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作成: 2004/09/30 山本 春也

データ番号   :010272
イオン照射によるスマートカット技術
目的      :イオンビームを用いた微細加工技術
放射線の種別  :軽イオン
放射線源    :イオン注入器(200keV, 10μA)
フルエンス(率):1016 ions/cm2
利用施設名   :日本原子力研究所那珂研究所負イオン源
照射条件    :真空中
応用分野    :半導体素子、太陽電池

概要      :
 
 スマートカット技術は、イオン注入法により半導体単結晶ウェハーに水素原子を数ミクロンの深さに高濃度に導入し、さらに熱処理によりシリコン結晶の結合を切断して、単結晶ウェハーの全表面をミクロン寸法の厚みで剥がす微細加工技術である。SOI(Silicon on Insulator)素子、次世代太陽電池用の単結晶シリコン薄膜などの作製に応用が進められている。

詳細説明    :
 
 高速かつ低消費電力でデバイスを動作させることが可能なSOI(Silicon on Insulator-絶縁層上のシリコン薄膜)素子の作製に水素イオンビームを利用した切断手法が利用されている。水素脆化現象を利用したこの水素切断法は、“スマートカット”または“イオンカット”と呼ばれ、シリコン、SiC、GaAsなど半導体単結晶ウェハーの表面をミクロン寸法の厚みで剥がす微細加工技術である。さらに、このスマートカット技術は、シート状単結晶Si太陽電池、フォトニック結晶などの作製に応用が進められている。


図1  Principle of the Smart-Cut process スマートカットの基本プロセス. This article was published in Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, B 216, Michel Bruel, Comparison of thermally and mechanically induced Si layer transfer in hydrogen-implanted Si wafers, 313-319, Copyright Elsevier (2004). (原論文1より引用)

 
 はじめに、スマートカットの基本プロセスについて説明する。スマートカットは、図1に示す4つの工程から構成される。シリコンウェハーのスマートカットを例に説明する。 
 
 イオン注入器を用いて3.5×1016〜1×1017 ions/cm2の照射量の範囲でシリコンウェハーに水素イオンの注入を行う(ステップ1)。SOIの作製では、イオン注入前にウェハー表面に熱酸化によりSiO2絶縁層の形成を行う。次に、酸などの化学薬品と純水を用いてウェハー表面の洗浄を行い、さらに親水化処理を施し重ね合わせて室温で接合する(ステップ2)。続いて、接合させたウェハーを400〜600℃で熱処理を行い、水素イオン注入したウェハーから数ミクロン厚さで剥離をさせる(ステップ3)。シリコンウェハーAとBの界面を1000℃以上で熱処理を行う。最後に、剥離したウェハー表面の精密研磨を行う(ステップ4)。以上がスマートカットの基本的な工程である。


図2 TEM cross-section observation of a Smart-Cut SOI structure after final polishing 最終研磨したスマートカットSOI構造の断面TEM観察. This article was published in Nuclear Instruments and Methods in Physics Research, B 216, Michel Bruel, Comparison of thermally and mechanically induced Si layer transfer in hydrogen-implanted Si wafers, 313-319, Copyright Elsevier (2004).(原論文1より引用)

 
 図2は、スマートカットにより作製したSOI構造の透過型電子顕微鏡断面写真を示している。また、ウェハーを剥離する際に、剃刀の刃を挿入して機械的に剥離する方法も開発されている。この方法では熱処理(400〜600℃)を行わないため、シリコンウェハーの支持基板として利用できる材料の選択性が拡大した。
 
 次に、スマートカットの物理現象について説明する。希ガスイオン注入による金属材料への影響に関しては、核融合炉における炉壁材料の照射損傷の観点から、ヘリウムイオン注入したときに生じる材料表面のブリスター(膨れ)、剥離、フレーキング(剥がれ落ち)などの現象が主に研究されていた。これと同様な現象が半導体単結晶においても見出され、シリコンへの水素イオンによるブリスター形成、物理的影響などが調べられた。
 
 シリコン単結晶ウェハーに水素イオン注入すると、水素イオンは入射エネルギーに応じた深さまで到達し、高濃度に分布する。さらに熱処理により注入の際に形成された注入欠陥に注入水素が集まり、結晶の結合を切断する。スマートカット技術は、結晶構造を保持しながら剥離の起こる面積を100μm2から100cm2に拡大するように工夫したものである。
 
 スマートカットにより剥離されるウェハーの厚さは、イオン注入する水素イオンのエネルギーにより制御できる。例えば、図1STEP1でSi(200 nm)層/SiO2(400 nm)層を剥離させる場合には、65 keV、 Si(200 nm)層/SiO2(400 nm)層の場合には、200 keVの入射エネルギーを選択する。材料注入にイオン注入された水素の注入分布、欠陥分布は計算により見積もることができる。スマートカットで得られた薄膜の厚さは、ほぼ一様でそのばらつきは4 nm以下である。また、結晶性は破断領域を除けば良好で、透過電子顕微鏡観察でも結晶欠陥は観察できないほどである。
 
 水素イオン注入技術に関して、大面積で高エネルギーの水素負イオンビーム技術が開発されている。この結果、従来比100〜1000倍という飛躍的な処理速度、さらに、加速エネルギーを1MeVまで高めたため水素イオンをより深く打ち込むことができ、図3に示すように10ミクロン級の厚いシリコン単結晶薄膜を製作するころが可能になった。


図3 切断されたシリコン薄板の断面図(原論文3より引用)

 

コメント    :
 
 本報告で用いられているスマートカット技術は、これまでイオン照射に伴う照射損傷としてデメリットと見なされていた剥離などの現象を半導体素子、太陽電池などを大量製造する微細加工技術に応用したもので、今後さらに利用範囲の拡大が見込まれる技術であると言える。

原論文1 Data source 1:
Application of hydrogen ion beams to Silicon On Insulator material technology
Michel Bruel
LETI/CEA
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 108 (1996) 313-319.

原論文2 Data source 2:
Comparison of thermally and mechanically induced Si layer transfer in hydrogen-implanted Si wafers
T. Hochbauer, A. Misra, M,Nastasi, K.Henttinen, T. Suni, I. Suni, S.S. Lau, W. Ensinger
Los Alamos National Laboratory
Nuclear Instruments and Methods in Physics Research B 216 (2004) 257-263.

原論文3 Data source 3:
負イオンビームを用いたシリコン基板の量産技術
奥村義和
日本原子力研究所
原子力eye, Vol.46(9) (2000) p61-65.

参考資料1 Reference 1:
水素イオン注入による半導体結晶の薄膜剥離とその応用
梶山健二
イオン工学研究所
 日本鉄鋼協会「第137回春期講演大会」(1999)

キーワード:微細加工技術、イオン注入、水素、水素脆化、ブリスター、剥離、シリコン、SOI、
micro-fabrication technology, ion implantation, hydrogen, hydrogen brittleness, blister, flaking, silicon, silicon on insulator,
分類コード:040101, 040107

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