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作成: 2004/09/19 中山 明

データ番号   :010265
イオンビームを用いた鉄シリサイド薄膜の合成と応用
目的      :イオンビーム技術を用いた高品質な鉄シリサイド膜の作製とその半導体デバイスへの応用
放射線の種別  :電子
放射線源    :ECRイオン源
フルエンス(率):1〜2×1016/cm2
利用施設名   :VINC!A Institute of Nuclear Sciences, Yugoslavia ECRイオン源
照射条件    :真空中(1×10-6mbar)
応用分野    :熱電材料、半導体材料

概要      :
 
 資源として地球上に豊富に存在し、リサイクル可能で地球環境および人体に無害な物質から構成される半導体を「環境半導体」と呼び、その中で特に鉄シリサイド(β-FeSi2)は代表的な半導体材料である。ここでは、高品質な鉄シリサイド薄膜の作製方法と鉄シリサイドによる発光ダイオードの作製例について報告する。

詳細説明    :
 
 β-FeSi2はバンドギャップが0.85〜0.87eVの直接遷移型半導体である。バンドギャップが大きいことから、現在光ファイバーでの通信に用いられている1.55μm帯での受発光素子への応用も期待できる。また、光吸収係数は結晶シリコンの50倍以上の値を持っており、太陽電池への応用が図られている。資源としても豊富に存在し、リサイクルも可能で無害なシリコンと鉄から形成される「環境半導体」として今後、化合物半導体の代替材料としても期待される材料である。さらには磁性体であるFeを含むため磁性半導体としてスピンエレクトロニクス分野への応用の期待されている。
 
 しかしながら、鉄シリサイドには、半導体であるβ型以外にも多くの異なる結晶形が存在し、高品質のβ-FeSi2薄膜を作製することは困難であった。近年、β-FeSi2薄膜の作製にイオンビームを利用した技術が用いられ、良質なβ-FeSi2薄膜が作製されるようになってきた。
 
 従来、イオンビーム技術が鉄シリサイド薄膜の合成に利用されてきた例としては、Si基板中にFeイオンを注入した後、熱処理することにより、鉄シリサイド薄膜を形成する技術や、FeおよびSiをターゲット材料としてイオンビームスパッタ蒸着法などが開発されてきた。さらには、FeおよびSiの低速イオンビーム(<100eV)を用いたβ-FeSi2薄膜の形成なども検討されている。このような中で、近年、良質な鉄シリサイド薄膜の合成法としてイオンビームでアモルファス化した後、結晶化を行う技術が検討され、注目すべき成果が出てきている。
 
 一例としてここでは、英国・サリー大学のHomewoodらの研究成果を紹介する。n型Si(100)基板に基板温度300℃でFeを電子ビーム蒸着しながら基板との反応により鉄シリサイド膜を形成する。その後、120keVのAr多価イオン(ドーズ量:1〜2×1016ヶ/cm2)を照射しながら厚さ50nm程度のアモルファス鉄シリサイド薄膜を合成する。最後に、真空中で、650℃×1時間、870℃×2時間の熱処理を行う。イオン注入後は、シリサイド薄膜中にArが存在するが、熱処理を行うことにより、膜中に取り込まれたArは膜から出ていくようである。この試料のX線回折結果を図1に示す。


図1 XRD spectra from as-implanted, and annealed (650 °C for 1 h and 870 °C for 2 h) samples.(原論文1より引用)

 
 図1からArイオン注入後は、鉄シリサイド膜がアモルファス状態であるが、650℃の熱処理ではFeSiが形成され、870℃の熱処理により所望のβ-FeSi2が形成されることがわかる。これはアモルファス化した鉄シリサイド膜が結晶化する際に、870℃の温度において熱力学的にβ-FeSi2の結晶核形成へのドライビングフォースが働くためだと考えられる。この著者らがFeイオンビームをSi基板に注入することにより形成したβ-FeSi2微粒子を用いた発光ダイオードの構造図とI-V特性が原論文2のFigure 1 (p.687)とFigure 1 (p.687)に示に示されている。この発光ダイオードではβ-FeSi2は膜状にはならず微粒子の形態である。微粒子ではなく、連続的な薄膜が形成できれば特性がさらに向上すると考えられ、連続膜の形成プロセスに本技術の適用も考えられる。

コメント    :
 
 良質なβ-FeSi2薄膜を得るため電子ビームとイオンビームを同時照射したり、イオンビームミキシング技術などによる結晶成長促進化に対する研究が多くなされてきた。本研究のように結晶層にイオンビームを用いアモルファス化して熱処理することにより、高品質な薄膜を得る形成法は、将来の遷移型半導体成膜技術としての新たな可能性を示したものである。

原論文1 Data source 1:
Amorphous-iron disilicide: A promising semiconductor
M. Milosavljevic´*, G. Shao, N. Bibic´*, C.N. McKinty, C. Jeynes, and K. P. Homewood
*VINC!A Institute of Nuclear Sciences
School of Electronic Engineering, Computing and Mathematics, University of Surrey
APPLIED PHYSICS LETTERS VOL.79 No.10,2001,1438-1490

原論文2 Data source 2:
A silicon/iron-disilicide light-emitting diode operating at a wavelength of 1.5μm
D. Leong, M. Harry, K. J. Reeson & K. P. Homewood
Department of Electronic and Electrical Engineering, University of Surrey
NATURE, VOL 387,12 JUNE 1997,685-688

キーワード:イオンビーム、イオン注入、電子ビーム、アモルファス、熱処理、鉄シリサイド、半導体、発光ダイオード
ion beam,ion implantation,electron beam,amorphous,thermal treatment,iron silicide,semiconductor,light-emitting diode
分類コード:040101,040102,040106

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