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作成: 2004/07/27 田口 光正

データ番号   :010277
γ線を用いた水中内分泌かく乱化学物質の分解処理
目的      :放射線を利用した廃水処理及び水環境の保全
放射線の種別  :ガンマ線
放射線源    :60Coγ線
フルエンス(率):―――
線量(率)   :10-200Gy/h
利用施設名   :日本原子力研究所高崎研究所
照射条件    :室温、空気飽和、酸素飽和、ヘリウムガス飽和(無酸素状態)、亜酸化窒素飽和
応用分野    :環境保全、廃水処理

概要      :
 河川や湖沼などに微量溶解している環境汚染有機化学物質、特に内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)の放射線による分解無害化に関する研究が行われている。60Coγ線線照射により環境ホルモン物質及びその分解生成物が分解するとともに水溶液の活性が減少することが明らかにされた。また、過マンガン酸カリウムによる処理と比べγ線照射処理法は効率が良いことが示された。

詳細説明    :
 近年、水中の外因性内分泌かく乱化学物質による水生動物への影響が社会問題となっている。外因性内分泌かく乱物質とは、自然環境に放出された化学物質のうち、動物の体内に入るとホルモンレセプターと結合し、不必要なホルモンとしての作用を引き起こす物質を指す。生体内ではこの作用により体内のホルモンバランスが乱れ、生殖機能の阻害や悪性腫瘍を引き起こすと言われている。内分泌かく乱化学物質は生物に対する効果・作用が著しいため、極低濃度の場合であっても水中に溶解している化学物質を効率的に処理しなければならず、ここに技術的な難しさがある。
 
 木村らは、人畜由来かつ、女性ホルモン分子で最も活性の高い物質とされている17β-エストラジオール(E2)を含む水溶液に60Coγ線照射を行い、E2の分解及び水溶液の活性の減少を調べた(原論文1)。E2は、発生源が人間や家畜の排泄物であることから自然界への放出を規制するのが難しく、現在のところ下水処理場などで完全に処理しきれていないことから、その分解に関する研究は重要となっている。図1は、生物への影響が現われるといわれている閾値の6から60倍の濃度のE2水溶液にγ線照射した結果を示す。


図1 Decomposition of 17β-estradiol in water measured by the column-switching liquid chromatography-mass spectrometric system, and decrease of 17β-estradiol-equivalent concentration measured by enzyme-linked immunosorbent assay after g-ray irradiation. γ線照射による、LCMSによって測定したE2濃度とELISAによって測定したE2活性の減衰。

 
 液体クロマトグラフィ-(HPLC)によって測定したE2濃度は線量の増加に伴い指数関数的に減少し1.5 Gy程度で50%、10 Gyでほぼ完全に分解した。一方、抗原抗体反応を利用したELISAによる照射水溶液の活性測定の結果より、10Gy程度の照射では水溶液の活性は残存し、30Gy照射により活性を示す濃度以下まで減少した。これは、反応生成物が依然として活性を持つことを示唆している。
 
 また、酸素濃度による分解効率の違いや、亜酸化窒素ガスを用いた場合に分解率が2倍程度に増加することから、E2は水の分解によって生じたOHラジカルによって分解することが明らかにされた。また、液体クロマトグラフィ- 質量分析計(LC-MS)測定により活性を持つ反応生成物はOHラジカルがベンゼン環に付加したものと推定された。また、さらに、E2の基本骨格であるフェノールと分解効率を比較したところ、E2は大きな置換基を有するために分解しやすいことが明らかにされた。
 
 阿部らは、フェノール系の環境ホルモンとして、ビスフェノールAやブチルフェノールを用いて、過マンガン酸カリウム添加による薬品処理と、γ線照射によるラジカル発生による処理の違いについて考察を行った(原論文2)。HPLCによる定性・定量測定の結果、前者ではビスフェノールAなどは過マンガン酸カリウムの添加量に対し直線的に減少し、γ線照射ではビスフェノールAなどは線量に対し指数関数的に減少した。


図2 Decomposition of phenolic endocrine disrupting chemicals (phenol, BuP:butylphenol, and BPA:bisphenol-A) by potassium permanganate and γ-ray irradiation as a function of the number of electrons received by potassium permanganate and hydrooxyl radical. 過マンガン酸カリウムおよびヒドロキシルラジカルが溶質から受け取る電子の数を関数とした、過マンガン酸カリウム添加およびγ線照射による、フェノール系内分泌撹乱化学物質(フェノール、ブチルフェノールおよびビスフェノールA)の分解.(原論文2より引用)

 
 過マンガン酸カリウムはこれら化合物のベンゼン環を直接攻撃し有機酸などの生成を伴う開環反応を起こす。一方、γ線照射では、水の分解によって生じたOHラジカルがベンゼン環に付加置換反応し、ベンゼン環を有する一次生成物が生じた。つまり、ビスフェノールAなどは、有機酸などの開環化合物まで逐次的に分解する。過マンガン酸カリウムは1分子あたり3個の電子を受け取る一方、OHラジカルは1個の電子を受け取る。この電子の授受を目安としたこれら環境ホルモンの分解効率の比較では、γ線照射は多少効率が良いことが示された。

コメント    :
 
 水中に極微量溶解している有機物のうち、生体内に取り込まれた場合、内分泌かく乱作用を引き起こす化合物(いわゆる環境ホルモン)が社会問題となっており、その排出抑制や影響低減、分解、無害化に関する技術開発が急務となっている。放射線を用いた促進酸化法は、初期コストが高いあるいは取扱いに注意が必要などのデメリットがあるものの、活性種を均一に生成することが出来る、懸濁した水溶液でも処理が可能である、既存の排水処理施設の下流側に処理プロセスを付設することが出来るなどメリットも多い。

原論文1 Data source 1:
Radiation-induced decomposition of trace amounts of 17β-estradiol in water.
Atsushi Kimura*,**, Mitsumasa Taguchi*, Hidehiko Arai*, Hiroshi Hiratsuka**, Hideki Namba*,**,and Takuji Kojima*
*Japan Atomic Energy Research Institute, **Gunma University
Radiation Physics and Chemistry 69,295-301(2004).

原論文2 Data source 2:
Decomposition of Phenolic Endocrine Disrupting Chemicals by Potassium Permanganate and γ-ray Irradiation
Yasuhiro Abe*, Machiko Takigami**, Kouji Sugino**, Mitsumasa Taguchi*^*, Takuji Kojima**, Tomonari Umemura*, and Kin-ichi Tsunoda*
*Gunma University,**Japan Atomic Energy Research Institute
Bulletin of the Chemical Society of Japan. 76, 1681-1685 (2003)

キーワード:内分泌かく乱化学物質、水溶液、活性、γ線、放射線分解、OHラジカル、2次電子、過マンガン酸カリウム
endocrine disrupting chemicals, aqueous solution, activity, γ-ray, radiation decomposition, OH radicals, secondary electrons, potassium permanganate
分類コード:010502

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