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作成: 2004/10/12 日比野 豊

データ番号   :10267
イオンビームによる医用材料の表面改質技術
目的      :生体内挿入材料の生体適合性を向上させるイオンビームによる表面改質手法
放射線の種別  :電子,軽イオン,重イオン
放射線源    :軽イオン,重イオン
フルエンス(率):1×1014 〜1×1017 ions/cm2
利用施設名   :200keVイオン注入装置(理化学研究所、イオン工学センター)、全方位イオン注入装置
照射条件    :真空中あるいは窒素気流中0.1Pa
応用分野    :人工硬膜、人工血管、人工腎臓、人工骨、人工歯根

概要      :
 
 イオンビーム照射による生体適合部材の表面改質技術は十数年前から行われ、動物実験では長期間にわたる適合性が評価されてきた。特にクロイツフェルト・ヤコブ病の感染源とされたヒト乾燥硬膜の代替え材料や血管拡張ステント材料、脳動脈瘤破裂防止コイル材料などに、イオンビーム照射技術を利用した表面改質技術が応用されつつあり今後の利用拡大が期待される。イオンビーム照射でどのような利用の可能性があるのか紹介する。

詳細説明    :
 
 近年、医療技術の発展はめざましく、それに用いる医療機器、医用材料の改良、開発も大きな進展を見せている。人工の医用材料を生体内に埋め込むと、生体は異物として認識して拒絶反応を起こし、場合によっては、死に至る。高分子材料や金属材料に生体適合性を持たせるには、生体となじみの良い表面修飾や細胞接着性、増殖性など制御が必要である。
 
 イオンビーム照射による表面改質は化学修飾では得られない、やや表層より深いところまでの分子切断、架橋反応、任意な元素のイオン注入による改質が可能である。このことにより細胞との融和性が得られた場合には、細胞の足場はより深いところまで形成され、生体との融和が図れると考えられている。
 
 図1は延伸された4フッ化エチレン樹脂(ePTFE)の人工硬膜への研究例で、Neイオン照射による内皮細胞接着性を評価した例である。Ne+を150keVで0.2μA/cm2以下で1×1015ions/cm2照射することにより、細胞接着性が最良であったと報告されている。


図1 ePTFEへの未照射及びイオン照射における形態学変化(原論文1より引用)

 
 マウス体内に埋め込んだところ2週間目(a)では、未照射部分は細胞と全くなじみがないが、照射した表面は細胞となじみ、4週間(D)で細胞がePTFE内部まで足場を形成すると報告されている。この理由はまだ充分明らかではないが、イオンビーム照射によりePTFEの分子切断が起き、この表面に酸素、水分等が反応して細胞がなじみやすい適度な極性基が生成し細胞増殖が起きたものと思われる。
 
 図2はイオンビーム照射とレーザー照射を組み合わせて抗血栓性を付与するため、血液凝固を押さえるヘパリンを、ポリサルフォン樹脂(PSF)表面に固定化させて、人工透析膜に利用する試みである。横軸の記号はO+イオン照射(i)、ヘパリンコーティング(h)、6.18μm波長の自由電子レーザー照射(l)の有無を表し、縦軸は血小板粘着数を表している。それぞれの組み合わせ実験から-ih及び-ihlが血小板付着が非常に少なく、XPSによる表面分析、ヘパリン定量分析結果から、PSF表面へのヘパリンの固定化が有用であると報告されている。


図2 PSFへのイオン、レーザー、ヘパリン有無による血小板粘着性(原論文2より引用)

 
 一方、歯科用材料においては口腔内に様々な器具が装着され、これらの装置が口腔内細菌を付着させ易く虫歯(齲蝕(うしょく)と言う)、歯肉炎、口腔粘膜疾患等を引き起こすことが問題となっている。従って歯科用材料に対する細菌の付着を防止することができれば歯科用材料の使用による感染症の予防をすることができる。そこで齲蝕予防を目的としてフッ素徐放性の充填剤やコーティング材を用いることは行われている。これを簡便で効果的な手法として、口腔内に装着される歯科用材料の表面にフッ素イオンを注入して細菌付着防止・付着細菌易脱離性を改質する試みがある。
 
 図3は口腔内に入れられるアクリレートセメント(PMMA)と歯科矯正に用いられるシリコーンラバーにフッ素イオン注入した後のレンサ球菌付着量を測定した結果である。無処理の試料に対して、3keV及び5keVでパルスイオン注入することにより、細菌付着量は1/100〜1/1000に減少すると報告されている。


図3 口腔内材料へのフッ素イオン注入による細菌付着抑制量(原論文3より引用)

 
 最近の研究では、生体になじみの良いDLC膜を医療機器に応用する試みがある。医療用カテーテル、ペースメーカーリード線、人工弁など、滑り性と抗血栓性、耐摩耗性などが優れており、実用化研究も盛んに行われている。

コメント    :
 
 イオンビームを様々な形で利用することにより、従来にない生体適合性の良い医用材料が得られるものと思われる。今後、従来の化学修飾やプラズマ処理では得られない高付加価値のある表面改質手法を研究開発し、品質の安定性や量産性を確立していくことにより、実用化される日も近いものと思われる。

原論文1 Data source 1:
イオンビーム照射したePTFEの人工硬膜への応用
鈴木喜昭、岩木正哉、貝原 真、谷 諭、大橋元一郎、神尾正巳
理化学研究所、東京慈恵会医科大学
IONICS(アイオニクス)、第27巻第7号(2001)

原論文2 Data source 2:
自由電子レーザーとイオン照射によるポリスルフォン表面へのヘパリンの固定化
日比野 豊、徐 国春、粟津邦雄
イオン工学研究所、大阪大学
レーザー研究、第30巻第2号(2002)

原論文3 Data source 3:
PBIIでフッ素イオン注入した口腔内装置用材料の細菌付着抑制に関する研究
奥井 学、日比野 豊、弘田克彦、西野瑞穂、三宅洋一郎、粟津邦雄
イオン工学研究所、徳島大学、大阪大学
生体材料、Vol.20,No.2(2002)

参考資料1 Reference 1:
DLC膜の医療機器への応用
島田 厚、吉村博邦、木村加奈子、長谷部光泉、天野英樹、今井 修、鈴木哲也
北里大学、聖マリアンナ医科大学、慶應義塾大学、日本ITF
NEW DIAMOND、Vol.17,No.4(2001)

キーワード:医用高分子、生体適合性、抗血栓性、表面改質、イオンビーム、医用材料、イオン注入、biomedical polymers, biocompatibility, thronbogeneity, surface modification, ion beams, biomaterials, ion implantation
分類コード:040101,040206,040305

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