放射線利用技術データベースのメインページへ

作成: 2003/12/23 早味 宏

データ番号   :010264
高分解能固体NMRを用いたPTFEの放射線架橋構造解析
目的      :高温真空下で電子線照射で架橋したポリテトラフロロエチレンの分子構造解析
放射線の種別  :電子,ガンマ線,ベータ線
放射線源    :電子加速器
線量(率)   :0.5-3MGy、 0.1-1kGy/s
照射条件    :真空中、340-365℃
応用分野    :耐薬品材料、耐熱性材料、摺動材料、医療材料

概要      :
 ポリテトラフロロエチレン(PTFE)を高温・真空中で放射線(電子線)を照射すると架橋するが、その分子構造からポリエチレン型の架橋構造はとりにくい。その架橋構造を高速MAS(マジック角回転法)19F-固体NMRで解析した。CF基の共鳴ピーク(化学シフト-185ppm)が増加し、その積分値が短鎖CF3基(同-72ppm)および長鎖分岐末端のCF3基(同-82ppm)の共鳴ピークの積分値の和より大であることから、CF基を分岐点と同定して架橋構造が形成されたと結論している。また、架橋点、長鎖分岐、短鎖分岐の頻度を推算している。

詳細説明    :
 ポリテトラフロロエチレン(PTFE)を高温・真空中で放射線(電子線)を照射すると架橋することが近年見出されたが、PTFEはその分子構造から、ポリエチレン型の架橋構造(ポリマー分子鎖同士が直接架橋するH型架橋)はとりにくいと考えられている。架橋PTFEの性能を理解し、その用途・可能性を高めるためにも、その架橋構造の解明が待たれている。
 
 Fuchsらは、PTFEのシート(厚さ0.5mm)を真空中、365℃の条件において、電子加速器で1〜3MGyの線量を照射した試料を高速MAS(マジック角回転法)19F-固体NMRを用いて測定し、そのスペクトル解析から架橋構造を分析した。
 
19F-固体NMRで観測されるPTFEの各共鳴ピークの帰属を決める基準試料に、FEP(テトラフロロエチレンとヘキサフロロプロピレンの共重合体、ヘキサフロロプロピレンの共重合比8%)と室温・電子線照射(1MGy)で分解(分子鎖切断)したPTFEを用いた。この基準試料のMNRスペクトルはそれぞれ図1 (a)、(b)である。
 


図1 19F NMR spectra(a) of the FEP sample with a co-monomer content of 8% and (b) of PTFE irradiated at room temperature at a radiation dose of 1MGy.(原論文1より引用。 Reprinted, with permission from Macromoleculs, 33, p120-124 (2000)), B. Fuchs and U. Sheler, Figure 2 (Data Source 1, p.121), Copyright(2000) American Chemical Society.)

 
 図1(a)のFEPでは、主鎖のCF2基(-120ppm)、側鎖のCF3基(-72ppm)とそれに結合している主鎖のCF基(-185ppm)、CF基に隣接したCF2基(-112ppm)に起因するスペクトルからなり、-72ppmと-112ppmの積分強度は理論値の3:4と一致している。一方、図1(b)の放射線分解したPTFEは主鎖のCF2の他に、-82ppmにピークが観測されるが、この新しいピークは分子切断反応で生成された分子末端のCF3であると同定した。これらの基準スペクトルを根拠にして、架橋PTFEのNMRスペクトル(図2)を解析した。
 


図2 19F NMR spectrum of the PTFE sample irradiated at 365℃ with radiation dose of 3MGy for the illustration of peak assignment.(原論文1より引用。 Reprinted, with permission from Macromoleculs, 33, p120-124 (2000)), B. Fuchs and U. Sheler, Figure 3 (Data Source 1, p.121), Copyright(2000) American Chemical Society.)

 
 照射PTFEの化学構造のモデルを図3に示す。ピーク(-120ppm)は主鎖のCF2基、-72ppmのピークは短鎖分岐のCF3基、-82ppmは主鎖末端のCF3基、-185ppmは分岐点のCF基に帰属される。架橋PTFEには、短鎖分岐のCF3基、長鎖分岐が形成されているとすれば、-82ppmのピークは主鎖末端のCF3基だけでなく長鎖分岐の末端のCF3基を含み、また、-185ppmのピークは短鎖分岐のCF3基が結合したCF基だけでなく、長鎖分岐の基点となるCF基、架橋構造の基点となるCF基も含まれることになる。
 


図3 Chain structure model of PTFE irradiated at temperature above the melting point(原論文4より引用)

 
 19F-NMRのスペクトルでは、それぞれのピークの積分値がそれぞれの基のF原子数に比例するので、CF基ピークの積分値から短鎖分岐のCF3基のピークの積分値を差し引けば、CF3基とCF3基が結合したCF基の個数は同一であるので、長鎖分岐の基点のCF基と架橋構造の基点のCF基の原子数の和を見積ることができる。
 
 さらに、CF3基(-82ppm)の積分値から長鎖分岐の末端のCF3基の積分値を差し引けば、架橋構造の基点となるCF基の原子数を見積もることが可能である。一方、全CF2基の積分値と分子末端のCF3基の積分値の比率から分子長を見積もることができるので、これらの値から、架橋点(crosslink)、長鎖分岐点(branch)、短鎖CF3(side group)の生成頻度の照射線量に対する依存性を見積もることが可能になる。それらをプロットしたものが図4であり、照射線量とともに架橋点、長鎖分岐、短鎖分岐が増加することがわかる。
 


図4 Density of side groups, branches, and cross-links in the high-temperature-irradiated PTFE as a function of radiation dose.(原論文1より引用。 Reprinted, with permission from Macromoleculs, 33, p120-124 (2000)), B. Fuchs and U. Sheler, Figure 5 (Data Source 1, p.123), Copyright(2000) American Chemical Society.)

 
 さらに、図5はPTFEを(a)真空中365℃、(b)真空中385℃、(c)窒素中385℃の条件で照射した場合の架橋、分岐、CF3側鎖生成のG値と照射量の関係を調べた結果である。(a)の真空中365℃照射では分岐とCF3側鎖生成のG値は線量の増加とともに減少するのに対し、架橋のG値はほぼ一定であり、この傾向は(b)の真空中385℃照射においても同様である。一方、(c)の窒素中365℃照射では分岐とCF3側鎖生成のG値については(a)(b)と同様の傾向を示すが、架橋のG値は1.0MGyまでは増加し、0.5MGyで0.6/100eVに達し、それ以上の線量では0.4/100eVでほぼ一定である。
 


図5 G(x)value of cross-links, branches, and CF3 side groups for PTFE irradiated in a vacuum at 365℃(a), in a vacuum at 385℃(b), and in nitrogen at 385℃(c) as a function of the irradiation dose. (原論文4より引用)



コメント    :
 
 真空中、高温で照射されたPTFEに架橋構造が形成されていることを分光学的に証明した意義は大きい。但し、検出感度が低いために大線量の照射でようやく観測できる状況であり、架橋の定量的な解析については信頼性が低い。

原論文1 Data source 1:
Branching and cross-linking in radiation modified poly(tetrafluoroethylene) : solid state NMR investigation
B. Fuchs and U. Sheler
Institute for Polymer Research Dresden
Macromoleculs, 33, p120-124 (2000)

原論文2 Data source 2:
Evidence for radiation induced crosslinking in polytetrafluorpethylene by means of high-resolution solid-state 19F high speed MAS NMR
* E. Katoh, ** H.Sugisawa, *** A.Oshima, Y.Tabata, **** T.Seguchi, * T.Yamazaki
* National Institute of agrobiological Resources, ** JEOL ltd, *** Tokai University, ****JAERI
Radiat. Phys. Chem. 1999, 54, p165-171

原論文3 Data source 3:
PTFEの放射光エッチングと表面改質
大島明博, 鷲尾方一
Advanced Research Institute for Science and Engineering, Waseda University)
放射線化学、第76号、p3-9 (2003)

原論文4 Data source 4:
Radiochemical Yields for Cross-Links and Branches in Radiation-Modified Poly(tetrafluoroethylene)
B. Fuchs, U.Lappan, K. Lunkwitz, U. Scheler
Institute for polymer research Dresden
Macromolecules, vol. 35, No. 24, p9079-9082 (2003)

キーワード:ポリテトラフロロエチレン(PTFE)、電子線、架橋、固体NMR、マジック角回転法、化学シフト、化学構造、分岐鎖
Polytetrafluoroethylene(PTFE), Electron beam, Cross-link, Solid state NMR, Magic angle spinning, Chemical shift, Chemical structure, Branch
分類コード:010101, 010102, 010107

放射線利用技術データベースのメインページへ