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作成: 2004/10/15 関 修平

データ番号   :010274
高エネルギーイオン照射により形成したナノワイヤーの配向・形状制御と特性
目的      :ナノ構造体の形成と応用
放射線の種別  :重イオン,軽イオン,陽子,電子
放射線源    :各種イオン加速器
フルエンス(率):107-1011/cm2
線量(率)   :0.1kGy-10MGy
利用施設名   :日本原子力研究所サイクロトロン、東京大学原子力研究総合センターバンデグラフ、イオン工学研究所タンデム加速器、大阪大学産業科学研究所ライナック、京都大学エネルギー理工学研究所タンデム加速器
照射条件    :真空中、室温
応用分野    :ナノテクノロジー、超微細素子、発光材料、電界放出素子

概要      :
 高いエネルギーで加速された粒子を高分子材料へ照射すると、一つ一つの粒子の飛跡に沿って、化学反応は非常に微小な空間内にのみ引き起こされる。これを利用して断面の半径が数から数十ナノメートルの円筒状領域内の高分子のみを架橋させ、長さや太さを完全にコントロールした非常に微細な構造体を形成した。高分子の架橋反応効率や、入射する粒子が高分子に与えるエネルギー密度によって、構造体のサイズを自由に規定できる。

詳細説明    :
 イオンビームを高分子へ照射すると、イオンの飛跡に沿った微細な空間内にのみ構造変化が起こるとする研究結果が盛んに報告されている。これは、分子量分布の追跡、溶解性変化・ゲル化量の定量などにより様々な高分子材料に対して解析されてきた。
 
 放射線照射において、低LET放射線では分解、高LET放射線を用いると架橋型へ転換するという極めて特殊なふるまいを示すポリシランは、イオントラック内反応の解析に極めて有効である。一例として図1にpoly(di-n-hexylsilane)(PDHS)の各種放射線の線量と分子量変化の挙動を示した。


図1 Charlesby-Pinner plot of Mn vs absorbed dose for 60Co γ-rays, 20-30 keV e-, 2-45 MeV 1H+, 20 MeV 4He2+, 220 MeV, 12C5+, respectively. The values of LET of the radiations are 0.25 (γ-rays), 1.6 (30 keV e-), 2.1 (20 keV e-), 1.4 (45 MeV 1H+), 2.7 (20 MeV 1H+), 17 (2 MeV 1H+), 35 (20 MeV 4He2+), and 110 eV nm-1 (220 MeV, 12C5+), respectively.(原論文3より引用)

 
 約10 eV/nmよりも大きなLETを示す放射線に対しては、明確に分子量の増大が見られ、かつ架橋反応の効率がLETの増大に従って向上するのに対し、それ以下のLETを持つ放射線では全て分解型としてふるまう。高分子主鎖架橋・分解のG値をCharlesby-Pinnerの関係を用いて定量した結果、LETの増加に伴い、架橋G値がほぼ連続的な増加を示すことが明らかとなった。一方で生成する反応活性種に大きな変化はなかった。従って活性種濃度が高くなるにつれて高分子分解反応が抑制されると同時に架橋点を効率よく形成し、ポリシランの巨視的挙動が主鎖分解型から架橋型へと変化すると考えられる。
 
 イオン照射によるPDHS中のゲル化進行は、トラック内反応の結果、微小円筒状のゲル化によるとのモデルでよく説明できることから、以下の式を提案した。
 
  s = (1-(r + δr)f

 g = 1 - (1 - (r + δr))f
 
ここで、s及びgはそれぞれ高分子中の可溶及び不溶成分率、r + drは化学トラック半径、fは面積あたりの入射粒子数を示す。求められた化学トラックコアの半径は、LETとともに増加傾向を示した。ここで、活性種密度とエネルギー付与密度に一定の関連があるとして、架橋反応主導となるのに必要なエネルギー付与密度の算定を試みた。
 
 イオントラックの内部で、入射する粒子によってエネルギーが付与される領域を、コア領域(粒子によって直接散乱された原子や低エネルギー電子によって反応が引き起こされる円筒状空間)とペナンブラ領域(高速な2次電子によって2次的に反応が引き起こされる空間:通常ペナンブラ内では付与されるエネルギーの密度が、入射した粒子の軌道からの距離の2乗に反比例する事が多い)に分けて考えてみると、化学トラックコア半径はイオントラックモデルによるペナンブラ領域(高エネルギー2次電子によってエネルギー付与が行われる領域)に位置していた。
 
 化学トラック境界におけるエネルギー付与密度、即ち高分子架橋反応が主導的になるのに必要なエネルギー密度は、PDHSの場合、ρcr = 0.13 eV/nm3なる値が得られた。高分子1分子あたりの占有体積及び低LET放射線照射により見積もられた架橋反応効率(G(x))を用いると、得られたρcrの値は1分子あたり高々数個の架橋点が化学トラック境界において存在していることを示唆している。
 
 このような円筒状の空間にのみ引き起こされた化学反応は、“高分子をゲル化する”反応の場合、その形を直接反映して非常に小さな“ナノゲル”を形成する。実際にケイ素基板上に形成された微細構造体の原子間力顕微鏡像を図2に示す。


図2 AFM images of the nanowires. a) Top view observed after development of non-irradiated films. Images b), c), and d) indicate the surface morphology of the developed films of PMPS after ion irradiation by 450 MeV 129Xe23+ at 2.2 x 109, 7.1 x 109, and 1.1 x 1010 ions/cm2, respectively. The tone changing from dark to bright in this figure implies the height as much as 24 nm. The enlarged view of a nanowire is observed for the same specimen as in c).(原論文2より引用)

 
 Poly(methylphenylsilane)(PMPS)の薄膜中に入射したイオンは、この場合、その飛跡に沿った半径6 nm程度の空間内にある高分子のみを架橋させ、図2に示すようなひも状構造物を与える。構造物の“長さ”はターゲット薄膜の厚みに対応し、“径”は入射ビーム等によって制御可能であることが示された。
 
 同様な手法はポリシラン以外の架橋性高分子材料にも拡張可能であり、その一例として図3に、放射線による不融化反応が一般的に用いられているポリカルボシラン(PCS)及びその誘導体をターゲットとした超微細構造形成の結果を示す。ターゲットとなる高分子がイオンビームによって架橋反応が引き起こされる場合は、その反応性と入射粒子の線質をコントロールする事によって、太さを自由に制御した1次元ナノ構造体を形成できる。


図3 AFM images of nano-wires showing the variation in size with the type of ion beam and target molecule. (a-c) Nano-wires formed using a 450 MeV 128Xe23+ beam to irradiate (a) a PMPS thin film (250 nm thick) at 1.0 ( 109 ions/cm2, (b) a polycarbosilane (PCS) thin film (400 nm thick) at 1.0 ( 109 ions/cm2, and (c) a PCS-polyvinylsilane (PVS) thin film (200 nm thick) at 3.0 ( 109 ions/cm2. (d-f) Nano-wires formed using a 500 MeV 197Au31+ beam to irradiate (d) a PS1 thin film (350 nm thick) at 5.0 ( 108 ions/cm2, (e) a PCS thin film (410 nm thick) at 5.0 ( 108 ions/cm2, and (f) a PCS-PVS thin film (270 nm thick) at 5.0 ( 108 ions/cm2.(原論文1より引用)



コメント    :
 
 当該技術はイオンビームの高分子への照射に伴う反応、及びその不均一な化学反応を応用したナノ構造体の形成法に関する一連の研究をベースにしている。特に、昨今、ナノ構造体の形成・物性評価技術の開発は、いわゆる「ナノテクノロジー」研究の中核として強力に推進されつつあり、ここで紹介した「放射線化学」的なイオンビームとその付帯技術・材料研究は、将来における「ナノテクノロジー」の要素技術となる可能性があることを付記しておく。

原論文1 Data source 1:
Fabrication of Nano-Wires Using High-Energy Ion Beams
S. Tsukuda, S. Seki, S. Tagawa, M. Sugimoto*, A. Idesaki*, S. Tanaka*, A. Ohshima**
大阪大学産業科学研究所、*日本原子力研究所高崎研究所、**早稲田大学理工学研究総合センター
J. Phys. Chem. B, 108 (2004) 3407-3409

原論文2 Data source 2:
Formation of Quantum Wires along Ion Projectiles in Si Backbone Polymers
S. Seki, K. Maeda, S. Tagawa, H. Kudoh*, M. Sugimoto*, Y. Morita*, and H. Shibata**
大阪大学産業科学研究所、*日本原子力研究所高崎研究所、**東京大学原子力研究総合センター
Adv. Mater. 13 (2001) 1663-1665.

原論文3 Data source 3:
Ion Beam Induced Crosslinking Reactions in Poly(di-n-hexylsilane)
S. Seki, K. Maeda, Y. Kunimi, Y. Yoshida, S. Tagawa, H. Kudoh*, M. Sugimoto*, T. Sasuga*, T. Seguchi*, T. Iwai**, H. Shibata**, K. Asai***, and K. Ishigure***
大阪大学産業科学研究所、*日本原子力研究所高崎研究所、**東京大学原子力研究総合センター、***東京大学工学部
J. Phys. Chem. B 103 (1999) 3043-3048.

キーワード:イオンビーム、高分子、架橋、分解、ナノワイヤー、ナノチューブ、トラック構造、量子細線、
ion beam, polymer, crosslinking, chain scission, nanowire, nanotube, track structure, quantum wire
分類コード:010101, 010106, 010301

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