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作成: 2005/10/31 山本 春也

データ番号   :010286
シリカガラスの高エネルギーイオン照射による異方変形
目的      :イオンビームを用いた微粒子の塑性変形
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :タンデム型加速器
フルエンス(率):1014/cm2
利用施設名   :ドイツ・ロッセンドルフ研究所(FZR)(国内では日本原子力研究開発機構イオン照射研究施設で実施可能)
照射条件    :真空中、液体窒素温度
応用分野    :光学素子、機能性材料

概要      :
 
 直径の数ミクロンのシリカガラス球にAu, Xeなどの重イオンを照射するとイオンビームの入射方向にシリカガラスが縮み、直角方向に膨らむため形状が球から偏球状に塑性変形を起こす。イオン照射したシリカガラスの偏平率は、入射イオンのエネルギーおよび照射量によって制御が可能である。イオン照射による塑性変形は、シリカガラス以外にZnS、TiO2なども確認され、微小な光学素子の作製などへの応用が期待される。

詳細説明    :
 
 シリカガラスのような非晶質材料にMeV領域のエネルギーのイオンビームを照射すると、イオンが通過した軌跡に沿った円筒状の領域が急激に加熱され異方変形が起こることが知られている。特に直径数ミクロンの球体状のシリカガラスにイオンビームを照射した場合には、イオンビームの入射方向にシリカガラスが縮み、直角方向に膨らむため偏球状に形を変える。
 
 照射試料のコロイド状シリカガラスは、原料にシリコンと酸素を含む有機化合物のテトラエトシキラン(tetra-ethoxysilane)と溶媒にアンモニア、エタノールを用いてゾル−ゲル法で作製する。図1(a)は、シリコン基板上に分散させたコロイド状シリカガラスの走査型電子顕微鏡像(SEM:Scanning Electron Microscopy)を示している。直径が1μm程度のシリカガラスが分散している様子がわかる。イオン照射は、タンデム加速器により数MeVから数十MeVのエネルギーに加速したキセノン(Xe)、 金(Au)などのイオン種を用い、真空中で液体窒素により77 Kに冷却した試料に照射量1014個/cm2台まで照射して行う。


図1 SEM images of unirradiated and Au ion irradiated silica colloids on a silicon substrate. The ion beam direction and the different SEM viewing angles are depicted in the schematic. The arrows in the SEM images indicate the direction of the ion beam. (a) Unirradiated silica colloids in top view. (b) Deformed silica colloid after irradiation with 14MeV Au ions to a dose of 4×1014 cm2 under 45° at 77 K. (c) Deformed silica colloid after a similar irradiation with 2MeV Au ions. Circular and ellipsoidal shapes are shown for reference by the dashed lines. Au イオン照射したシリカガラスのSEM像. (a):シリコン基板上に分散させたコロイド状シリカガラス、未照射、(b):14MeV Auイオン、4×1014個/cm2、77K で照射、(c)2MeV Au イオン、4×1014個/cm2、77K で照射.This article was published in Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 175-177, T. van Dillen, E. Snoeks, W. Fukarek, C.M. van Kats, K.P. Velikov, A. van Blaaderen, A. Polman, Anisotropic deformation of colloidal particles under MeV ion irradiation, 350-356, Copyright Elsevier (2001).(原論文1より引用)

 
 図1(b)は、図1に示すようにシリコン基板に対して45度傾けた方向から14 MeV に加速したAuイオンを4×1014個/cm2(シリカガラス1個あたり約107個のAuイオンが入射)まで照射したシリカガラスのSEM像を示している。ここで14MeV のAuイオンをシリカガラスに入射した場合の投影飛程は約3.5μmであり、Auイオンは十分にシリカガラスを通過している。図1(b)よりAuイオンの入射方向にシリカガラスが縮み、直角方向に膨らんでいる様子がわかる。この照射によって変形したシリカガラスのアスペクト比は、1.63である。
 
 図1(c)は、シリカガラス球の中心付近の入射したAuイオンが止まる条件(入射エネルギー:2MeV、投影飛程:0.55μm)で照射を行った試料のSEM像を示している。Auイオンが入射した片側のみが変形していることから、シリカガラスの塑性変形は、イオン照射によって起きていることが裏付けられる。
 
 図2は、AuおよびXeイオンをシリカガラスに照射したシリカガラスの伸び率と入射イオンの平均電子阻止能の関係を示している。図2より平均電子阻止能が高くなるのに従い伸び率がほぼ直線的に増加していることがら、入射するイオンのエネルギーによりシリカガラスの塑性変形を制御できること、また、0.6 keV/nm以上の平均電子阻止能になるように入射イオンのエネルギーを選択すればイオン種に依存性せずに塑性変形が可能であることがわかる。さらにシリカガラスの塑性変形は、イオンの照射量にも依存し、照射量の増加とともに偏平率は高くなる。例えば、4MeV Xeイオンをシリカガラスに入射した場合、照射量:1×1014-8×1014個/cm2の範囲でアスペクト比が3.11になるまで単調に塑性変形を起こす。


図2 Relative change of the transverse diameter of the silica oblates as a function of the average electronic energy loss at a fixed fluence of 4×1014個 /cm2.AuおよびXeイオンをシリカガラスに照射したときのシリカガラスの伸び率と入射イオンの平均電子阻止能の関係.This article was published in Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 175-177, T. van Dillen, E. Snoeks, W. Fukarek, C.M. van Kats, K.P. Velikov, A. van Blaaderen, A. Polman, Anisotropic deformation of colloidal particles under MeV ion irradiation, 350-356, Copyright Elsevier (2001).(原論文1より引用)

 
 シリカガラス以外の材料についてもイオン照射が行われている。図3は、4MeV Xeイオンを77 Kの試料温度で照射した各材料のSEM像を示している。(a):ZnS粒子、(b): SiO2層(5nm)で覆われたZnS粒子(直径:692nm)、(c): 未照射の非晶質状TiO2、(d): 照射後の非晶質状TiO2、(e):単結晶アルミナ、(f): 結晶状の銀粒子。ZnS、TiO2ではイオン照射による塑性変形が確認できたが、アルミナ、銀では確認できなかった。以上よりシリカガラス、ZnS、TiO2などの非晶質状のコロイドに対してイオン照射による異方変形が有効であることが示された。


図3 SEM images of ion irradiated colloids of various materials. The irradiations were all performed using a 4MeV Xe ion beam at 77 K. The direction of the ion beam is indicated by the arrows. (a) irradiated micro-crystalline ZnS (5×1014 個 /cm2), (b) irradiated ZnS/SiO2 core/shell particles (4×1014 個 /cm2), (c) unirradiated amorphous TiO2, (d) irradiated amorphous TiO2 (3×1014 個 /cm2), (e) irradiated single-crystalline Al2O3 (4×1014 個 /cm2), and (f) irradiated micro-crystalline Ag (4×1014 個 /cm2).種々の材料にイオン照射したときのSEM像. (a):ZnS粒子(照射量:5×1014 個/cm2)、(b): SiO2層(5 nm)で覆われたZnS粒子(直径:692 nm) (照射量:4×1014個/cm2)、(c): 未照射の非晶質状TiO2、(d): 照射後の非晶質状TiO2(照射量:3×1014個/cm2)、(e):単結晶アルミナ(照射量:4×1014個/cm2)、(f): 結晶状の銀粒子(照射量:4×1014個/cm2)。This article was published in Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 175-177, T. van Dillen, E. Snoeks, W. Fukarek, C.M. van Kats, K.P. Velikov, A. van Blaaderen, A. Polman, Anisotropic deformation of colloidal particles under MeV ion irradiation, 350-356, Copyright Elsevier (2001).(原論文1より引用)

 
 イオン照射を用いてシリカガラスなどを塑性変形させる技術は、微小な光学素子、誘電体を周期的の配列したフォトニック結晶、ナノ材料、新しい機能材料の作製に応用が期待できる。

コメント    :
 
 本報告で用いられているイオン照射を用いた塑性変形技術は、現在のところ、コロイド状の無機物質を異方変形させる唯一の方法である。今後さらに利用範囲の拡大が見込まれる技術であると言える。

原論文1 Data source 1:
Anisotropic deformation of colloidal particles under MeV ion irradiation
T. van Dillen, E. Snoeks, W. Fukarek, C.M. van Kats, K.P. Velikov, A. van Blaaderen, A. Polman
FOM, Utrecht University, Research Center Rossendorf
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 175-177 350-356 (2001).

原論文2 Data source 2:
Colloidal ellipsoids with continuously variable shape
E. Snoeks, A. van Blaaderen, T. van Dillen, C.M. van Kats, M.L. Brongersma, A. Polman
FOM, Utrecht University
Adv. Mater., 12, No. 20 1511-1514 (2000).

原論文3 Data source 3:
Shaping colloidal assemblies
T. van Dillen, A. van Blaaderen, A. Polman
FOM, Utrecht University
Materials Today 40-46 (2004)

キーワード:異方変形、塑性変形、イオン照射、コロイド、シリカガラス、硫化亜鉛、二酸化チタン、アルミナ
Anisotromic deformation, Plastic deformation, Ion irradiation, Colloid, SiO, ZnS, TiO2, Al2O3
分類コード:010103, 010206, 010305

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