面と凸面でのスパッタ収量の違いに起因して,表面形態変化が生じると考えられている。さらに,ナノパターン形成を説明するためには,凹凸面での照射誘起拡散や粘性流による表面平坦化を考慮する必要がある。表面形態変化を説明するためのモデルや理論は存在するが,実験結果とは必ずしも一致しないのが現状である。


図1 図1 (a) イオンビームを固体表面に入射したときの入射イオンの軌跡(赤色)と衝突カスケード(緑色)。(b) 凹面および (c) 凸面へのイオンビーム照射の模式図。図中の点線は,衝突カスケードの広がりを表す。

 
 次にパターン形成の実例を示す。図2は単結晶Si(100)表面に2 keV Xe+イオンを照射量6.7×1018 cm-2照射したときの表面を観察した原子間力顕微鏡(AFM)像である。ビーム電流密度は300μA/cm2程度で照射時間は3600秒(1時間)であった。イオンビームの入射角度は法線(表面に対して垂直)方向に対して(a)、(b)、(c)それぞれ5°、45°、75°である。入射角度5°の場合、入射投影方向と平行に波長77 nmの自己組織化リップルが観察される。このようなリップルパターンは入射角度30°までの照射で観察された。また、より高照射量のイオン照射では、リップル構造の消失あるいは新規リップル構造の出現は観察されなかった。入射角度45°では、パターンの無い平坦な表面となる。さらに大きい入射角度で照射すると、表面荒れが顕著となる。表面形態変化の入射角度依存性はAr+およびKr+イオン照射でも同様であった。しかし、Ne+イオン照射では、どの入射角度でもリップルパターンは観察されなかった。これは、Ne+入射の場合,他のイオンに比べて、リップル構造を形成するために必要なスパッタリングが十分でないためであろう。


図2  AFM images of Xe+ ion-beam-eroded Si surfaces (ion inluence of 6.7×1018 cm-2, Eion=2000 eV) at different ion incidence angles: (a) 5°, (b) 45°, and (c) 75°. The image sizes are 3 μm×3μm (a), (b) and 6 μm×6 μm (c). Note the deviating (vertical) z scales. The cross-section profiles show the height modulations along the white lines (2 μm in length) indicated in the AFM images. 種々の入射角度:(a) 5°、 (b) 45°、 (c) 75°でXe+ イオンビーム照射されたSi表面のAFM像(イオン照射量は6.7×1018 cm-2、入射エネルギーEionは2000 eV)。像のサイズは(a)と(b)が3 μm×3 μm,(c)が6 μm×6 μm。z軸(垂直)スケールが異なっているので、注意が必要。断面プロファイル(下図)は、AFM像中の白線(長さ2 μm)に沿った高さの変動を示す。Reprinted Fig. 1 with permission from B. Ziberi, F. Frost, Th. Höche, B. Rauschenbach, Phys. Rev. B, 72, 235310 (2005). Copyright(2005) by the American Physical society.(原論文1より引用)

 
 量子ドット形成を目的として,単結晶GaSb(100)表面に420 eV Ar+イオンを表面の法線方向から照射し表面形態変化を検討した。ビーム電流1.6 mAで照射量(A)4×1017 cm-2、(B) 2×1018 cm-2、(C) 4×1018 cm-2照射したときの表面を観察した走査型電子顕微鏡(SEM)像において、いずれも表面上に規則的に並んだドットが認められた。またドットの直径分布を調べたところ、照射量が増えると、ドットの平均サイズが大きくなることが分かった。さらに単結晶AlSb基板上の膜厚500 nmのエピタキシャルGaSb膜についても同様なナノドット形成が観察された。またフォトルミネッセンス測定の結果、AlSb基板上のGaSbナノドットに量子閉じ込め効果が見いだされ、ナノドットが量子ドットとして機能することが明らかになった。しかし、イオン照射により形成される厚み数nmの損傷層が残留する問題を解決しなければならない(原論文2)。
 
 イオン照射によるナノパターン形成技術が広範囲で応用されることが期待される。一例として、イオン照射によってナノパターン形成された表面を金属ナノ粒子の規則的配列のためのテンプレートとして応用する研究が報告されている。 詳細は参考資料1を参照されたい。

コメント    :
 スパッタリングによりナノパターンが形成される現象は、イオンビーム・固体表面相互作用の観点から非常に興味深い。ナノパターン形成に特別なイオン加速器を必要とせず、比較的安価な低エネルギーイオン銃を用いることは、当技術が幅広い分野で応用される上で重要な要素であり、今後の展開が期待される。

原論文1 Data source 1:
Ripple pattern formation on silicon surfaces by low-energy ion-beam erosion: Experiment and theory
B. Ziberi1, F. Frost1, Th. Höche1,2, B. Rauschenbach1
1Leibniz-Institut für Oberflächenmodifizierung e. V, Germany 23D-Micromac AG, Germany
Phys. Rev. B 72, 235310 1-7 (2005)

原論文2 Data source 2:
Formation of Ordered Nanoscale Semiconductor Dots by Ion Sputtering
S. Facsko1, T. Dekorsy1, C. Koerdt1, C. Trappe1, H. Kurz1, A. Vogt2, H. L. Hartnagel2
1Institute of Semiconductor Electronics, Germany
2Institut füche;r Hochfrequenztechnik, Germany
Science 285, 1551-1553 (1999)

参考資料1 Reference 1:
Ordered arrays of Ag nanoparticles grown by constrained self-organization
Pradeep Sharma, C. Y. Liu, Chen-Feng Hsu, N. W. Liu, Y. L. Wang
Institute of Atomic and Molecular Sciences, Academia Sinica, Taiwan
Appl. Phys. Lett. 89 163110 1-3 (2006)

キーワード:低エネルギー,イオン照射,スパッタリング,表面拡散,自己組織化,Si,GaSb,量子ドット,ドット形成,リップル形成,テンプレート
low energy, ion irradiation, sputtering, surface diffusion, self-organization, Si, GaSb, quantum dot, dot formation, ripple formation, template
分類コード:010305, 010103, 010206

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