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作成: 2005/9/25 鷲尾 方一

データ番号   :010284
低エネルギー電子加速器をめぐる最近の需要事情
目的      :電子線プロセスの高度化
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器
フルエンス(率):用途による
線量(率)   :用途による
利用施設名   :特定しない
照射条件    :特定しない
応用分野    :表面硬化、印刷、表面架橋、殺菌・滅菌、VOC処理、その他EBプロセス

概要      :
 従来EBプロセス用の電子加速器は比較的エネルギーが高く(150keV以上)汎用性の高いものが多く用いられてきた。しかし、最近になってエネルギーで110-130keVの装置や場合によっては50keV程度の装置が実用化され始めた。この背景には、電子のエネルギーが低くなると局所に集中的にエネルギーを与えることができプロセスが高効率化できることと、被処理物の放射線劣化の低減化が期待できるという少なくとも2つの効果への期待がある。さらに超低エネルギー装置では装置費用も安く、制動X線の発生量が少ないことも魅力である

詳細説明    :
 電子線プロセスは良く知られているように、自動車用のタイヤの予備加硫や電線の高耐熱化処理など広く利用されている。しかし1MeVを超える電子エネルギーを持つ装置では、放射線発生施設としての許認可の必要性があり、限られた現場でのみ応用が可能であった。また、たとえ1MeV未満の装置であっても、高エネルギー電子から発生する制動X線の遮蔽のために大きな構造の装置とならざるを得ない。このことは装置本体の他に大きな遮蔽体を付加することを意味し、プロセス装置の高価格化や設置に際して大きな重量がしばしば問題となっていた。
 
 最近になって、これらの問題解決の方策として、超低エネルギーEB装置が実用化され始めた。この超低エネルギーEB装置が開発され応用展開されることになってきた事情について詳しく述べる。
 
 エネルギーの低い(100keV以下程度)電子線は数100keVの電子線に比べ、物質への吸収が大きくなることは過去から知られていた。図1は1984年に出版されたレポート(参考資料2)の表から電子のストッピングパワーの図を見やすく書き直したものである。この図からも分かるように、エネルギーが低い電子では急激にストッピングパワーが増大する。このことから、非常にエネルギーの低い電子線では高い線量率を達成することが可能となる。


図1 電子のエネルギーに対するStopping Power 

 
 これまでこの技術が実用化されなかった事情はいくつか考えられるが、決定的であったのが真空窓でこのようなエネルギーに対応できる実用的なものが無かったことによる。すなわち従来の真空窓には10μm内外のTiフォイルが利用されてきたが、これでは発生した電子のほとんどが窓で吸収されてしまい、装置としてまったく役に立たない。
 
 そこでアメリカのローレンスリバモアのグループが50keV程度の電子を真空中から大気へ取り出すための特殊な薄膜をつくり超低エネルギーEBを試作した。その結果、非常に高い線量率を持つEB装置の作製が可能であることを示した。このとき試作された真空窓はSiをベースにした半導体膜であるとされているが、極めて作製の難しいものであったときく。
 
 しかしながらこれらの成果が確認された後、国内では安価な金属フォイルを極端に薄くして真空窓を作製することが試みられ、結果として高効率に超低エネルギー電子を取り出すことのできる真空窓の作製に成功した。これらの要素開発の結果、非常にエネルギーの低いEB装置が現実のものとなり、種々の試験が行われているのが現状である。
 
超低エネルギーEB装置の機械的特長:
 装置上の特徴と技術的な課題としては主に次のような項目を挙げることができる。
 
1. エネルギーが低いため制動X線発生が非常に少ない。このため遮蔽構造の軽量化が可能
2. 加速電圧が低いため、電源装置に通常のトランスを利用できる。
3. 同様にケーブルの耐電圧も小さくてすむため、設計が容易
4. 出力の小さなものでは絶縁トランスを省くことができる。
5. ビーム取り出しの真空保持窓を極端に薄くする必要がある。
 
超低エネルギーEB装置のプロセス上の特徴:
1. エネルギーが低いため、ストッピングパワーが通常利用される電子ビームの数倍程度大きい。そのため電子エネルギーが表面付近に集中する。 (図2参照)
2. 電子エネルギーが低いため、被照射物への透過力が小さく、材料のダメージが顕著でなくなる。(図2参照)
3. 表面の吸収線量を従来に比べて極端に大きくすることができる。
4. ビームエネルギーが小さいため、空気中での散乱等により窓の厚さ、空気層(窒素層)の厚さを厳密に制御する必要がある。


図2 各種エネルギーの電子線でポリエチレン試料 を照射したときの試料中の線量分布(参考資料3より引用)

 
超低エネルギーEB装置の具体的用途:
 以下に現状で、すでに応用されているか、あるいは考えうる超低エネルギーEB装置の用途を挙げる。
1.表面10μm程度の領域に塗布された電子線硬貨樹脂・塗料の瞬間硬化⇒表面のコーティング及びプラスチック等への高顔料濃度印刷
2.高分子材料の表面のみの高架橋構造体形成⇒傾斜材料への応用も可能
3.機能性表面の作製⇒グラフトによる機能性付与(両面に異なる機能を付与可能)
4.ガス・微粒子等への高効率電子付着による帯電処理

コメント    :
 
 従来では150keVを下回るエネルギーのEB装置については余り検討されてこなかった。これは、電子線によるプロセスの中心が比較的厚い高分子フィルムやシート、ワイヤー被覆などが対象であったことによる。つまりエネルギーを高くして厚い材料に満遍なく電子線エネルギーを与えて処理を行うということが眼目であった。しかしエネルギーが高いEBでは電源の価格、制動X線の遮蔽等、価格的には他の手法と比べても魅力に欠けていた。ここ数年、非常にエネルギーの低い電子を取り出すための薄い真空窓を作製する技術等が確立され、安価で高出力な超低エネルギーEB装置が出現し、その実用性の高さが次第に示されるようになってきた。

参考資料1 Reference 1:
UV・EB硬化技術の現状と展望 
市村國宏 監修 
シーエムシー出版 
pp91-103, 2002

参考資料2 Reference 2:
Stopping powers for electrons and positrons
International Commission on Radiation Units and Mesurements (ICRU)
ICRU
ICRU REPORT 37, 1984

参考資料3 Reference 3:
UV・EB硬化技術の現状と展望 
市村國宏 監修、ラドテック研究会編 
シーエムシー出版 
p.101

キーワード:低エネルギー電子線、印刷、硬化、架橋、深度線量分布、阻止能
Low energy electron beam, Printing, Curing, Crosslinking, Depth-Dose distribution, Stopping power
分類コード:010107, 010109, 010301, 010302, 010304, 010401

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