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作成: 2004/10/12 日比野 豊

データ番号   :010266
イオンビームを用いた機能性DLC成膜技術
目的      :プラズマ分解した炭素元素を、イオン化・堆積させたDLCに、第3元素を添加して高機能化する。
放射線の種別  :電子,軽イオン,重イオン
放射線源    :プラズマベースパルスイオン加速器(30keV、30A)
フルエンス(率):1015〜1019/cm2
利用施設名   :イオンビームスパッタ装置(神戸製鋼所製)、全方位イオン注入装置(イオン工学センター製)
照射条件    :炭化水素ガス 0.1〜1.0Pa
応用分野    :摺動部品への耐摩耗性改質、潤滑部品の低摩擦係数化、水中駆動部品の耐摩耗性向上

概要      :
 
 アモルファスカーボン薄膜は開発されてから15年以上が経ち、特異な性質を利用して多種多様な利用が広がっている。その中で含有する水素を他の元素と置換して、新しい機能を付与する試みが研究されている。例えば、B、Si、N、F、Ti、Cr、Wなど添加して親水性、撥水性、オイル吸着性など付与して、より潤滑性や耐摩耗性、離型性などの機能を高める試みを紹介する。

詳細説明    :
 
 炭素は物理構造や化学結合形態に依存して大きく異なった特性を示す一方、炭素単体では不純物の添加が困難である。自由に炭素の構造が変えられ、自在に不純物が添加できれば、表面の高機能化・多機能化により多くの応用が開ける。そんな中で研究開発されてきたDLC(ダイヤモンドライクカーボン)は、炭化水素系ガスやグラファイトをプラズマ分解して、イオンビームのエネルギーを利用しながらsp3の立方晶構造とsp26方晶構造を併せ持ったアモロファスカーボン膜である。DLC中にはHが数%〜40%近く含有し、硬度や摩擦係数、耐摩耗性、電気的特性を大きく左右している。
 
 DLC成膜法には、プラズマCVD法、イオンビームスパッタ成膜法、パルスイオン注入・成膜方法など採用されているが、そのH含有量は、原料ガス、プロセス条件、成膜法によって異なり、現在多く利用されている摺動部品では、材質や形状ごとに最適な表面改質方法を選定している。
 
 このような中で、DLCのトライボロジー特性を向上させようという試みは10年前から考えられ、図1に示すような添加元素が候補に挙がっていた。


図1 周期律表におけるDLCへの代表的添加元素(原論文1より引用)

 
 カーボンは、5B、6C、7Nと周期律表で並んでおり、cubicBN、βC3N4を構成することが出来れば、ダイヤモンドに次ぐ高硬度・高弾性率、熱的、化学的に優れた薄膜が得られる可能性がある。また9Fは、CF2、CF3結合を表層部分で形成できれば、4フッ化エチレン樹脂の高硬度化が可能な離型被膜が得られる可能性がある。さらに14Siは、SiC結合を形成し水潤滑性に優れた被膜を提供可能と見られている。他の金属元素はオイルとのなじみや、WC結合による耐熱性向上など、CとHのみでは得られない、新規な特性を付与する可能性を秘めている。
 
 図2はイオンビームスパッタ成膜法により、グラファイトと同時にMo、Ti、Crをアルゴンでスパッタリングしながら成膜して、DLC中に数%の金属を添加したDLC被膜の摩擦係数を測定した結果である。自動車用潤滑油中で摩擦試験を行った結果、従来のプラズマCVDで成膜したDLCやTiN被膜に比較して摩擦係数が大幅に低下していることが判る。これはオイル中の添加剤成分が金属元素に吸着され、摺動面で緻密な油膜を形成することにより摩擦係数を下げていると考えられている。


図2 オイル中における各種被膜の終期摩擦係数(原論文2より引用)

 
 一方、同様な方法でCrとSiを、Ar/N混合ガスでイオンビームスパッタリングしながらDLC成膜することにより、(Cr1-xSix)N結合を含むDLC成膜が試みられている。この被膜は今後の環境対策の一環で利用されようとしている油圧機器を水圧機器に置き換えて、水質のオイル汚染を少なくしようとするものである。
 
 各種の部品はオイル中では低摩擦で摩耗によるトラブルが少ない。しかし水圧機器になると摩擦係数は増大し摩耗が激しくなる。図3は、これを防止するのに(Cr1-xSix)N結合を含むDLC成膜が研究された一例で、CrとSiの比率を変化させて時の摩擦係数と摩耗量の変化を示したものである。Cr/Si比はCrが0.7程度まで増加することにより摩擦係数および摩耗量が低減できると報告されている。また別の研究ではSiのみをDLC中に添加することにより、DLCの親水性が向上し摩擦係数が低下し摩耗量が減少すると報告されている。


図3 Si量の異なる(Cr1-xSix)N膜の水環境中における摺動試験結果. (a)摩擦係数、(b)ボール/ディスクの比摩耗量とSi量xの関係(原論文3より引用)

 
 一方、フッ素を添加して、DLCの硬度と滑り性を生かしながら離型性を付与する試みがある。CH42H2ガス中にCF4ガスを同時に導入してCF結合を形成して離型性を向上させるものである。その結果、DLCに対する水の接触角は70度程度であるが、F導入により100度を越すと報告されている。
 
 以上のように今後もDLCの高機能化を目指して更なる研究開発が進められるものと思われる。

コメント    :
 
 DLC成膜は化学的に安定で硬さと潤滑性を持った被膜として、摺動部材の表面改質技術として広がりを見せている。しかしながら、高硬度が故に基材との密着性が問題となり、成膜出来る基材に制約があった。しかしながら近年のプロセス開発によって、基材との間に様々な中間層を入れることによりその問題も解決され、より高機能を求めて研究開発が進められている。
 
 現在は摺動部材用途が大半であるが、ガスバリヤ性、電気的特性をコントロールした分野、あるいは透明DLCによる光学分野など新規用途が期待される。

原論文1 Data source 1:
カーボン系薄膜への物質添加によるトライボロジー特性向上
三宅正二郎
日本工業大学
トライボロジスト,第41巻第9号(1996)

原論文2 Data source 2:
金属添加DLCの作製と摺動特性
入江美紀、内海慶春,織田一彦,大原久典
住友電気工業株式会社
日本トライボロジー学会トライボロジー会議予稿集(宇都宮2001 11月)

原論文3 Data source 3:
UBM法で形成したCrSiN膜の水潤滑特性と構造の関係
山本兼司、大元誠一郎
株式会社神戸製鋼所
日本トライボロジー学会トライボロジー会議予稿集(新潟2003 11月)

参考資料1 Reference 1:
パルスバイアスCVDによるDLC膜およびSi含有DLC多層膜の水中でのトライボロジー特性
大花継頼,鈴木雅裕,中村挙子、田中章浩,古賀義紀
産業技術総合研究所新炭素系材料開発研究センター
NDF第17回ダイヤモンドシンポジウム講演要旨集,青山学院大学(2003.11)

参考資料2 Reference 2:
ゴム・プラスチック成形金型の離型性改善に関する研究開発
日比野 豊
株式会社イオン工学研究所
イオン工学ニュース,Vol 55(2003.12)

キーワード:プラズマ、イオンビーム、炭素材料、DLC、アモルファスカーボン、摩擦係数、耐摩耗性、機能性
plasma,ion beam, carbon material, diamond like carbon, amorphous carbon, friction coefficient, abrasion resistance, functionality
分類コード:040101、040206、040306

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