放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2006/12/26 市川 恒樹

データ番号   :010293
分解部分を分子設計した放射線レジスト用ポリマー
目的      :放射線リソグラフィー用高感度・高分解能レジストポリマーの開発
放射線の種別  :エックス線,ガンマ線,電子,軽イオン,重イオン
放射線源    :制限なし
フルエンス(率):制限なし
線量(率)   :分子設計により調整可能
利用施設名   :北海道大学
照射条件    :大気中、真空中、室温、低温
応用分野    :電子工業、微細加工、放射線リソグラフィ、EUVリソグラフィー、電子線リソグラフィー

概要      :
 エステル結合の両側にリビングラジカル重合開始点を有するベンジルエステルあるいはその類似化合物を重合開始剤に用いて得た分子量の揃ったポリマーに、高エネルギー光あるいは粒子線を照射すると、イオン化で生じた電子が選択的にベンジルエステルに捕獲され、エステル結合を切断する。この高分子をポジ型放射線レジストとして使用すると、分解生成物の分子量も一定となるので、リソグラフィーの高感度、高分解能化が図れる。

詳細説明    :


図1 分解部分を分子設計した放射線レジスト用ポリマーの概要

 
 EUV光やSR光、X線、電子線などを光源とする放射線リソグラフィーは、高い集積度を有する電子回路作成用次世代リソグラフィーとして注目されている。このためのレジスト材料には、数nm程度の空間分解能を有する、放射線感度の高い高分子が要求される。高分解能の放射線レジストとしてはPMMAが有名だが、この高分子は放射線による分解が主鎖上でランダムに起こるため、統計的に生じた長い断片が感度の低下を招く。また、その後のプラズマエッチング時に短い断片が生じると、これがエッチング耐性の低下を招く。放射線によって高分子主鎖を等分に分割できれば、感度の向上のみならず、空間分解能、エッチング耐性の向上も期待される。
 
 上記の性能を有する高分子として、エステル結合の両側にリビングラジカル重合開始点を有するベンジルエステルを合成し、これにモノマーを重合させて得た高分子に放射線を照射し、分解性能を調べた。その概要を図1に示す。実現すべき分子は、露光によって与えられたエネルギーを分子内の特定位置に集め、化学結合切断反応を起こす能力を有する必要がある。可視光や紫外光と異なり、放射線エネルギーは分子内のどの位置でも吸収され、その部位をイオン化するが、生じた電子は分子内外を動き回り、周囲よりも電子親和力の高いベンジルエステルに捕獲されるので、結果的に放射線エネルギーを特定位置に集めたことになる。電子はエステル結合の反結合性軌道に入って結合を弱め、結合を切断して安定なカルボン酸アニオンとベンジルラジカルとを作る。
 
 ポリマーの合成例を図1に示す。ベンジルエステルの両端に安定なニトロキシドラジカルであるテトラメチルピペリジノオキシル(TEMPO)を結合させたものを重合開始剤とする。これを加熱すると、TEMPOは解離状態と非解離状態を行き来し、平衡状態となる。モノマーが存在すると、解離状態で生じた開始剤ラジカルとモノマーが反応して重合が1段進むが、TEMPOはすぐにラジカル点に戻ってしまい、重合は休止する。このためラジカルの定常濃度は低く、ラジカル同士の結合による重合停止反応は遅いので、反応はリビング重合となり、分子量の揃ったポリマーを得ることができる。重合開始剤としては、臭化物をベンジルエステルの両端に結合させたものもある。重合補助剤として銅の一価錯体を加えると、加熱によって銅錯体と開始剤との間で臭素の移動反応が生じるので、TEMPOの場合と同様,リビングラジカル重合が進行する。


図2 重合開始剤の分子構造と重合メカニズム

 
 TEMPOを結合させた開始剤を用いて合成したポリスチレンを0.3モル%程度有機溶媒に加え、室温にて放射線照射した際の分子量分布変化を図3の左に示す。分子量30000のポリマーが、主として溶媒のイオン化で生じた電子をすべて捕捉し、分子量15000のポリマー2本になることがわかる。図3の右に示したように、溶媒無しで高分子を放射線照射した場合にもポリマーは真ん中から切れるが、その効率は溶液中ほど良くはない。これはベンゼン環の放射線保護効果によって2次電子自体の生成効率が低下するためである。しかしながら、アルキル基などの脂肪族系化合物を側鎖に持つモノマーを用いると、吸収放射線エネルギー100eV当たり1回程度の結合切断を起こせる可能性がある。


図3 ベンジルエステル基を主鎖の中央に持つポリスチレンの、放射線照射前後の分子量分布

 
 以上、ベンジルエステルなど、解離性電子捕獲能を有する基を高分子主鎖の一部に組み込むと、放射線によってその部位だけが切断されるため、高感度、高空間分解能かつ高プラズマエッチング耐性を有する放射線レジスト用ポリマーを作成できることがわかった。

コメント    :
 当該論文では放射線によって1/2に切断される高分子について述べているが、複数個の基を主鎖内に組み込めば、放射線によって3等分や4等分される高分子を作ることもできる。

原論文1 Data source 1:
Construction of a Polymer Skeleton That is Cut in Half by Ionizing Radiation
T. Shimizu, T. Ichikawa
Graduate School of Engineering, Hokkaido University
J. Polym. Sci., A 43,1068-1075(2004)

原論文2 Data source 2:
Application of living radical polymerization to the synthesis of resist polymers for radiation lithography
T. Shimizu, T. Ichikawa
Graduate School of Engineering, Hokkaido University
Nucl. Instr. Meth., B236, 468-473 (2005)

キーワード:放射線レジスト、ポジ型レジスト、EUVリソグラフィー、電子線リソグラフィー、解離性電子捕獲、リビングラジカル重合、ベンジルエステル、分子量分布
radiation resist, positive resist, EUV lithography, electron beam lithography, dissociative electron capture, living radical polymerization, benzyl ester, molecular weight distribution
分類コード:010305,010304

放射線利用技術データベースのメインページへ