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作成: 2005/11/15 大野 幸彦

データ番号   :010283
電子線照射装置の二重構造窓
目的      :照射電子線の大電流化及び極低エネルギー化を可能とする装置の開発
放射線の種別  :電子
放射線源    :電子加速器(80-300keV,40mA)
線量(率)   :10MGy・m/min
照射条件    :窒素雰囲気、空気雰囲気
応用分野    :ゴム硬化、高分子フィルム表面改質、高分子フィルム改質、印刷

概要      :
 低エネルギー電子線照射装置において、真空隔離膜(以下、真空膜)の大気側極近傍に対となる膜(以下、大気膜)を配置し、その二枚の膜間を吸込方式で効率良く冷却する構造を採用することにより、真空膜の応力緩和と温度低下を効果的にもたらし破損を防止し得る出射窓を実現した。これにより、電子ビーム電流の大容量化による生産性向上、並びに、電子線エネルギーの極低化による極表面処理が可能となった。

詳細説明    :
 電子線照射処理方式を生産ラインに組込み、高分子フィルム製品などの架橋・重合処理を行うシステムでは、生産性を向上するために、電子線照射装置が有する線量率を高めること、すなわち処理幅方向の電子ビーム電流密度を大きくすることが求められる。また、紙印刷やゴム・フィルム表面処理においては、深く電子線が入り込むことによる基材の劣化を回避するため、極表面のみを処理する技術が必要であり、このため、電子線エネルギーの極低化が求められている。
 
 しかしながら、電子線照射装置には、電子発生・加速部である真空領域と製品照射部である大気中とを隔離する真空膜が存在するため、ここで電子線エネルギーがロスして温度が上昇し、状況によっては真空膜の破損に至る現象も生じ得る。
 
 一般的に、電子ビーム電流値密度が大きくなる程、また、電子線エネルギーが小さくなる程、真空膜でのエネルギーロスが大きく当該部での温度上昇が顕著となるため、冷却が必要となる。通常は、真空膜冷却用ガスを大気側から吹付け、真空膜の温度上昇を抑える方法が採られるが、図1に示すように、冷却ガスの拡散のため噴出ノズルから離れるほどガス速度は遅くなり、除熱能力が減少するので、出射できる電子ビーム電流値や低エネルギー化には限界がある。


図1 外部流におけるガス速度の減衰特性

 
 この改善策として、図2に示すとおり、真空膜の大気側極近傍に大気膜を配置した二重構造とし、その二枚の膜間に冷却ガスを通して効率良く冷却する構造を採用した。二重構造窓の適用により冷却エア流路(高さ)を一定に保てるため、出射窓全域でほぼ同じガス速度が得られ、冷却性能分布が生じ難くなる。


図2 二重構造窓の概念

 
 また、図3に示す外部流(従来構造)と内部流(二重構造)での除熱能力の計算結果から、同じガス速度であっても、内部流の方が良い除熱性能を示すことが分かる。更に、二枚の膜間の冷却エアの流れを吸い込み方式とすることで、真空膜への外圧を大気圧以下に低減し発生応力の緩和を図ることが可能となる。


図3 外部流と内部流での除熱能力の比較

 
 以上の工夫により、脆弱な真空膜の破損に至るメカニズムに対抗し得る応力緩和と温度低下の両方の効果を有する保全性に優れた出射窓の実用化を可能とした。
 
 この二重構造窓は、前述のような、取り出し電子ビームの電流密度やエネルギーといった制約を緩和するのみに止まらず、利用者にとって以下の大きなメリットをもたらす。
 
・照射試料に密着して照射が可能となるので、より低いエネルギーの電子ビームの照射が可能となる。
 
・真空膜が触れる冷却エアは、照射対象物から発生するガスに汚染されないため、真空膜の化学的劣化からの不安が排除される。
 
・大気膜は、照射対象物から発生するガスに曝されるため、高温・応力負荷環境下での化学的劣化の影響で、従来の真空膜と同程度の交換が必要となる。しかし、この大気膜の交換は真空容器の開放を必要としないため、保守時間(特に真空開放・閉止再立ち上げ時間)を大幅に減らすことが可能であり、利用者の生産性向上に繋がる。
 
・重合反応させる場合においては、照射環境の脱酸素化が求められるため、通常、真空膜冷却も兼ねた窒素ガスの大量吹き付けが行われているが、本二重構造方式によれば窒素ガスによる冷却性能は不要なため、窒素ガス消費量を大幅に減少できる。

コメント    :
 
 二重構造窓とは、低エネルギ電子線照射装置の持つ技術的制限の緩和効果が得られるとともに、利用者にとってもメリットのある構造であり、この構造の持つ利点を生かし、種々の産業分野での照射装置の普及が期待できる。

原論文1 Data source 1:
極低エネルギー広域電子線照射装置の開発
米子明伸、大野幸彦、徳永一敏、岸本純一、若元郁夫
三菱重工業株式会社
三菱重工技報 Vol.38, No.3, 2001

キーワード:電子線、極低エネルギー、表面処理、架橋、重合、二重構造窓、除熱、保守
electron-beam, ultra-low-energy, surface-treatment, cross-linking, curing, double-film-window, thermal-remove, maintenance
分類コード:010104、010107、010304

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