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作成: 2004/9/ 小泉 均

データ番号   :010273
イオン穿孔膜で被覆された電極へのカーボンナノチューブの垂直植え込み
目的      :カーボンナノチューブの固定化法の開発
放射線の種別  :重イオン
放射線源    :イオン加速器
フルエンス(率):107-109/cm2
線量(率)   :−
利用施設名   :−
照射条件    :−
応用分野    :電界電子放出源、フラットパネルディスプレイ

概要      :
 カーボンナノチューブ(CNT)を電極上に垂直に固定化する方法について検討した。イオン穿孔膜で覆われた電極をCNTを分散させたシクロヘキサン中に置き、電気泳動を行う事によりイオン穿孔膜の孔にCNTを植え込むことができた。植え込まれる効率は、電気泳動の電場の周波数に依存し,0.1 Hzの矩形波で電場をかけた時最大だった。また、電気泳動を続けても効率は、30分で飽和し,それ以上続けても上昇しなかった。

詳細説明    :
 カーボンナノチューブ(CNT)は、先端の小さな曲率半径,力学的な強靭さ,化学的安定性など他の材料にない特長的な物理的および化学的性質を持っており、触媒担体,水素吸蔵,電子デバイスなど様々な応用が期待されている。期待されている応用の一つにフラットパネルディスプレイなどの電子放出源としての利用がある。電子放出源として利用するためには、パターン状にディスプレイが耐えられる位の低温でCNTを電極上に固定化する必要がある。また、電極上にCNTが垂直に植え込まれることが望ましい。
 
 その方法として、電極上にイオン穿孔膜を置き、電気泳動を行う事でCNTを電極上に固定化できないか検討した。この方法は室温で行うことができる。 イオン穿孔膜は作る際、細く絞ったイオンビームで描画したり、マスクを通して照射することによりパターン状に穿孔を行うことができるため,パターン状にCNTを植え込むことも可能である。また、膜にイオンが垂直に照射されていれば、孔は垂直で、CNTも垂直に植え込まれる。
 
 図1にこの方法の概念図を示す。イオン照射後、アルカリエッチングで作製されたイオン穿孔膜を電極上に置き、CNTを溶媒に分散させ,電気泳動させることにより、CNTを電極上の固定化する。CNTはMTR社。製多層CNTを用いた。走査電子顕微鏡での観察によると,直径約100 nm,長さ10-15 μmであった。CNTはシクロヘキサン中に超音波を2時間照射して分散させた後、大きな不純物粒子を除去するため45 μmのメンブレンフィルターでろ過した。イオン穿孔膜はワットマン社製の孔径400 nm、孔密度1×108 cm-2、厚さ12μmのものを用いた。材質はポリカーボネートである。溶媒としては,オクチルアルコールも試したが,シクロヘキサンの方が良い結果が得られた。


図1 イオン穿孔膜と電気泳動を利用したカーボンナノチューブの電極上への固定化

 
 電気泳動を行ったところ、CNTがイオン穿孔膜の孔に挿入されることが走査電子顕微鏡による観察で確認された。CNTは陰極側に移動し、陰極上のイオン穿孔膜に植え込まれた。CNTはシクロヘキサン中で正に帯電していることがわかる。孔に植え込まれる効率は印加する電場の強度が大きいほど上昇した。印加できる電圧の上限は,放電が起こる限界で制限され、最高1,500 Vcm-1であった。
 
 また、効率は印加する電場の周波数に依存した。図2にその周波数依存性を示す。50%の矩形波を1,500 Vcm-1でかけた場合を示す。0.1 Hzで最大値22%を示している。0.1 Hzより低周波数では、CNTのドリフトは溶媒の流れを誘起し、電気流体力学的な対流を引き起こすため電極にCNTが垂直に近づき難くなる。一方、0.1 Hzより高周波数では、電場の持続時間がCNTが電極へ達するまでの時間に足りなくなる。そのため効率は低下すると考えられる。


図2  The fractions of pores occupied by carbon nanotubes after 30 min electrophoresis as a function of the frequency of applied voltage. Rectangular waves were applied with 50% duration time with amplitude of 1,500 V cm-1. カーボンナノチューブで占有された孔の割合の印加電圧周波数依存性.1,500 Vcm-1の矩形波を30分印加した場合.(原論文1より引用)

 
 CNTが孔に植え込まれる効率は電場とともに上昇するが,ある時間で飽和した。図3に効率の印加時間依存性を示す。電場は1,500 Vcm-1を0.1 Hzの矩形波で印加した。効率は、時間とともに増加するが,30分で飽和し始め、それ以上では一定となった。この飽和は、植え込まれたCNTによるものだろう。植え込まれたCNTの末端は、陰極と同じ電位となる。そのため,末端の側に来たCNTは末端に引き寄せられる。よって,植え込まれたCNTの数が増えると,CNTが孔に向かうのが妨げられるようになるのである。


図3  The fraction of pores occupied by carbon nanotubes as a function of time. 0.1 Hz rectangular waves were applied with 50 % duration time with amplitude of 1,500 Vm-1.  カーボンナノチューブで占有された孔の割合の電圧印加時間依存性.0.1 Hzで1,500 Vcm-1の矩形波を印加した場合.(原論文1より引用)



コメント    :
 
 カーボンナノチューブは,その先端の小さな曲率半径により低電場で電子放出を起こさせることができるため,フラットパネルディスプレイの冷陰極としての応用が期待されている.冷陰極として利用するためには,ディスプレイの耐えられる低温で,パターン状にカーボンナノチューブを電極上に植え込む必要がある.本方法は,そのような条件を満たす固定化法である.

原論文1 Data source 1:
Vertical Embedding of Carbon Nanotubes on Electrode Covered with Track Etch Membrane
Hitoshi Koizumi, Yuki Itoh, and Tsuneki Ichikawa
Division of Molecular Chemistry, Graduate School of Engineering, Hokkaido University
Jpn. J. Appl. Phys., Vol.43, No.12, pp.8374-8375 (2004).

キーワード:カーボンナノチューブ、イオンビーム、電気泳動、イオン穿孔膜、ポリカーボネイト、電界放出、冷陰極、走査電子顕微鏡
carbon nanotube, ion beams, electrophoresis, track etch membrane, polycarbonate, field emission, cold cathode, scanning electron microscope
分類コード:010101, 010205, 010305

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