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作成: 2004/08/11 早味 宏

データ番号   :010268
放射線グラフト法による架橋PTFE基材高分子電解質膜
目的      :架橋PTFE基材プロトン伝導膜の開発
放射線の種別  :電子,ガンマ線,ベータ線
放射線源    :電子加速器
60Co線源
照射条件    :架橋PTFEの作製:電子線、50〜2000kGy、335±3℃、アルゴン雰囲気下
グラフト反応:ガンマ線、30kGy、室温、空気中
応用分野    :高分子固体燃料電池、イオン交換膜

概要      :
 
 高分子固体燃料電池は定置型電源や電気自動車のバッテリーとして注目を集めている。この高分子固体燃料電池のプロトン電導膜にはパーフロロスルホン酸系のイオン交換膜が適用されているが、機械的強度や耐熱性が低い等の問題を抱えている。そこで、架橋PTFE基材にスチレンを放射線グラフトし、スルホン化する方法で作製したプロトン電導膜を検討した結果、高強度(引張強さ約20MPa)で、しかも既存のプロトン電導膜と同等のイオン交換容量1.1(meq/g)を実現できることがわかった。

詳細説明    :
 
 高分子燃料電池(PEFC)は定置型電源あるいは電気自動車用のバッテリーとして注目を集めている。この高分子固体燃料電池のプロトン電導膜にはDuPont社のNafion(商品名)のようなパーフロロスルホン酸系のイオン交換膜が適用されているが、機械的強度や耐熱性が低い等の問題を抱えている。
 
 近年、PTFE(ポリテトラフロロエチレン)を酸素フリーの条件下にPTFEが溶融状態となる温度で放射線を照射すると架橋し、降伏強度やヤング率などの機械的物性が大幅に向上するとともに、ガス透過性が低下することが明らかとなった。そこで、この架橋PTFEに放射線グラフト法でスチレンモノマーをグラフトし、スルホン化する方法でプロトン電導膜を作製し、特性評価を行った。
 
 PTFEには分子量約1.0×107の0.5mシートを用いた。電子線照射はアルゴン雰囲気下335±3℃で行った。未照射PTFEと架橋PTFE(RX50、RX100、RX500、RX2000:それぞれ電子線を50, 100, 500, 2000kGy照射して架橋)を短冊状にカットし、60Coソースのガンマ線を室温で30kGy照射した後、10-2Torrの真空下、60〜120℃でスチレンモノマー中に浸漬する方法でスチレンのグラフトを行った。試料のグラフト率(グラフト率(%)=100×(Wg-Wo)/Wo、ここにWgはグラフト後の質量、Woは初期質量)を測定した後、クロロスルホン酸を用いて室温でスルホン化処理してプロトン電導膜を得た。
 
 図1は架橋PTFE(RX50)のグラフト反応における反応時間とグラフト率の関係を反応温度をパラメータとしてプロットしたものである。グラフト率は概ね5時間で飽和に達するが、反応温度が60℃の場合は反応時間とともにグラフト率が向上している。これらの結果は、架橋PTFE中へのスチレンモノマーの拡散速度、架橋PTFEに生成したラジカルへのスチレンモノマーの付加速度、ラジカルの消失速度の温度依存性のバランスで説明することができる。


図1  Grafting yields as a function of reaction period for styrene grafting on to RX-PTFE with a cross-linking dose of 50kGy film (RX50) at various temperature. Reprinted from Nucl. Instr. and Meth. in Phys. Res., B208, K. Sato, S. Ikeda, M. Iida, A. Oshima, Y. Tabata, M. Washio, Study on poly-electrolyte membrane of crosslinked PTFE by radiation-grafting, p424-428, Copyright Elsevier(2003), with permission from Elsevier.(原論文1より引用)

 
 図2は架橋PTFE作製時の照射線量とグラフト率の関係をグラフト反応の反応温度をパラメータとしてプロットしたものである(反応時間24時間)。グラフト率はPTFE架橋時の線量が50〜500kGyのものが高くなる傾向がある。2000kGy品のグラフト率が大幅に低下するのは架橋度が高くなることによって分子運動が制約されるためと考えられる。


図2 Grafting yields for various temperatures of styrene grafting onto RX-PTFE film as a function of crosslinking dose. Reaction periods were 24h. Reprinted from Nucl. Instr. and Meth. in Phys. Res., B208, K. Sato, S. Ikeda, M. Iida, A. Oshima, Y. Tabata, M. Washio, Study on poly-electrolyte membrane of crosslinked PTFE by radiation-grafting, p424-428, Copyright Elsevier(2003), with permission from Elsevier.(原論文1より引用)

 
 図3はグラフト反応の反応温度とグラフト率の関係を架橋PTFE作製時の照射線量をパラメータとしてプロットしたものである(反応時間24時間)。500kG品と2000kGy品を除き、グラフトの反応温度が高くなるほどグラフト率が低下する傾向が認められ、架橋PTFE(RX50)の場合、反応温度が60℃の場合、グラフト率は94%に達する。


図3  Grafting yields of styrene as a function of reaction temperature onto various RX-PTFE films (RX50, RX100, RX500, RX2000) and PTFE original with reaction periods of 24h. Reprinted from Nucl. Instr. and Meth. in Phys. Res., B208, K. Sato, S. Ikeda, M. Iida, A. Oshima, Y. Tabata, M. Washio, Study on poly-electrolyte membrane of crosslinked PTFE by radiation-grafting, p424-428, Copyright Elsevier(2003), with permission from Elsevier.(原論文1より引用)

 
 図4は架橋PTFEおよびスチレンをグラフトした架橋PTFEのFT-IR測定結果である。スチレンの芳香族環に由来する=C-Hの伸縮振動が3050cm-1、C-Cの面内振動が1500と1600cm-1に観測される。C-Hの面外変角振動とその複合振動は1660〜2000cm-1に見られ、2900〜3000cm-1の吸収はスチレンのC-H基の伸縮振動と同定される。


図4  FT-IR spectra obtained for RX-PTFE and styrene grafting onto RX-PTFE with a crosslinking dose of 100kGy film, Grafting yield:81.5%. Reprinted from Nucl. Instr. and Meth. in Phys. Res., B208, K. Sato, S. Ikeda, M. Iida, A. Oshima, Y. Tabata, M. Washio, Study on poly-electrolyte membrane of crosslinked PTFE by radiation-grafting, p424-428, Copyright Elsevier(2003), with permission from Elsevier.(原論文1より引用)


表1 原論文1のTable 1. Tensile strength of styrene grafting onto RX-PTFE films (RX100, RX500) and PTFE(original). Reprinted from Nucl. Instr. and Meth. in Phys. Res., B208, K. Sato, S. Ikeda, M. Iida, A. Oshima, Y. Tabata, M. Washio, Study on poly-electrolyte membrane of crosslinked PTFE by radiation-grafting, p424-428, Copyright Elsevier(2003), with permission from Elsevier.(原論文1より引用)

Sample notation
EB crosslinking
dose(kGy)
Grafting condition Grafting yields(%)
Tensile strength
(MPa)
γ-ray irradiation
Reaction periods
(h)
orignal




RX100




RX500



0




100




500



No irradiation
30 kGy,RT,air



No irradiation
30 kGy,RT,air



No irradiation
30 kGy,RT,air



0
16
24


0
16
24


0
16
24
-
0.0
21.4
34.1

-
0.0
34.9
81.5

-
0.0
35.7
53.4
5.0
3.2
3.0
Broken

18.9
12.5
12.9
23.0

25.6
17.9
18.9
21.1

aReaction temperature:60℃.

 
 表1に引張試験の結果を示す。架橋PTFE基材のプロトン電導膜の引張強さはおよそ20MPaであり、スチレンのグラフト率が高い試料でも高い引張強度を示すが、未照射のPTFEは強度が低く、グラフト率の増加とともに引張強度が低下し脆くなることがわかる。架橋PTFE基材(RX100)にグラフト率83%でスチレンをグラフトし、スルホン化した試料のイオン交換容量は1.1(meq/g)であった。この値は既存のパーフロロスルホン酸系のプロトン電導膜とほぼ同等であり、しかも高強度であるという特長を有することがわかった。
 
 一方、日本原子力研究所ではアルゴン雰囲気下340℃で60〜320kGyのガンマ線を照射して架橋したPTFE膜を用いて、電解質膜の開発を検討した。すなわち、この架橋PTFE膜にアルゴン雰囲気下、室温で15kGyのガンマ線を照射してラジカルを生成した後、60℃でスチレンモノマーをグラフトし、クロロスルホン酸で処理することにより架橋PTFE膜にスルホン基を導入した電解質膜を得た(イオン交換容量0.7〜3meq/g)。この電解質膜のアルコール−水混合液中での膨潤比率をNafion膜と比較した結果を図5に示す。


図5 原論文3の図4. アルコール−水混合液中での膨潤特性(原論文3より引用)

 
 開発した電解質膜はNafion膜より膨潤比率が低く、アルコール−水中で安定であることが確認できた。しかしながら、電池作動下での耐久性については、80℃、3%過酸化水素水溶液中における耐酸化性はNafion膜より劣ることがわかった。しかしながら、グラフト鎖の重合度や密度、架橋剤との共グラフト重合、PTFEの架橋密度などの制御で向上の見通しを得ており、放射線グラフト反応によりスルホン酸基を導入できるようなパーフロロビニルモノマーの分子設計、合成も進めている。

コメント    :
 
 架橋PTFEの高強度、高耐熱性、低ガス透過性等の特長を活かしたアプリケーションとして興味深い。スルホン化したスチレングラフトPTFE膜は既存のパーフロロスルホン酸膜と同等のイオン交換能を有し、かつ高強度であるという特長が得られており、今後の実用化が期待される。

原論文1 Data source 1:
K. Sato(*1), S. Ikeda(*2), M. Iida(*3), A. Oshima(*1,*2), Y. Tabata(*2,*3), M. Washio(*1)
(*1) Advanced Research Institute for Science and Engineering, Waseda University
(*2) RAYTECH Corporation
(*3) University of Tokyo
Nucl. Instr. and Meth. In Phys. Res. B208, p424-428(2003)

原論文2 Data source 2:
Pre-irradiation induced grafting of styrene into crosslinked and non-crosslinked polytetrafluoroethylene films for polymer electrolyte fuel cell applications.
J. Li(*1), K. Sato(*1), S. Ichiduri(*1), S. Asano(*1), S. Ikeda(*2), M. Iida(*2), A. Oshima(*1,*2), Y.Tabata(*2,*3), M. Washio(*1)
(*1) Advanced Research Institute for Science and Engineering, Waseda University
(*2) RAYTECH Corporation
(*3) University of Tokyo
European Polymer Journal, 40, p775-783(2004)

原論文3 Data source 3:
架橋フッ素高分子電解質膜
八巻徹也、浅野雅春、吉田勝
日本原子力研究所 高崎研究所
工業材料, vol.51, No.4(2003)

キーワード:放射線グラフト、電子線、ガンマ線、高分子固体燃料電池、高分子電解質膜、架橋PTFE、スチレン、スルホン化
radiation-grafting, electron beam, gamma ray, polymer electrolyte fuel cell, poly-electrolyte membrane, cross-linked PTFE, styrene, sulfonation
分類コード:010101,010107,010205

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