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作成: 2005/10/25 高廣 克己

データ番号   :010285
ダイヤモンドライクカーボン中へのナノサイズイオントラック形成
目的      :高エネルギー重イオンを用いた新規電子放出冷陰極源および単電子デバイスの開発
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :重イオン加速器(サイクロトロン)
フルエンス(率):109-1010/cm2
利用施設名   :ドイツHMI研究所(ベルリン),ドイツGSI研究所(ダルムシュタット)
照射条件    :真空,室温
応用分野    :電子放出冷陰極源,単電子デバイス

概要      :
 
sp3結合を有するダイヤモンドライクカーボン膜に高エネルギー重イオンを照射すると、イオンの飛跡に沿って、主にsp2結合から成る直径数nmの円柱状イオントラックが形成される。ここでは、イオントラックの形態、電気伝導性および電界放出特性について述べる。また、イオントラックの単電子デバイスへの応用を紹介する。

詳細説明    :
 
 アモルファス・ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜に高エネルギー重イオンを照射すると、イオンの飛跡に沿って直径ナノメートルサイズのイオントラックが形成される。イオン照射に伴う電子励起効果により,DLC膜中のsp3結合がsp2結合に変わるため、イオントラックは未照射領域に比べて4〜8桁程度高い電気伝導性を有する円柱状のチャネルとなる。近年,DLC膜中に形成されるイオントラックの高電界放出特性を利用した新規電子放出冷陰極源や、高導電性を利用した単電子デバイスの開発が考えられている。以下にそれらの応用を紹介する。


図1 1GeV Uイオンを照射量1×1010 U/cm2照射した膜厚50nmのta-Cの表面形態(上図)と電流値(下図)。スキャン領域は400×400nm2。上図で突起の高さはおよそ3nmである。下図で印加電圧50mVにおける最大電流は15nAである。AFMチップは針状Pt/Ir被覆Siで,チップの半径は25nmである。Topography (top) and current (bottom) image of a 50-nm-thick ta-C film, produced by the filtered arc technique and irradiated with 1×1010 U/cm2, scan area 400×400 nm2. The hillock height (top figure) is approximately 3 nm, the maximum current in the truck (bottom figure) is 15 nm at 50 mV applied voltage. The AFM tip consisted of a Pt/Ir coated Si needle with a tip radius of 25 nm. Reused with permission from J. Krauser, J.-H. Zollondz, A. Weidinger, and C. Trautmann, Journal of Applied Physics, 94, 1959 (2003). Copyright 2003, American Institute of Physics.(原論文1より引用)

 
 図1は高エネルギー重イオン(1 GeV Uイオン)を照射した正四面体型結合アモルファスカーボン(ta-C)膜(DLC膜の一種)の表面形態(上側の像)と電気伝導性(下側の像)を調べた顕微鏡像である。イオン照射により形成されたイオントラック部分が1〜3nm程度高く盛り上がっていることが分かる。これは、イオントラック部分の密度が減少し体積が膨張したためである。また、透過型電子顕微鏡によりta-C膜内部のイオントラックの直径が8nm程度であることが分かった。さらに、イオントラック部分の電気伝導性が向上し、他の部分に比べて高い電流値を示している。このような密度の減少や電気伝導性の向上は、イオン照射によるsp3からsp2への結合形態変化のためである。ここで,イオントラックの数(15、6個)とイオン照射量(1×1010 U/cm2)を比較すると、1つの入射イオンが1つのトラックを形成していることが分かる。
 
 水素量とsp2/sp3比の異なる種々のDLC膜に対して、イオントラック部分の電気伝導度を測定すると、その値がDLC膜の種類に強く依存することが分かった。また、電気伝導度の膜厚依存性は認められなかった。これは、数μmの膜厚に対して、深さ方向一様にイオントラックが形成可能であることを示す有用な結果である。
 
 このように,ダイヤモンドライクカーボンへの高エネルギー重イオン照射により,直径8nm程度,長さ数μmの円柱状の高導電性チャネルを形成することができる。現在,イオントラックの形状と電気伝導性を利用することで,電子放出冷陰極源への応用が考えられている。
 
 イオントラックを利用した電子放出冷陰極源を開発するためには、できるだけ高電界放出特性を得る工夫が必要である。一例として、低誘電率のDLC膜を用いる方法が考案された。ta-C成膜中にフッ素(F)を7 at. %ドープした膜をマトリックスとした。この場合、膜の誘電率εは2程度となり、ドープ無しta-Cのそれに比べて1/3程度となる。Fドープta-C(ta-C:F)膜に高エネルギー重イオン(350MeV Auイオン)を照射し、イオントラックを形成した。


図2 左図はイオン照射したフッ素ドープ(7at.%) ta-C膜に対して測定した,種々の試料−チップ間距離Δxにおけるバイアス電圧−電流特性を示す。電源装置の分解能(100pA)を波線で示す。右図はΔx=6μm におけるFowler-Nordheimプロットである。図中の左肩上がりの直線は,電子放出が主にトンネル過程によることを示す。直線の折れ曲がり位置から,電子放出開始電界を約30 V/μmと求めた。The left graph shows a current vs. bias voltage characteristic for a ta-C sample with 7 at.% fluorine content for various sample-tip distances Δx. The resolution of the SMU is indicated by a dashed line at 100 pA. The right graph shows a Fowler-Nordheim plot of the data for Δx=6μm. The left linear part of the curve can be attributed to the emission current being dominated by a tunneling process (Fowler-Nordheim tunneling). At a field strength of approximately 30 V/μm, a kink in the curve indicates the beginning of the field emission. The straight line is inserted as a guide to the eye. This article was published in Publication title of Diamond Relat. Mater. 13, (2004), D. Schwen, C. Ronning, H. Hofsäss, Field emission studies on swift heavy ion irradiated tetrahedral amorphous carbon, pp.1032-1036, Copyright Elsevier (2004).(原論文2より引用)

 
 図2はイオントラックが形成されたta-C:F膜の電界放出特性を示すグラフである。試料直上のステンレス鋼チップに電圧を印加し、種々のチップ−試料間距離に対して、試料−チップ間に流れる電流を印加電圧の関数として求めた(左図)。さらに,チップを試料に最も接近させたときに得られる電界放出特性をFowler-Nordheimプロット(電界Eの逆数に対して,電流/E2の対数をプロット)した(右図)。図中の左肩上がりの直線は,電子放出が主にトンネル過程によることを示している。直線の折れ曲がり位置から,電子放出開始電界を約30V/μmと評価した。この値はカーボンナノチューブの4V/μm程度に比べて高い値ではあるが、膜の誘電率やイオントラックの形状を制御することにより、さらに低い電子放出開始電界が得られる可能性がある。
 
 絶縁体中に埋め込まれた高導電性イオントラックは、図3のような構成で単電子デバイスへの応用が考えられている。DLC/絶縁物/量子ドット/絶縁物/DLCの多層膜を高エネルギー重イオン照射することにより、図に示すようなダイオードが形成される。図中では、灰色の部分(conductor)が高導電性イオントラックである。クーロン・ブロッケード効果が観測されるように、各部分の長さを決める。高導電性イオントラックへのコンタクトには、原子間力顕微鏡を用いる。


図3 提案された量子ドット構造。DLC膜とSiO2等の絶縁膜の多層膜を出発材料とする。この多層膜に高エネルギー重イオン照射することで,DLC膜中に直径8nmの円柱状トラックが埋め込まれる。SiO2等の絶縁層は量子ドットとのトンネル接合としてはたらく。クーロン・ブロッケード効果が観測されるように,各部分の長さを決める。高導電性イオントラックへのコンタクトには,原子間力顕微鏡を用いる。Proposed quantum dot structure. The starting material is a DLC multiplayer, consisting of DLC and insulating layers. The 8 nm wide cylinder corresponding to the ion track region embedded in the insulating DLC matrix. The insulating layers, which are inserted during film growth before irradiation, may consists e.g. of SiO2. They serve as tunneling junctions to the quantum dot. The length of conductors, insulators and the dot are determined by the film thickness and can be adjusted to meet the requirements for Coulomb-blockade. The contact to the nano-conductor is made by an atomic force microscope (AFM) tip. This article was published in Publication title of Nucl. Instr. Meth. B 225, (2004), J.-H. Zollondz, A. Weidinger, Towards new applications of ion tracks, pp.178-183, Copyright Elsevier (2004).(原論文3より引用)



コメント    :
 
高エネルギー重イオン照射で形成されるイオントラックの直径が数nmであることに着目し、次世代電子デバイスを作製する試みは科学的に大変興味深い。ただ,当技術の開発・確立および実用化には、高エネルギー重イオン加速器を利用する特殊性を考慮しなければならない。

原論文1 Data source 1:
Conductivity of nanometer-sized ion tracks in diamond-like carbon films
J. Krauser, J.-H. Zollondz*, A. Weidinger*, C. Trautmann**
Harz University of Applied Studies and Research, Germany
*Hahn-Meitner-Institute Berlin, Germany
**Gesellschaft für Schwerionenforschung, Germany
J. Appl. Phys. 94, 1959-1964 (2003)

原論文2 Data source 2:
Field emission studies on swift heavy ion irradiated tetrahedral amorphous carbon
D. Schwen, C. Ronning, H. Hofsäss
II. Institute of Physics, University of Göttingen, Germany
Diamond Relat. Mater. 13, 1032-1036 (2004)

原論文3 Data source 3:
Towards new applications of ion tracks
J.-H. Zollondz, A. Weidinger
Hahn-Meitner Institute Berlin, Germany
Nucl. Instr. Meth. B 225, 178-183 (2004)

キーワード:重イオン,高エネルギー,イオントラック,グラファイト,電気伝導,ナノ構造,ダイヤモンドライクカーボン,原子間力顕微鏡,電解放出,単電子デバイス
heavy ion, high energy, ion track, graphite, electrically conducting, nanostructure, diamond-like carbon, atomic force microscope, field emission, single electron device
分類コード:012005, 010305

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