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作成: 2005/9/6 放射線利用技術データベース工業分野専門部会事務局

データ番号   :010290
電子線照射による銀ナノワイヤの形成
目的      :アスペクト比の高い銀ナノワイヤの連続的製造
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子顕微鏡の電子線(300kV)
フルエンス(率):4.2×107 electrons/μm2・s
線量(率)   :6.3 ×1010 electrons/μm2
利用施設名   :(独)産業技術総合研究所四国センター電子顕微鏡
照射条件    :真空(電子顕微鏡の試料室内程度の真空度)
応用分野    :半導体分野(電子デバイス材料) 環境分野(抗菌材料、触媒材料)

概要      :
 イオンが内部を自由に動き回れる構造をもつNASICON(ナトリウム超伝導体、固体電解質)構造の銀イオン担持リン酸ジルコニウム系化合物の電子線照射により、直径が数〜数10nm、アスペクト比2000以上の銀ナノワイヤが連続的に形成される現象を発見した。この現象と形成メカニズム及び半導体デバイス等への応用の可能性について述べる。

詳細説明    :
 近年半導体の高集積度化が進み、回路をナノオーダーの細線で配線するための研究が盛んに行われている。銀は電気伝導性がすべての金属の中で最も優れているため、ナノワイヤを形成する研究が進められ、カーボンナノチューブなどをテンプレートにする方法が発表されている。しかし、この方法ではアスペクト比は数100以上に達するが、長さは数ミクロン以下のものしか得られていない。
 
 槇田らは、特殊なイオン交換体であるNASICON構造(下記注参照)の銀イオン担持リン酸ジルコニウム系化合物に電子線を照射することにより、著しくアスペクト比が高く、しかも長い銀ナノワイヤが形成されることを見いだした。
 
 銀イオン担持NASICONは、次のように調製した。まず、NASICON粉末(量論的化学式Na2.5Zr2Si1.5P1.5O12)を、ZrOCl2・8H2O水溶液とNa2O・3SiO2とNaOHの混合水溶液をNa2HPO4・12H2O水溶液に同時滴下混合して生じる沈殿を1200℃で乾燥することにより調製した。次いで、この粉末の塩酸処理によりプロトン担持NASICON粉末を得た後、硝酸銀水溶液処理により銀イオン担持NASICONを得た。最終生成物の化学式は、Ag2.3Na0.2Zr2Si1.5O12である(銀含有率30wt%)。
 
 銀イオン担持NASICON粉末を電子顕微鏡観察用のプラスチックフィルムグリッドに載せ、300kV 6.8×10-12A/μm2 (4.2×107 electrons/μm2・s)の条件下で透過型電子顕微鏡観察を行った。
 
 25分間観察(電子線照射)を継続すると、図1のように粉末表面上のナノ粒子などから長いナノワイヤが成長した。このナノワイヤは蜘蛛の糸のように紡ぎ出され、直径が26nm、長さが52μmであった。図中のAがオリジナル粒子、Bがナノワイヤのベース、Cがナノワイヤの先端である。


図1 TEM micrograph of a matrix, nanowaires and nanoparticles. The nanowaires and nanoparticles were produced by electron beam irradiation at 300kV for ca. 25min. Inset (top left) is an selected area electron diffraction pattern of a part of the nanowire. Inset (bottom right) is a magnified image of the matrix.マトリックス、ナノワイヤ、ナノ粒子の透過型電子顕微鏡写真 300kVの電子線で25分間の照射によりナノワイヤとナノ粒子が生成した。左上の挿図は、ナノワイヤ部の制限視野電子線回折パターンである。右下の挿図は、マトリックスの高倍率像である。Chem. Lett., 928-929 (2002)(日本化学会)から許可を得て転載。(原論文1より引用)

  
 X線解析結果から、ナノワイヤ部の銀含有率は、99.48%であること、また、図中のナノワイヤ部の電子線回折像からナノワイヤは、面心立方構造の銀の金属結晶であることがわかった。ナノワイヤの直径と長さからアスペクト比は、2000と算出され、これまでに報告されているナノワイヤの中で最高のものである。
 
 これらのことから、図1中のナノワイヤは結晶状の銀金属からなり、銀は、Ag+ + e → Ag0 の還元反応で生成したものと考えられる。
 
 ナノワイヤの形成は、マトリクス中の銀が無くなるまで進み、電子線の電流密度が大きいほど、形成速度が大きくなる。逆に、電流密度が小さいとゆっくりと形成され、直線状のナノワイヤの形成に有利となる。
 
 マトリクス中の銀の含有率が10%では、ナノワイヤは形成されず、ナノ粒子のみが生成された。また、銀の含有率が高くても、他のタイプの化合物ではナノワイヤは形成されない。銀ナノワイヤの形成には、銀イオンが粉末の内部から表面に容易に移動できるような構造が必要であり、イオンの良導体であるNASICON構造をもった物質がナノワイヤの形成に適していると考えられる。
 
 以上のようなことから、銀ナノワイヤの形成メカニズムは、図2のように考えられる。即ち、銀担持NASICON化合物に電子線を照射すると、電子を通しにくいため、表面が局所的にマイナスに帯電する。すると、内部の銀イオンが帯電した局所表面に引き寄せられ、その場所で電子と結合して金属銀となる。この反応が同じ場所で連続的に生じ、成長して銀ナノワイヤとなる。また、図2に銀ナノワイヤの走査型電子顕微鏡写真を示す。


図2 銀ナノワイヤ生成メカニズム「独立行政法人産業技術総合研究所(AIST)提供」、http://www.aist.go.jp(参考資料1より引用)

 
 本研究で形成される銀ナノワイヤは、銀原子そのものよりなり、高い電子伝導性をもつものと期待され、集積回路や量子素子の配線材料またはフラッシュパネルディスプレイなどの電子放出源としての応用が期待される。また、銀には抗菌活性があるので、抗菌性繊維材としての可能性もある。
 
注)NASICON構造:内部に複数のチャンネルを持ち、その中をLi+、Na+、Ag+イオンが容易に移動できるが、電子は極めて通しにくい構造を持った無機化合物(参考文献2)。MO6 (M=Ge4+、Ti4+、Sc3+)正八面体構造とPO4正四面体構造体が結合した構造となっている(図3)。


図3 top: Schematic representation of the Li+ ion conduction channels (thick lines) in NASICON materials of composition LiMM'(PO4)3 ;M,M7=Ge, Ti, Sn, Hf. The two sites of Li+ ions are represented as follows: M1 by open circles, and M2 by closed circles. Bottom: Environment of the M1 site, and bottlenecks between M1 and M2 sites. Oxygen atoms are represented by the largest spheres, the M1 and M2 sites are represented by open and closed small spheres, respectively.  NASICON 構造物質LiMM'(PO4)3; M,M'=Ge, Ti, Sn, Hf中におけるLi+イオンの伝導チャンネル(太線)。上図においてLi+は、M1(○)と M2(●)で表示されている。下図において酸素原子は、大きい球で表示されている。また、Li+は、M1(○)と M2(●)で表示されている。Reprinted with permission from J. Phys. Chem. B, 102, 372-375 (1998). Copyright (1998) American Chemical society.(参考資料2より引用)



コメント    :
 
 銀のみならず金属ナノワイヤの形成技術は、半導体のさらなる高集積度化を達成するためのブレークスルー技術として、その開発が世界的に鎬を削って進められている。そのような中で、本技術は画期的な技術であり、集積回路や量子素子の配線材料形成技術へと展開されることが期待される。

原論文1 Data source 1:
Preparation of long silver nanowires from silver matrix by electron beam irradaition
Y. Makita, O. Ikai, A. Ookubo*, and K. Ooi
*National Instituite of Advanced Science and Technology, and Tomita Pharmaceutical Co. Ltd.
Chem. Lett., 928-929 (2002).

原論文2 Data source 2:
Synthesis of Long silver nanowires by electron beam irradiation on Ag-exchanged material
Y. Makita, O. Ikai, J. Hosokawa, K.Ooi, S. Okuyama,* and N. Sumida*
*National Instituite of Advanced Science and Technology, and Kagawa University
J. Ion Exchange, suppl.,14, 409-412 (2003).

参考資料1 Reference 1:
 電子線照射による銀ナノワイヤの生成
 槇田 洋二
  (独)産業技術総合研究所 四国センター
 AIST Today 2002.8 Vol.2-08

参考資料2 Reference 2:
 Relationship between activation energy and bottleneck size for Li+ ion conduction in NAISCON materials of composition LiMM’(PO4)3; M,M’ = Ge, Ti, Sn, Hf
 A. Martinez-Juarez, C. Pecharroman, J. E. Iglesias, and J. M. Rojo*
 Instituto ciencia de Materiales de Madrid, Consejo superior de Investigaciones Cientificas(CSIC)*
 J. Phys. Chem. B, 102, 372-375 (1998).

キーワード:電子線、銀イオン、銀、ナノワイヤ、高アスペクト比、集積回路、配線材料、抗菌材料、ナシコン、Electron beam, silver ion, silver, nanowire, high aspect ratio, integrated circuit, NASICON
分類コード:010305

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